「牡丹様って……」
モミジが少し不安げに、私の横顔を覗き込んだ。
私はそれを知らないふりをして、燕を見た。
――試しているって感じじゃない。
となると、本当の事か。或いは、依頼主の方が人を使って試しているか。
「ええ、合っているわ。ここの先代は、紅月牡丹。そして、私はその二代目の姫百合」
「そうか、良かった。地図が適当すぎて何度も道に迷ってしまい」
その件は本当にすみませんでした。
「それじゃあ、あの太刀が、牡丹様からお姉様への贈り物って事ですか?」
「いえ、少し違います。あの刀をとある場所から『紅月鑑定屋』へ持っていくよう依頼も受けましたが、本当の預かり物は、この手紙です」
と、彼女は懐から小箱を取り出した。
『親愛なる弟子(笑)へ』
――かっこ、笑いってなんだよ!?
『その太刀は、旅先で、とある人物より、鑑定の依頼を受けた代物だ。
だが、生憎、私は引退の身。というわけで、現主人のお前に依頼を投げる事にした。
師匠に感謝しながら、迅速に対応せよ。なお、依頼料は既に受け取っている。
以下、詳細を記す――』
途中まで読んだ所で、思わず破りかけた。
が、寸前で思いとどまる。偉いぞ、私。大人だ。
「お姉様。これって……」
「ええ、『紅月家』語で解釈すると、依頼料は使ってしまったから、絶対にやれ、って事でしょうね」
「相変わらずですわね」
「まったくだ」
それも、どこまで本当の事で、どこまでふざけているのかが分からない。
それが、あの人の意地の悪い所だ。
――いつもそうだ。
本気なのか、冗談なのか。あの人の本音はいつも分からない。
真贋を見極める仕事をしながら、自分は真実を告げる事がなかった。
結局、私に『紅月鑑定屋』を任せて出ていったのも、モミジの事も、一体何の意図があるのか。
「お姉様」
ふいに、モミジが私の右手を両手で包み込んだ。
「依頼を受けるかどうかは、お姉様次第ですわ。モミジは、お姉様の判断に従います」
「モミジ……」
その健気さに、少しだけ励まされた。
「だって、モミジはお姉様の物! きゃー言っちゃった」
変態だけどな。
「とりあえず、受けるわ。断ったら断ったで面倒な事になりそうだし」
それに、わざわざ遠方から太刀を抱えて届けに来てくれた彼女にも面目ない。
「燕さん。私は刀の鑑定をしているから、あんたは休んでいて。終わったら、声をかけるから」
「ですが……」
「それに、言っちゃ悪いけど……あんた、かなりの距離、走ってきたでしょ」
「そうですが?」
キョトンとした顔で小首を傾げる彼女に、言いづらそうにしていると、横からモミジがジト目で割り込んできた。
「仕方ありませんから、お風呂のご用意を致しました。そこで汗でも流してらっしゃい。その間、モミジはお食事のご準備を致しますから」
「ですが、そこまでして頂くわけには……」
「鈍い方ですわね。淑女に対して、面と向かって言うのは忍びなんですけど、貴女、臭いますわよ」
「え?」
本当に容赦ない。
案の定、燕さんは顔を真っ赤にして俯いた。
「分かりましたら、それ以上、そんな汗と埃でまみれた身体でお姉様に近付かないでくださいまし。ばっちいですわ」
「ご、ごめんなさい……えうっ」
あ、モミジが燕さん泣かせた。
その後、気まずそうな燕さんを引っ張り、モミジが二階へと彼女を押し込むように連行していった。連れていき方が客人に対するものではない。警察が犯人連行する捕まえ方だった。
――まあ、これでしばらくは静かに……。
「ちょっやめてください」
「いいから、とっとと脱ぎなさい! それも洗濯してあげますから」
「やめてくださいって!」
「あら、貴女、意外に」
「どこ見てるんですか!」
「さて、次はその薄汚れた身体をどうにかしなくちゃですわね」
「その長刷毛、掃除用のやつですよね!?」
「大丈夫。新品ですわ。さあ、観念なさい!」
「誰かああああああああああ!」
――なるわけがなかった。
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