「鑑定だ?」
案の定、鼻で笑われた。
「お前、たしか『認定鑑定士』だったな。鑑定士の仕事は、『浪漫財』に該当する品の真贋を見極める事だろう。殺人未遂に使われた短刀などを鑑定してどうする気だ? 疑いが晴れるわけでもあるまい」
「あら、それはどうかしら」
「何?」
初めて、彼が私を見た気がした。
最初に出会った時から、彼は私や実妹の初音の事すら見下し、同じ「人」としてすら見ていない。そういう点は、華族の連中に似ている。
「凶器として扱われている短刀、<小夜左文字>らしいじゃないの」
「だったら、何だっていうんだ?」
「小夜左文字といえば、左文字派の開祖・左衛門三郎安吉の一品。時代は、南北朝時代。細川幽斎や山内一豊に由来」
「……!」
頭は良さそうだから、ここまで言えば察しはついただろう。彼の顔つきが変わった。
「大政奉還以前の作品にして、戦国大名の遺品。つまり、『浪漫財』よ。それが殺人の凶器とされているなら、『認定鑑定士』として鑑定をしたい。結果次第では、その短刀は我ら鑑定協会預かりとなるって事くらい、貴方ならご存じでしょう?」
大政奉還以前の記録が消失している今、鑑定士の鑑定結果は絶対である。そして、大政奉還以前の品は大変貴重な資料である。たとえ事件の重要証拠だとしても。
――そっちが権力でくるなら、それと同等の力で挑むしかない。
「……よかろう」
「え?」
「だから、鑑定させてやると言ったんだ」
思ったよりすんなりといき、少しだけ拍子抜けであり、呆けてしまった。
「ただし、俺も同席する。それで構わないなら許可しよう」
「ええ、望むところよ。鑑定士様の粋様、その目に焼き付けなさい」
「イキるのは勝手だが、もし妙な真似をしたら、俺自ら葬ってや……」
「いち兄!」
その時、ずっと黙って背中にくっついていた初音が叫んだ。
いつもの幼子のような雰囲気ががらりと変わり、達人の放つ緊張感が初音から伝わる。この空気は、知っている。この子の中に流れる藤田五郎の血がそうさせているのか、強敵と対峙する時の彼女だ。
「百合姉は、国が認めた鑑定士。真実を提供するのが仕事。不正なんて、絶対にない。僕が、保証する。いち兄こそ、妙な真似をしたら……僕が斬る」
「……」
両者から殺気に近い空気が放たれる。
「兄妹なんだから」そんなありがちな言葉を一切受け付けない、圧倒的な緊張感が二人の間に流れた。
やがて長い沈黙の果てに、二人は肩の力を抜くように息を吐いた。
「俺も忙しい。やるなら早くしろ」
誠一はそう言うと、席を立った。
その後を少し遅れてから私と初音は追いかけた。
*
初音の兄・藤田誠一に案内された場所は倉庫のようで、色んな資料や証拠品のような物がたくさん保管されていた。
「おい、あまりキョロキョロするな。ここで見た事は他言無用だ」
「分かっていますって」
「……」
誠一が怪しいとも言いたげな目で見てきた。そういう視線で訴える所は妹と同じか。
「ほら、これだ」
木製の机の上に並べられた品々の中に、小ぶりの短刀があった。
「これが……」
私はすぐに透明の手袋をはめる。
ここへ来る時に「証拠を残すな」と犯人ような台詞と共に誠一に渡された物だ。
並んでいた他の証拠品をどけてもらい、机の上に広い空間を作る。
そして、その上に持参してきた布を置く。
布の上に短刀、その近くに我が相棒・目釘抜や打粉など、必要な道具を置く。
「さて、では、鑑定を始めましょうか」
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