「僕の家、藤田の一族。片方は警察の偉い人の藤田の、片方は武士時代の斎藤一としての歴史をそれぞれ引き継いでいる」
そういえば、そんな設定あったな。
「僕、他にも兄や姉いる。みんな、警察関係の仕事に就いて、藤田の子孫としての責務を果たしている。そして、僕は……お爺ちゃんと一緒に、斎藤一の歴史を継承するために、家を出た」
「家を出た、って……」
藤田五郎と斎藤一。同一人物であり別人にして、違うようで同じ人生。そして、子孫である初音の家は、藤田と斎藤のそれぞれの歴史を継承した。
――でも、だからって家を出るような事?
「昔から、そうなっている。片方は表で藤田のお家を、もう片方は斎藤一が老後の趣味で始めた鍛冶職人になる。そして、斎藤の方を継ぐ方は、立場上では分家扱いになって、おうちを出る」
結構複雑だったんだな。
「特に、斎藤の方を継承する人は、限られる。小さい頃から先代、僕の場合はお爺ちゃんから技術を習い、弟子としてその技を学ぶ。斎藤一の歴史と共に」
斎藤一の歴史、か。
なら納得がいく。藤田五郎ではなく斎藤一は、幕末を生きた武士。つまり、大政奉還以前の歴史。公にされておらず、おそらく私が知らない事も、初音は知っている。
文書に残せば、紛失や盗難の恐れがある。そのため、彼女達は技術と口頭で、「斎藤一」を引き継いだ。
「まあ、大体の事情は分かったけど、だからって何であんなツンケンしてんの?」
「いち兄、僕が斎藤一を継承する事、最後まで嫌がったから。多分、僕の事、許してくれていないんだと思う」
「許してくれないって、反対されていたの?」
「他の兄や姉は優秀だけど、僕は勉強とか苦手。警察になれる自信、ない。叩っ切るのは得意だけど」
だろうね。
「だから、消去法で、僕が、斎藤一を継承する事になった。適正も、あったから」
適正?
鍛冶職人としてのって事だろうか。
――それにしては、何か引っかかる言い方ね。
それに、斎藤一を継承するとは一体どういう意味なのか――。
「末っ子の僕は、特に期待もされていなかったから。お爺ちゃんについていくのが普通。当然。いち兄だけ、反対」
「それで、あの態度か」
道を違えたとまでは過言かも知れないが、互いに違う道を選んだ兄妹。それが突然目の前に現れたら複雑な気持ちになるか。
誠一が反対した理由も、もしかしたら兄なりに心配していたのかも――。
「百合姉」
ふいに、初音が私の手を握った。
「それより、もうモミジ姉は大丈夫なんでしょう? 会いに、いかないでいいの?」
「それもそうね。まだ正式な引き取りには時間がかかるかも知れないけど……」
モミジの事だ。また泣いて硝子に頭ぶつけなければいいけど。今度は感動の涙で。
「きっと小夜左文字がうちに来るって知ったら、あの子、どんな顔……って、あの子、あまり刀に興味ないから、分かってくれないか」
スバルなら分かってくれそうだが――また嫉妬に満ちた目で見られそうだが。
「あら、確かに、いい刀よね」
「……!?」
風が頬を撫でた感覚と共に、声が投げかけられた。
後ろを振り返ると、閉まりきっていた窓が全開になっており、その縁に腰をかける人影があった。
――なに、この人……。
遊女を連想させる派手な着物と、蝶の刺繍が施された漆黒の外套。
極端に長い前髪で左の顔半分が隠れているが、一目を引く美貌だけははっきりと分かる。秋の紅葉のように橙の強い赤い髪と、同じく紅葉のような黄色の瞳。
もし雛菊が危険を匂わせる妖艶な美しさなら、彼女は呼吸のスキも見逃さない危機な妖しさを纏っている。
「かっははは。ひでえ顔だな。いくらオレが美人だからって、びびりすぎじゃね?」
派手で美しい容姿とは裏腹に、乱暴な言葉遣いで彼女は言った。
「それにしても、噂の『認定鑑定士』のお姉様って聞いてきたから、どんなもんかと思ったら、随分と貧相な娘っ子だな」
「おい、あんた。今どこ見て言った?」
モミジとも勝るとも劣らない豊満な胸。対する私は――ちくしょう!
「アイツが入り込むくらいだから、どんなもんかと思ったら、拍子抜けだぜ。まあ、今回はほんの挨拶に来ただけだからいっか」
そう言いながら縁から飛び降りたと思った刹那――彼女が視界から消えた。
「おいおい、がら空きじゃねえか」
と、耳元で囁かれる共に、耳を軽く噛まれた。
「ちょっ……っ」
「何だ、色気のねえ反応だな。うちのお嬢の方がまだ可愛げがあらあ」
残念そうに言った後、彼女は軽く私の膝の後ろを蹴った。
思わず前方に転倒しかけると、初音が支えてくれた。
「百合姉、大丈夫?」
「ええ、平気よ」
主に胸に対する精神攻撃以外は。
私は身体を起こすと、ある異変に気付く。
「あれ? 左文字がない!?」
「百合姉、あれ」
初音が指差した先には、既に窓際に移動した彼女が短刀を持っていた。
「こいつは、返してもらうぜ。元々オレの物だからな」
「あなたのって事は……あんたが、今回の……」
私の問いに、彼女はにんまりと笑った。そして――
「ああ、そうだ。オレが……」
刹那――真横を風が横切った。
薔薇の香りに似た、懐かしい匂いと、見知った後ろ姿。
それを視界に捉えると同時に、「彼女」は傍に控えるように立っていた初音が帯刀していた刀を一瞬で抜き取り――
カキン――
一合の音が鳴った。
「モ、モミジ!」
髪を振り乱した「彼女」――モミジは一瞬で抜刀した打刀で斬りかかり、それを彼女が左文字の短刀で受け止める。
「よう、モミジ」
「どうも、もみじ」
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