真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

短刀・小夜左文字②

公開日時: 2020年12月24日(木) 14:28
文字数:1,873

      *

<短刀・小夜左文字さよさもんじ>。

 「年たけて また超ゆべしと 思ひきや いのちなりけり 小夜の中山――」。

 西行法師の歌より命名され、「命の次に大切」という意味が込められている。

 また、この刀にはとある因縁の物語があり――

      *


 警察署。

 手続きを済ませた後、私は初音と共に、面会室に入った。

 何かわけありのようだが、初音が警察関係者の血縁者である事もあり、普通に入るよりも迅速に対応してもらった。

 その点は幸運の方なんだろうけど――


「お姉様あああああああっ」


 硝子越しに、モミジがへばりつきながら叫んだ。目や鼻から色んな液体が出てきて、美少女が台無しである。

「お姉様! お姉様! お姉様!」

「落ち着きなさい」

「そうは言いましても、一晩お姉様と離ればなれだったんですよ? そんなの、モミジ、耐えられません」

「モミジ……」

 そうだよね。いきなりこんな場所に連れてこられて、不安じゃない筈――

「お姉様が上がった後の風呂湯で<自主規制>し、寝ているお姉様の頬に口付けをして、ばれない程度に布団にもぐりこめないなんて……モミジ、どうにかなってしまいます!」

「初音、帰るわよ」

「待って、お姉様! 今のはだいぶ話を盛りましたわ! そこまではしておりません!」

 行為自体の否定はしないんだな。



「それで、何がどうなって、こうなったの?」

「それなんですけど、モミジは冤罪ですわ」

「そりゃ分かってはいるわよ」

「モミジ、暗殺するならもっと手際よくやりますわ!」

「おい」

 場所と己の立場を弁えてくれ。

 先程から監視のために部屋の隅にいる警察まっぽの顔が赤面していてやりづらい。

 誤解があるようですが、私にそちらの趣味はありません。

「えっと、スバルちゃんが華族の坊やを警察まっぽに明け渡そうとした時なんですけど。坊やがまた騒ぎだしまして。一応、彼は華族ですから、警察まっぽの方も、窃盗犯相手にしては慎重にしてまして」

 そういえば、そうだったな。

 以前の商屋のお嬢様の刀を狙った時も、資金と権力でどうにか事を終えたらしい。

「それで、おうちの方と連絡をとりたいと仰るので、警察まっぽの方が対応しまして。モミジ、逃げ出さないように彼を見張っていたんですの。そしたら……」

「案の定、逃げ出したのね?」

「ええ。だから、モミジ、すぐに追いかけましたの。それから……」

 そこで一度、モミジは口を閉じた。

「モミジ?」

「……それで、モミジが追いついた時、既に彼は血を流して地面に這いながら悲鳴を上げていて」

 少しの間の後、モミジは答えた。

 ――何だろう、今の間。

 少し気になったが、今は状況整理が先決か。

「つまり、モミジが坊やを見つけた時に、警察まっぽが駆けつけきて。現行犯逮捕って感じになっちゃったんだ」

「そんな感じですわ」

 モミジが硝子の額をぶつけるように項垂れた。その時、硝子に豊満な両胸があたり、春画みたいな絵面になった。何やら視線を感じ、やや後ろを見ると、見張りの警察まっぽが凝視していた。おい、公安。

「……」

 無言で初音が彼を見ると、我に返るように彼は視線を逸らした。

「ねえ、モミジ。初音から聞いたんだけど、お前が現場で持っていた短刀って……」

「モミジ、刀の事はお姉様ほど詳しくはないですが……短刀でしたわ。坊やの近くに落ちていて、つい拾ったら、この有様ですわ」

「その短刀って今は……」

「百合姉。たぶん、状況証拠として、保管していると思う」

 初音が言った。

「やっぱりか……」

 確認させてくれって言っても、そう簡単にはいきそうもないが――。

 ちらり、と正面を見ると、情けない顔をしたモミジが項垂れていた。今朝、鏡に映った私も似たような顔をしていた。不安げな、迷子のような顔。

 ――無理でも、やるしかないか。

「モミジ、少しだけ待ってなさい」

「お姉様?」

「事件の真相を解いて、すぐに出してあげるわ」

「お、お姉様ああああああっ」

 硝子があって逆に良かった。モミジは飛びつき勢いで硝子に頭をぶつけた。

 ――まあ、何やかんやで、いつもこの子には助けられているものね。

 たまにはお姉様が活躍して、姉の威厳とやらを見せてやらないと。

 ――だから、もう少し辛抱してね、モミジ。

「あ、お姉様」

 ちょうど腰を上げた時、モミジが思い出したように声をかけた。

「その着物、着てくださったんですね。良かったですわ」

「ええ。お前が出かける前に用意しておいた物だもの」

「嬉しいです。一度モミジの素肌を通して、めいっぱい頬ずりして、モミジ臭をすりつけた甲斐がありましたわ」

「……」

「特にその着物は、いつでもお姉様と一緒にいられるように祈りを込めて、糸の一部をモミジの髪の毛で……」

「もはや呪いだわ!」

 この破廉恥娘、いつか別件で逮捕されそう。

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