真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹⑩

公開日時: 2020年12月16日(水) 15:00
文字数:3,135

「はっ……」

 少しの沈黙の後、沼倉が鼻で笑った。

「新撰組局長の遺志を継ぐものだと? お前みたいな貧相な娘に、そんな役割を与えるわけがないだろう。血縁者ならともかく、お前みたいな何者でない者が……」

「……」

 初音が無言で沼倉を睨んだ。まずいかも知れない。

「刀も触れた事のない細腕で何が……」

「なら、試してみる?」

 そう呟くように言った直後――刃の鋒が、沼倉の喉元に突きつけられていた。

 抜刀の瞬間すら見せず、初音は慣れた手つきで刀を振るっていた。

 ――知ってはいたけど、これ程とは。

 初音は、打刀を隠し持っていたわけではない。

 抜き身の刀剣と同じように、競りにかけられていた打刀を使ったのだ。

 こちらにゆっくり歩きながら、武器を探し、そして自然な流れで――誰にも悟られずに刀を奪い、そして、突きつけた。

 ――私も、硝子箱ガラスケースから刀を奪った所は分かったけど、それ以降は全く分からなかった。

 刀を握っていても、全く気付かれない程に、初音と刀剣は同化していた。まるで自分の身体の一部になったように。

「な、何なのだ、お前達は! そろいもそろって、化け物そろいか」

 以前、モミジとケヤキという戦闘担当二人の戦いぶりを見せつけられたせいか、半分恐怖症トラウマになっている。なんか、ごめん。

「まさか、本当に、何も知らずに手を出していたとは……」

 何となくそんな気はしていたが。

 少しでも動けば首をはね飛ばしそうな初音の肩に手を置く。

「……」

 殺意に似た視線は一瞬だけであり、すぐに刀を鞘に戻した。

「知らないようだから、一応伝えておくわね。彼女は、藤田初音」

「ふじ、た?」

「やっぱり、こっちの名前は聞き覚えがないか」

 あまり彼女はこちらの名前は名乗りたがらないから、黙ってはいたが。

「初音」

「大丈夫、百合姉。ここまできたら、名乗ってしまった方が多分楽。お爺ちゃんの刀のためなら、仕方ない」

「いい子ね、お前は。ありがとう」

 初音の頭を撫でていると、沼倉がまた声を張り上げた。

「ええい! だから、その娘の名前が一体何なんだ!」

「かつて新撰組の三番隊の組長を務めた、会津に忠義の限りを尽くした、会津の英雄……」

 その者、左利きの剣士という異色でありながら、その実力は誰もが認めざるをえなかった、新撰組最速の男――。


「斎藤一の、血縁者よ」


      *


「斎藤一って、お初ちゃんが!?」

 モミジが遠くから声を上げた。まあ、無理もない。

 大政奉還以前の資料がない今、それ以前の時代に活躍した偉人の血縁者は、重要人物だ。

 武道にしろ文学にしろ、歴史に名を残した人物――。

 きっかけがなんであれ、自分の行動によって歴史を動かした人物を、「偉人」と呼ぶ。

 「旧時代」の歴史の資料は公開されているものが少ないが、何故か「偉人」の逸話だけは、伝えられている。全てが真実ではなく、中には絵物語のような明らかに造ったような物もあるが。

 今現在、我々は血による継承が要とされている。華族が、権力を振りかざすのも、自分達の「血」が他とは違う誇りと驕りがあるからだ。 

 そんな血の継承を重視する世界で、「旧時代」の偉人にゆらいある人物となれば――。

 ――まあ、そうなるわな。

 周りを見れば、初音を見下していた華族達が全員顔面蒼白を通り越して、白目を向いていた。立ったまま気絶をしている者もいた。あ、御曹司だ。

 ――あんなの、宝石の指輪見せびらかしていたら、全身宝石だらけの人間が空から降ってきたようなもんだもんね。

「あら、そうだったの」

 只一人、含み笑いを浮かべた令嬢――樒だけは、楽しそうに言った。

 ――やっぱり、最初から知っていたか。

「藤田の家の人とは、私も以前に会った事ありましたけど。たしか、先祖代々の警察まっぽ一家だったような……」

「たぶん、そっちは兄達の方。僕の家は、二つに分かれている。一つは、警察まっぽの斎藤一を継いだ者。僕の兄や姉が、こっち」

 初音が、静かに答えた。

「僕の兄や姉は、今でも警察まっぽとして活躍している。そして、僕やお爺ちゃんは、もう一つの斎藤一を継いだ」

「それが、鍛冶屋?」

「ううん。それは完全なる趣味」

 やっぱりか! そんな気はしていたが。

「斎藤一は、幕末で新撰組や会津藩で活躍した。その後は、警視庁で警察まっぽとして活躍した」

「明治維新の後の話ね。たしか、西南戦争では警視隊に所属して西郷隆盛軍とも戦っていたわね」

 初音に補佐する形で私は言う。

 ――こうやって見ると、本当に戦ってばかりだな。

「その後は退職して、看守したり、師範やったり、会計やったり庶務やったり、色々やっていた」

 本当、色々だな。

「僕の鍛冶屋は、斎藤一が老後の趣味で始めた」

 人生楽しそうだな!

「だから、僕の家は、二つの継承に分かれた。一つは現役時代の斎藤一を継承し、警察まっぽや教職者として活躍する者。僕の兄や姉は、こっち。そして、もう一つは、老後の斎藤一を継承した者」

「それが、初音の祖父で、今の初音って事?」

 こくり、と初音は頷いた。

「お爺ちゃんが、言っていた。鍛冶屋を引き継ぐ時に、店と一緒に、近藤さんの遺志を一つ受け継ぐ。それが……」

 あの抜き身の刀剣って事か。

「初音。あんた、さっき言っていたわね。近藤さんの刀は、三つあったって」

「うん、言った。だけど、本当は言っちゃ駄目な事」

 初音は俯きがちだった顔を上げ、抜き身の刀剣を見つめる。

 無感動な顔が、少しだけ嬉しそうに微笑んだ――ような気がした。

「近藤さんの刀は、僕らが代々継承していかなければいけない、大切な刀。近藤勇と、斎藤一の、約束の刀。僕ら以外が、触れていいものじゃない」

「その約束っていうのが、近藤さんの刀の秘密ってわけね」

 こくり、と初音は頷いた。

「僕の先祖、斎藤一は、会津の英雄。みんなが会津の守護ではなく、先に進む中、一人、残って、戦った。会津への恩に報いるため」

「ええ……知っていましてよ」

 ふいに、樒が言った。

「たしか、土方歳三達が先へ進む中、斎藤一だけは会津に残り、戦ったのでしたね。同志と、袂を分けて」

「何が言いたいの?」

 樒のどこか棘のある言い方に、私が問うと――彼女は悪意に満ちた、無邪気な笑顔で言った。

「新撰組のために、先に進んだ土方歳三達と。過去に囚われ、会津の残った斎藤一。はたして、どちらが正しかったのでしょうね? だんだんと新撰組は追い詰められ、最後には負けてしまったのでしょう? かつて共に戦った仲間からすれば、斎藤一のした事は、裏切りでなくて? 死にゆく中、”どうしてアイツはここにいないんだ”って思ったんじゃなくて」

「それは……」

「否。それは、違う」

 私の言葉を遮り、初音がはっきり否定した。

「根本からして、違う。新撰組は、同志。仲間じゃない。同じ志を抱いても、同じ道を行くとは限らない。現に、同じ旗の下に集っても、みんな、てんでバラバラな場所、見ていた。本当は、バラバラで、一緒になる事もなかった。ただ、魂が……おなかに宿した、侍魂が、共鳴しただけ」

「……」

 初音の言葉に、私は、樒は、全員が息を呑んだ。

「そして、先祖は、斎藤一は、自分の志のために、残った。それが正しいって思ったから。それが、彼の正義だったから」

「なら、土方歳三が間違っていたのかしら?」

 ふるふる、と初音は首を振る。

「それは、それ。進むと決めたのは、土方さんの志。土方さんは、土方さんの志を、斎藤一は斎藤一の志を、そして、近藤さんは、近藤さんの志をそれぞれ貫いた。志は、その人のもの。その人じゃない人が、正しいとか、間違っているとか、決めるの、よくない」

 志、か……。

 同じ志を宿しても、それが全く同じ場所を向くとは限らない。

 志が一つでも、その貫き方は各々違う。

 ――志は別の場所を向いていても、胸に宿した魂は一緒って事かしら。

「だから、斎藤一は、自分の志を貫いた。貫いた先に、僕がいる。僕らが、いる」

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