「刀種は、脇差ね」
脇差は、三〇・三糎以上、六〇・六糎未満のもので、刃は上向きに腰に差す。そして、大きさからしてこれは脇差にしては長めで一見打刀に間違いられそうだが、まだ脇差の許容だ。
「ですが、お姉様。脇差にしては結構大きく思えますが」
「だから、お前は半人前なのよ。どこからどうみても脇差でしょ。おおかた脇を刺すから脇差、とでも思っていたんでしょ」
「え? 違うんですの?」
違ってほしかったのは、こちらの方だ。
「脇差の脇は、脇役の脇だ。江戸では二本差しが主流で、大小の刀を差す事が定められていた」
大刀を本差し、小刀を脇差と呼んだのが起源とも言われおり、予備として用いられる事が多かった。現在では本差し、脇差しによる分類ではなく、単純に大きさで区別している。
「成程! つまり打刀が光だと、脇差は影って事ですね!」
「モミジ。、少し黙っていて。お姉様からのお願い」
「はい! お姉様がそうおっしゃるなら、無言でお姉様の美しい横顔を見つめていますわ」
「やりにくいわ!」
モミジに突っ込むと、ケヤキが何か言いたげな目でこちらを睨んできた。
すみません、続けます。
「さて、それじゃあ……」
まず作業机の上に寝かせた脇差に向かって両手を合わせて礼をする。次に、目釘を抜いて刀身を柄の中から取り出し――
「……これ、は……」
この刀は、〝まずい〟。
一目見ただけで、それだけは分かった。この刀がこれから辿るだろう結末は、きっと彼女にとって良くないものだ。
――どうする? 本当の事を、真実を告げる?
ふいに、脳裏に『あの人』の言葉がよぎった。
『いいかい? 二代目。我ら鑑定士は真実を見極めるのが仕事だ。だが、真実は所詮結果に過ぎん。それがそのまま正しいとは限らない。ゆえに、我らは常に何が最良か見極める必要がある。なぜなら……』
――真実は真実として、それがそのまま正しいとか限らない。
――そうですね、先代。私は鑑定士。なら、真実を読み解くのみ。
「おい、どうしたんだ?」
「いいえ、ごめんなさいね。それじゃあ、続けるわよ」
不満そうなケヤキにそう返すと、私は鑑定を続けた。
「刃長、三〇・五。反りは〇・三、か。随分と古い刀ね」
手入れはされているが、それだけでは拭いきれない時間による錆が目立つ。特に刃先や刃にかけて錆が広がっており――明らかに人を斬った跡だ。錆具合や鉄の若さからして、時代は――南北朝時代のものか。
――それに脇差にしては身幅が広い。
脇差は細身な造りが多いが、これは包丁のように身幅が広い。
「〝造り〟は平造り。〝刃文〟は互の目刃。〝地鉄”は杢目肌。そして、茎だけど、これは船底型と呼ばれる、茎の刃の方が揺るかな曲線を描いているもの。杢目肌は備前に多いけど、この特徴的な船底型は、相州伝のものね」
地域によって刀匠の造りは特徴的だ。山城伝が貴族向けなら、こちらは武家向けであり、この脇差のような身幅が広く、見た目から圧倒される外見のものが多い。といっても、これは刀匠の趣味だから特徴とは言ってしまうのは語弊があるかも知れないが。
「ええい! つまり、何なんだ? 分かるように言え」
痺れを切らしたケヤキが、怒鳴りかける。寸前で果南に服を引っ張られて止まったが。
「つまり、これは相州伝の、それも南北朝時代の脇差……作風から見て、刀匠は長谷部国信」
「お姉様。長谷部国信、ってたしか長谷部国重の弟さんですよね?」
「ええ。子息や門下の一人という説もあるけど、弟説が一番多いわね」
珍しくモミジも知っていたようだ。今年で六年目だから当然ではあるが。
「あの、すみません。私、刀には詳しくなくて……長谷部さんってどなたですか?」
「ああ、ごめんなさいね。長谷部国重は、長谷部一派の初代。国宝のへし切り長谷部の刀匠って言えば分かるかしら?」
長谷部国信は、国重と同じく山城の刀匠だが、彼の場合少し特殊であり、相州正宗――相州の完成者と呼ばれた刀匠の門で学んだため、作風は相州のものだ。つまり、山城の刀匠でありながら相州の作風を貫いた刀匠だ。
「あの、お姉様。南北朝時代に鍛えられた、長谷部国信の脇差……って、それ、『浪漫財』じゃないですか!」
「のようね」
「それで華族の泥倉さんが狙っていたんですわね!」
「沼倉、な。影響されるな」
相州は今でいう神奈川。おおかた流通関連で仕事をした時に偶然手に入れたか、或いは他の理由か。
「許さん! そんな理由で旦那様の会社を、脇差を……あまつさえお嬢様と婚姻など!」
一人闘志を燃やす欅を、何か言いたそうな顔で果南が見上げた。
――あまりこういうのは立ち入るのはよくないが……これも、脇差のためか。
「果南。あんたは、脇差をどうしたい?」
「どう、って……」
「聞けば、会社は倒産し、父を失い……あんたに残されたのは家の守り刀のみと言っていたけど、本当に、それだけ?」
「それだけ、って……遺産は全て倒産した時の借金返済や社員の給金などで使ってしまいましたし……私には、何も……」
果南は顎に手を置いて考え始めた。
「本気で気付いていないの? 最低価格ね」
私の言葉に、果南は探るように顔を上げた。対する私は傷つけないように丁寧に刀身を柄の中に戻すと、それを作業机の上に抜き身の状態で置く。
「鑑定結果を言い渡すわ。これは……」
と、私が言いかけた時。大仰な物音を立てて店の扉が蹴られた。
「やはり、ここにあったか!」
男にしては少し高めの声が聞こえた。
最初に店に入ってきたのは、背丈の低い青年。年齢は二十代後半くらい。良い素材の水夫風洋袴に、山高帽子。立襟の洋襯衣の上に派手な色の背広を羽織った男は、これみよがしに優雅な動きで、入口付近に立った。店の面積的に全員入れない事は了承済みなのか、厳つい男を三人ほど従え、青年は店全体を見渡し――、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
そして、青年の視線が作業机の上の脇差と、その付近にいた果南へ向かうと――即座にケヤキが彼女を背に庇った。
――さっきもそうだけど、この人、使用人の割に動きがいいわね。
荒事に慣れた動きに鍛え上げられた肉体。「家名」なしの上に、片仮名の「樹木」の名。
――やっぱり、この人も……。
ちらり、と両手を懐に突っ込んでいつでも二丁拳銃を取り出せる状態のモミジを見やる。彼女は少しでも相手が変な動きを見せたら問答無用で狙い撃つつもりだ。腰を低くし、全員の動きを注意深く見る目は、少女のものではない。
「モミジ……人数は分かる?」
私が小声で訊くと、彼女は一瞬だけ目を閉じて意識を聴覚に集中させる素振りを見せた。が、それは束の間であり、すぐに目を開き、窓に映る人影を一瞥した。
「裏口含めて、ざっと十人弱。全員武装しています」
「そう。なら、仕方ないわね」
私は作業していた時に少しだけ肌蹴た「浪漫」の字が刻まれた羽織を脱ぎ――「鑑定」の字が刻まれた羽織を肩にかける。そして、抜き身の脇差に一礼した後、それをそのままの状態で放置する。
そして、作業机を飛び越え、青年の前まで移動する。
ひらり、と羽織が舞った。それを見惚れるように、後方にいるモミジや果南、ケヤキの目が大きく見開いた気配がした。
「君が、ここの店主かい? なら話は早い。僕は誇り高き沼倉家が子息、沼倉良太だ! 本来なら君達のような下々の者が直接口を聞いていい存在ではないが、僕は寛容だ。発言を許可しよう」
また面倒な奴が出てきたな。それに――高そうな香水がきつく、これ以上同じ空間にいたら匂いがうつりそうだ。羽織にうつる前にこいつを外に出すか。
「君だね? 僕の邪魔をした無粋な奴は。まったく、こんな貧相な奴がよくも僕に立てつけたものだ。無知は罪、とはよく言ったものだ……」
「おい」
私は沼倉良太の胸ぐらを掴んで引き寄せ――
「即刻表に出なさい。これ以上私の店に、その成金くさい匂いをうつしてみなさい。埋めるわよ」
「…………………………はい」
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