「もう一度問おう。私の刀に何をしている?」
首筋に触れる冷たい感触。平たい感じからして、平造りの短刀か。
少しでも動けば、その瞬間皮膚が切れる。
――とりあえず、ここは素直に言って、穏便に……。
「私達は……」
「貴女こそ、モミジのお姉様に何してらっしゃいますの?」
穏便にすまねえ!
短刀が首筋から離れた事で解放されたが、全く解放感などない。
振り返った先では、短刀を持ったお姉さんと、そのお姉さんのこめかみに両側から銃口を突きつけるモミジ。
「少しでも、お姉様に触れたら、頭吹き飛ばしますわよ」
代償がでかいな。
「やはり、ただの小娘というわけではなさそうだな」
「当然ですわ。モミジとお姉様は、それはそれは濃厚な関係で……」
嘘を教えるな。
「濃厚……やはり奴らからの追っ手だったか」
「違います、違います」
何だか話がかみ合っていない。
私はモミジを引き剥がし、改めてお姉さんを見る。
緑が混じった黒髪を、高い位置で武士のように布紐でまとめ、長い前髪の奥から鋭い眼光が光る。
最初は気付かなかったが、改めて見てみると、身につけている衣類は私やモミジのような和服ではなく、西洋の物だ。スバルが着ている物に似ているところからするに、男物だろうか。
背丈は私より少し高いくらい。細身で長身だが、鍛える所は鍛えられている。引き締まった腹筋は大人の色気をより際立たせ――
「お姉様! どこを見てらっしゃいますの!? 一度はお初ちゃんみたいな幼女が好みか疑いましたが、やはり大人の身体の方が……」
「だから、誤解を招く発言をするな!」
すぱん、と景気の良い音を立てて、モミジは額を抑えて倒れ込んだ。何だか嬉しそうなのは、この際放っておこう。
「私は、姫百合。ここ、『紅月鑑定屋』の二代目主人です」
「鑑定屋?」
「はい、私達は、店の前で行き倒れていた貴女を見つけて、介抱していただけです」
本当は、モミジが確認せず扉を勢いよく開けたせいで顔面に直撃して気絶させた、が正しいが。さらに言うと、介抱といっても、寝台具の上に運んだ程度だ。
――見た感じ、わけあり。それも、戦闘慣れしている。
モミジだから背後をとれただけで、私は彼女の接近に全く気付かなかった。
荒事はごめんだが、避けては通れそうに――
「そうだったのか。それは、すまなかった」
通れた!
しゅん、という音と共に、男装のお姉さんは頭を下げた。
「えっと、とりあえず、立ち話もなんですし……座りませんか?」
「はい、どうぞ」
先程の態度とは打って変わり、モミジは私とお姉さんの前にお茶を出すと、当たり前のように私の隣に座って肩に手を回してきた。まるで見せつけるように、モミジは勝ち誇った顔でお姉さんを見ている。
「私は……燕。この度は、助けて頂き、感謝の極み」
と、彼女は向かい合ったまま頭を下げた。その時、普段傍にいるのがモミジや雛菊のせいで、癪に障る塊をまた見せつけられるのかと思ったが、彼女は標準装備のようで、胸元から我々の天敵が零れ落ちる事はなかった。
「燕さん! あんたみたいな人を待っていたの」
「は、はあ?」
思わず彼女の手を握ると、燕さんが困惑した表情になった。
「ちょっと! モミジのお姉様に気安く触らないでくださいまし! 頭吹き飛ばされたいのですか?」
「やめなさい」
そして、代償がでかいわ。
「ところで、燕さんは、どうして、あんな夜遅くに? 女性が一人歩きする時間帯ではなくてよ」
「ええ、実は、仕事で……」
「仕事?」
「ええ、私は運び屋をやっていまして」
運び屋には、二種類ある。一つは所謂運送会社で、依頼人の注文通りに荷物を目的地に送り届ける、一般的な「飛脚屋」。
そして、もう一つは企業ではなく、主に個人営業の「運び屋」。依頼さえあれば、どんな場所にも行き、どんな物でも届け抜く。「飛脚屋」と違う所は、個人営業だから誰からの依頼も自分の気分次第な所だ。つまり、表でも裏でも、どんな相手の荷物も依頼さえあれば届ける。
表社会と裏社会の狭間を飛び越えられる唯一の存在。
そして、あの身のこなしから見て、彼女は「運び屋」の方だ。
「今回は、とある依頼で動いていたのだが……これも、運命か」
「え?」
「私は、とある婦人の依頼で動いている。依頼内容は詳しくは話せないが、とある荷物を、自分の弟子の元へ運んでほしい、という事だ」
「弟子って……」
「紅月姫百合といったな? 紅月牡丹の弟子は、お前であっているか?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!