真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

短刀・小夜左文字⑦

公開日時: 2020年12月28日(月) 12:45
文字数:2,174

「……え?」

 沼倉良太は、そんな問いかけと共にゆっくりと膝を折った。

「な、んで……」

 胸元から生じる熱い痛みと、それとは逆に冷える身体。

 薄れゆく意識の中、良太は自分を見下ろす彼女に問いかけた。

「何で、って……お前も分からねえ奴だなー」

 ケラケラと笑いながら彼女は言った。

「ひとーつ! お前はオレの事を知っている。ふたーつ! 本来なら、あの場でお前は死ぬ予定なのに、生きてやがる。 みーつ! オレ、華族嫌いなんだよ」

 そう言って、彼女は手元で赤黒い液体で染まった短刀を振り回す。彼女が短刀を振り回す度に、鮮血が床に液体となって散る。

「がはっ……」

 何とか起き上がろうとするが、少しでも動いただけで内蔵が裂けるような痛みが全身を走った。実際、裂けているのかも知れない。

「じゃあな、坊や。使い捨ての消耗品の割に、お前はなかなかしぶとかったぞ」

 そう言って踵を返そうとする彼女に手を伸ばすと、無意識に指先が羽織に引っかかり、彼女の肩から鮮やかな色の羽織が床に落ちた。

「……っ!」

 首元から背中に散るように刻まれた、紅葉の刺青。

「あらあら、いけない子ね。恥ずかしいじゃないの」

 彼女は特に慌てた様子もなく、羽織を拾い上げると、首の後ろを隠すように羽織を被るように背負う。

 少しだけ扉が開いたせいか、暗がりで分かりづらかった彼女の顔がはっきりと見え――

「も、みじ……」

「ええ、私は、もみじ。平仮名の方だけどね」

 後ろ手で扉を閉めると、妖艶な笑みを浮かべたまま、彼女――もみじは血の付いた短刀を振り上げ――

「いつまでもゴチャゴチャやってねえで、とっとと死ねよ」


 紅と銀の鈍い輝きが、真っ直ぐ降りてきた。



 ――何で、こんな事になったんだっけか。


 ぼんやりとした意識の中で、沼倉良太は思った。


 『浪漫財』である刀が欲しくて、商家の娘から強奪しようとした。良太にとって、それはいつも通りの事で、日常的な事だった。

 欲しい物は手に入る。手に入らない物なんてなかった。

 女も、美術品も、知識も――。全て望めば手に入った。

 何故なら、自分は華族だから。生まれながら”持っている”。生まれもった運命とも言える。持っていない連中は諦めて地面を這ってさえいればいい。

 なのに――


 ――アイツらは、僕の思い通りにならなかった。


 ひょっこり現れて、いつもなら上手い事出来た遊戯を邪魔して、挙げ句、僕を負け犬に落とし、笑い物にした。

 あんな平民の女二人に、恥をかかされた。

 だから、僕が受けたそれ以上の恥と屈辱をあの女達に与える。そう思って、いつも通り、金と権力で人を使って、嫌がらせのつもりで、鑑定士の知り合いの少女から盗んだらしい刀を競りにかけた。それも結局見破られたため、逃げ出し、そして――


――『お前、このままじゃ終わりね』


 闇から這い出るように、彼女は言った。


――『ねえ、坊や。お姉さんに協力しない? もし上手に出来たら、貴方は罰せられる事も嘲笑われる事もない。あの鑑定士に、一泡吹かせたいのでしょう』


 そう言われ、「軽く切るだけだから」「大袈裟に騒いで」という指示を受けて、背中から軽く切られる事を受け入れた。腕は軽く自分で切った。

あとは、あっちで上手い事やってくれると言ったから。


 それが、どうして、こんな事に――。


 ――僕、このまま死ぬのかな。


 まるで他人事のように思った。

 思い返してみれば、散々な人生だった。


 ――『アイツだろ、あのバカ御曹司って』

 ――『そうそう、親も大変だよな。どんなに遺伝子が良くても、生まれたのがあんなバカじゃ』


 華族の御曹司なのに、どこへいっても莫迦にされて。

 優しくしてくれる奴なんて、俺を利用する奴ばかりで、本当の意味で優しくしてくれる奴なんていなかった。


 結局、最後まで誰も、俺の事なんて認めてはくれなかったな……。

 ――まあ、当たり前か。俺もそれをよしとして、他人を駒のように扱ってきた。

 身分の低い女に暴力を振るった事もあった。思い通りにならなければ暴れ回って、金と権力で全部黙らせてきた。

 だから――きっと、当然の報い。

 全部、返ってきただけなんだ――。


「くっそ、何なんだよ……」


 ――本当に、何なんだよ。

 ――何で、こんな時に、あの憎たらしい女の顔が浮かぶんだよ。


 アイツらは滅茶苦茶だから、何とかしてくれるかも。

 アイツらは滅茶苦茶だから、こんな奴ら相手でも、何とか出来るかも。

 アイツらは滅茶苦茶だから、こんな僕の事でも救ってくれるかも――。


「ほんと、何なんだよ、お前ら……」


 薄れゆく意識の中、良太の脳裏に浮かんだ二人の少女の面影。それは愛しい相手ではなく、むしろ憎たらしく思っていた二人組であり、今際の時に思い浮かべるには相応しくない。

 紅と黄色の少女。

 ――まるで、紅葉もみじだな……。


 そこで、良太の意識は完全に途切れた。


      *


「あーあ、部屋が汚れちゃったぜ」

 日が傾きかけ、薄暗い部屋がより暗くなった。

 彼女は短刀を振ると、刀身についた彼の血が飛沫となって辺りに散った。

「あー、刀ってのはほんと面倒だよな。一人二人切っただけで駄目になっちまう。なあ、お前もそう思わねえか……って、もう聞こえてねえか」

 胸を一文字に切り裂かれた良太の身体を、彼女は軽く爪先で突っつくが、反応はない。

「運が良ければ生きてそうだけど、とことんツイテない男。じゃあ、今度こそさよならね」

 彼女は血の付いた短刀をゴミ箱に放り投げると、そのまま部屋を後にした。

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