真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

一章

太刀・雷切①

公開日時: 2020年11月25日(水) 23:05
文字数:3,947

 『認定鑑定士』は、国家資格の一つであり、鑑定を行うための基礎的な知識と技術を修得している事を『国際鑑定協会』から認定され、公的に鑑定を行う事を国から許可されている者を指す。

 試験は四年に一度あり、現鑑定士にとっては残留試験であり、鑑定士は全員参加。不参加でも資格剥奪とされる、大変厳しい世界だ。

 人間を裁く存在があるように、「物」にも真偽を査定する存在がある。それが、『認定鑑定士』である。特定の分野の知識を活かし、歴史的美術品などを中心として特定の品物を「何者か」なのかを鑑定する。

どの時代の誰によって作られ、どんな名前を持って生まれ、そして作り手の想いを読み解く。それが鑑定士の仕事である。

 今現在『浪漫財』の影響で、華族を中心に旧時代の品を欲しがる連中が多い。

 特に幕末以前に作られた物は、旧時代の遺産として重宝されている。絵画にしろ壺にしろ刀剣にしろ、色んな人に愛され求められる。反面、それを利用しようと贋作も多く出回っている。

       *

 

 人は、〝本物〟を愛している。

 

紛い物を悪として、本物だけを愛している。

 そのため、鑑定士の元へ自分が持っている物が本物かどうか鑑定を依頼に来る人間があとは立たないのだが ̄ ̄、

 

「勿体ない事を」

 依頼人が放置した刀身を布の中に戻しながら、私は呟いた。

「こんな代物そうそうお目にかかれないのに」

 

「まったくですわ」

 

 ふいに聞き慣れた声が聞こえた。

「お姉様が待てと仰っているのに、それを無視していっちゃうだなんて……不躾ですわ。まあ、モミジとしては、美しい花に、適当な虫が止まらなくてすんで、大助かりですけど」

「モミジ……」

 赤褐色の髪を右の耳の上で空色の布製髪結紐しゅしゅで一つにまとめた、鳶色の瞳の少女。

彼女の名前は、モミジ。

紅葉柄の着物の上から臙脂色の羽織を被るように着ている。国内の西洋化に伴い、服装も個人で異なる。特に先程の娘のように若い娘の中では西洋の衣類を身に付ける者が多い。特に華族に多く、西洋の服装そのものが高貴人のたしなみになりつつある。中にはまだ西洋の衣類に抵抗がある者や和服を好んで着ている者、或いは金銭的な理由で着物を使っている者もいるが、彼女はそのどちらでもない。

着物は膝丈でばっさり切られており、袖口は黒い洋風装飾ふりるがついており、和風らしさが欠片もない。西洋で流行っている暗黒系少女文化ごしっくろりーたと呼ばれる服装ふぁっしょん。和と洋の両方を取り入れている点は新時代を連想させるが、そこまで考えて着ているわけではない。あくまで動きやすさを重視し、膝丈が短いのも蹴りやすいから、という物騒な理由からである。

独自に新構成あれんじされた衣服なのだが ̄―若い娘がそんなに足を出してみっともないと思わないのだろうか。

――まったく、この子は……。

十六の少女のものにしては凹凸のはっきりした身体つきをしており、ぶっちゃけ、私よりでかい。

――見習いの分際で許さん。取れればいい。

逆に身長は低く、顔も同年代より童顔であるため、年上に見られる事はないが。

――見られたら、私の立場が……。

「お、お姉様。どうしたんですか? そんな熱っぽい視線でモミジを見て……。お、お姉様が望むのなら、モ、モミジは……」

「お前は何を言っているんだ、そして脱ぐな!」

 肩まで出しかけた所で止めると、モミジは舌を出して「ごめんちゃい」と言う。可愛いが、腹立つ。

「でも、お姉様。あのお姉さんが置いて行った短刀、そんなに高価なものなんですか?」

「あら、モミジ。お前もようやく商品の目利きが出来るように……」

 つい最近までは新作と贋作どころか合成樹脂ぷらすちっく製の玩具の茶器と本物の区別も出来なかったせいか、つい涙が零れた。胸以外もちゃんと成長し――

「目利き? 何の事ですか。モミジは、お姉様以外に興味はありませんよ。モミジは、ただ、お姉様が短刀を見る目が、いつもより熱ぽかったから。あ、でも、お姉様はモミジだけのお姉様なのに、そんな風に見られるだなんて、いくら無機物でもちょっと許せないかな」

「あの、モミジ?」

「ああ、お姉様! いっその事、その瞳に映るのが、モミジだけであればいいのに! ねえ、お姉様、モミジ以外の存在、ちょっと消してきま……」

「やめんかい!」

 思わず、思いっきり素手で彼女の頭にチョップした。とても痛い。

「もう、お姉様ったら……」

 いくらモミジといえ女の子を殴るのは良くないと思ったけど、とても嬉しそうだから、いっか。

「もうお姉様は。いくらモミジでも、お姉様の好きな物を奪ったりしませんよ……今の所は」

「バカやってないで、この短刀を棚にしまっておいて」

「はい、了解しました、お姉様! 愛してください」

 と、モミジはいつもの調子で刀を受け取る。

「あの、お姉様。この短刀って、どの程度の価値があるものなんですか? 愛してください」

「まあ、それなりにね。短刀において、無銘こそ名刀と言葉もあるからね。無銘だからといって侮れないのが短刀の凄い所よ。石田三成の日向正宗然り、鳥羽の九鬼家から徳川家へ渡った九鬼正宗然り……病院行け」

「ちなみに、鑑定すると幾らなんですか? 愛しています」

「五十えん【現代推定価格・約二十万】かな。鍛えられたのは明治だとしても、刃こぼれ一つなく保管するのは骨が折れる。特に、鞘も柄もなし。酸化の影響をもろにうけるけど……この子の保存状態はそれを悟らせない良好なものだった。あのお姉さんはともかく、前の持ち主は、きちんと扱っていたようね。その証拠に、刀身の傷み具合はここ最近のもの。あの娘の手に渡ってから四ヶ月といったところかしら」

今現在、世界的に絵画にしろ陶器にしろ歴史的価値のある代物が人々に興味を持たれている。国によっては国の歴史を教える時に当時の陶器や武具を使う所もあるらしい。

――戦国の時代でも、国一つの価値のある茶器を交渉などに使っていたからな。

特に繊細な日本人が作る物は海外でも高く評価を受けており、それは直接国の経済に影響を与える。国家資格を生む程の影響力だ。当然その制度もしっかりしており、一度でも査定を誤れば鑑定界ではやってはいけなくなる。

「しっかし、意外ですわ。先程のお客さん、よくこの店見つけられましたね。ここ立地条件最悪なのに……お姉様と私の愛の巣に土足で踏み入れるなんて、末代まで呪って差し上げましょうか」

「やめなさい」

 ――でも、一理あるな。

 認定鑑定士といえば、厳選な審査で決まる国家資格であり、一つの都市に一人が任命される。ただし、六大都市の東京市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市だけは二人だが。

 

 『芸術黄金期』と呼ばれるこの時代。旧時代の遺品の影響もあり、『浪漫財』の存在は大きい。華族の間では地位安定のための道具として、他国でもこの国の『浪漫財』は高い評価を受け、政にも使われる。

 

 そのせいか、『浪漫財』を査定する認定鑑定士の審査は、真贋の審査以上に厳しい。

 ――私も、あそこで先代に出会わなければ、踏み込む事すらしなかった。

 認定鑑定士になるための試験に加え、残留試験もあり――この世界は鑑定眼のみが語る、大変厳しい世界なのだ。

 ――厳しい……

ちらり ̄ ̄、とモミジを見ると、彼女は恋する乙女が如く頬を紅く染め――

「お姉様にそんなに見つめられた、モミジ……孕んでしますますわ」

「しねえよ」

「お姉様、ここは責任を取って、今宵こそ、モミジを貰って……」

「いるか!」

 

 厳しい世界 ̄ ̄なんだけどな。

       *

 

 人通りが少ない街路は、浮世離れした印象が強い。

時刻は朝の九時。刻限としてはそれ程早いというわけではなく、むしろ平日では社会人や学生が動き出す時刻なのだが。生憎駅や住宅街から離れたここではそういった一般的な生活の匂いがしない。あるのは古びた ̄ ̄失礼、歴史ある老舗だけだ。それもどこもうちのように営業しているわけではなく、朝から晩までずっと閉まりきっている店も多い。

 空を見上げると、雲一つない快晴が広がっている。

「ああ、今日も空が美しい。浪漫的な快晴ですわ。まるで世界がモミジとお姉様の事を祝福しているよう」

「てねえよ」

モミジは洋風装飾ふりるのついた振袖でひらひらと舞いながら、私の腰あたりに抱きついてきた。分かりやすい膨らみが当たる。おのれ、小娘。

「お姉様、心配しなくても、モミジはお客さんが一生来なくて貧乏生活でも、ずっとお姉様についていきますわ。だって、お姉様とモミジは、病める時も健やかな時も、共にあろうと誓い合った……」

「てねえよ!」

 と、強引に彼女を振り払うが、ひらりと蝶のように彼女は軽く回転してから、近場に着地した。最強か、この娘。

「……と! お姉様と愛し合っていたい所ですが、まずは朝食の準備をしなきゃですわ。お姉様、少しお待ちしてらして」

「あ、うん」

 色々と突っ込みたい所もあるが、確かにおなかがすいたので、黙っておこう。

 

 

「お待たせしました、お姉様。今日はモミジ特製の、モミジの愛だけが詰まった、フレンチトーストですわ」

「今日は洋食なのね」

「はい、お姉様が洋食な気分な気がしましたので」

 鋭い。確かにそうだったけど、ここまで正確に当てられると怖いわ。

「あ、うまい……」

 卵とパンが絶妙な具合で混じり合い、蜂蜜と砂糖の量も丁度良い。

 モミジは、頭はおかしいが、良妻といっても過言でない程に、家事の腕は完璧だ。実際、彼女に求婚する男は星の数で、フラれた男も星の数だ。頭はおかしいが。

 和食だけでなく、洋、中、と大体の料理は出来る。西洋化を受けいれてはいるが、完全に浸透したわけでなく、洋食もなんちゃって洋食が多い中、彼女の腕は完璧だ。頭はおかしいが。

「お姉様……」

 その時、顔を上げた私の口の端にモミジの唇が触れた。

「ついてましたわ」

 と、モミジは舌なずめりをしながら微笑むが、狂気しか感じない。

 ――これさえなければ、完璧な妹分なのに。

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