「刃長は八寸八分 (約二十四・五センチ)。元幅は二・四、茎長は十・一糎。
造りは平造り」
南北朝時代の刀工・左衛門三郎安吉。本名、左安良。他に、「大左」や「左文字源慶」とも呼ばれている。
正確には、俗名が安良、通称が左衛門三郎だった筈。
銘に必ず「左」の文字を切り、「左文字」の名もそこからきている。
短刀造りの名工としては粟田口吉光の名が上げられるが、左文字も短刀を得意としており、在銘の太刀は江雪左文字のみ。(義元左文字は無銘のため)。
――これ、本物だ。
――『正宗十哲』の一人である左文字派ってだけで価値があるけど、それ以上……。
同じ刀工や弟子が鍛えたってだけじゃない。本物の、小夜左文字。
――だけど、何でこんな貴重な刀が、こんな所に……。
「左文字もまた、正宗十哲の一人よ。左文字は場所でいうと九州の刀工なんだけど、鍛えた刀は相州伝のものに近い」
相州伝は地肌や刃縁に沸が厚くつき、刃文はのたれに互の目、丁字を交えたものが特徴である。
やはり刀は、正しい。ただあるがままの真実を告げる。
刀に込められた技術が、私に真実を語りかける。
どうやってここまで来た経緯までは分からないが、あの夜、何があったかも大体分かった。
「やっぱり、モミジは犯人ではないわ」
「何故、そう言い切れる?」
「刀が告げているからよ。ほら……この刀身をよく見て」
何度も言うようだが、刀はみんなが思っている以上に繊細だ。一人二人斬ったら血や脂で刀身が傷み、骨を幾つも砕けば刃こぼれだって出来る。
ゆえに、頑丈な切れ味を保つ刀は名刀とされ、それを容易に成し遂げる技術を持った刀工は名工として崇められる。
そもそも、広い視野で見ると、刀を武器として扱っていた時期は短い。
戦国時代でさえ、太刀などは大将の証や、儀礼用に用いており、武人や貴族にとっての象徴としてあった。
本当の意味で武功の刀は少ない。
――そして、この刀もまた……。
「刀には逸話がつきもの。誰が使ったか、何を成し遂げたのか。貴方だって、小夜左文字の逸話は知っているでしょう?」
「山内一豊へ渡った経緯の事か?」
「ええ。一人の少年がとある目的のために、失った母の形見・小夜左文字を求め、掴み、そして悲願を果たした……因縁の物語」
「とある未亡人が、生活のために夫の形見であった短刀を売却しようとした。まだ幼い我が子を連れて、金谷に刀を売りにいった時。小夜の中山で、盗賊 (野武士)に強盗に遭い、短刀と、そして自分自身の命を奪われてしまった」
「ああ。その話なら俺も知っている。成長した息子が仇を討ったって話だろ?」
この話は刀というより民話としても有名だ。流石に知っていたか。
現に、静岡では民話或いは怪談として伝承されている。
「そして、これは他の刀では、叶わなかった。小夜左文字だからこそ、果たされた悲願でもある」
ある意味では、これは息子の仇討ちの話ではなく、一つの短刀を巡った人間達の物語でもある。
もし、未亡人が持っていたのが小夜左文字でなければ、息子の仇討ちは果たせないまま、憎しみを抱えたままだったかも知れない。
「母の仇を討とうと誓った息子は、こう考えた。あれ程の名刀だ。きっと丁重に扱い、研師に依頼へくるだろう、って」
この少年はかなり利口であり、短刀の価値についても理解していた。
或いは短刀に導かれたか。
「掛川で有名だった研師・島田助信に弟子入りした少年は、母の仇がやってくる日を待った。そして、少年の読み通り、成長した少年の元に、仇をやってきた。そして、彼は、母の仇を討った」
のちに、掛川城主・山内一豊がこの話を聞きつけ、少年を家臣として迎え入れた。少年は一豊に感謝し、せめてもの忠義と感謝の証として、小夜左文字を献上した。
――その後、飢餓によって売却したり、と色々あったけどね。
また一説 (享保名物帳より)では、細川幽斎の珍蔵とされている。「小夜左文字」の名前も、平安時代の歌人・西行法師の「年たけて また超ゆべしと 思ひきや いのちなりけり 小夜の中山」の歌から由来したと言われているが、幽斎が過去に所持していたのか、山内家から伝わったのかは不明のままだ。
「それが、どうした?」
一通り、小夜左文字の逸話について終えると、妹と同じく感情の読めない無感動な顔で誠一が言った。
「小夜左文字の逸話については分かったが……それと、今回の一件と、どう関係がある?」
「あら、まだ分からないの? 仕様のない殿方ね」
個人的にすっごいムカつく人だから、あえていつも以上に嫌味たらしく言ってみた。
「小夜左文字は、仇討ちを遂げた悲劇の刀と言われ、掛川城主に献上された。つまり、小夜左文字の物語は、仇を討ったその時点で終えているのよ」
「! 僕、分かったかも」
ぼそり、と初音が言った。
「前に百合姉、言っていた。刀には、武器としての役割以上に、刀にまつわる伝説を求める人、多い」
「そうそう、初音はいい子ね」
と、これ見よがしに初音の頭を撫でてあげると、誠一から物凄い殺気に近い気配を感じた。
――何、今の?
「僕、分かった。この刀、仇討ちを遂げた刀として献上されたゆえに……”仇討ちの刀”としての価値を持ってしまった」
「そう、つまり、小夜左文字に対して、当時の人達は”仇討ちの刀”としての刀本来の持ち味よりも、刀にまつわる逸話の方に魅力を感じてしまった」
つまり、これは技術によっての価値よりも、刀を巡って人が起こした、人の物語が強い印象として残ってしまった。
「そういう刀は多いわ。刀本来が持つ魅力以上に、刀の周りで人が起こした伝説類によって、刀の価値が大きく変わってしまった」
妖刀などは特にそうだ。
人が起こした怪奇的な出来事を、刀が起こした事として、刀の伝説として伝承される。結果、刀は人が起こした物語の陰に隠れる事になる。
「実際、この刀は、武器として扱われたのは、その仇討ち以降ない。刀身を見れば分かるわ。これは、仇討ちの刀として、役目を果たして以降、刀としての役割を果たさず、ただのお飾りの刀として護られてきた」
その結果、値打ちが上がり、飢餓で苦しむ民のために売却する事が出来たわけだが。
「おい、仇討ち以降は刀として使われなかったって事は……」
「そのままの意味よ。この刀は、人を切っていない」
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