真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

太刀・鬼丸国綱⑤

公開日時: 2021年2月2日(火) 00:00
文字数:2,059

 所変わって、二階の食卓。

 つばめに対し、いびりに近い接待 (?)を与えたモミジは、上機嫌で食卓に立つ。

「これで、お姉様に手出しは出来ないでしょう。おーほほほ!」

 まだ入浴中の燕に聞こえたのか、風呂場から怯えたような声と物音がした。

恋敵ライバルは早めに討つ! 常識ですわ! さーてと、お姉様は大丈夫かしら?」

 下が静かな所からして、鑑定に集中しているのだろうが――

「それにしても、牡丹も酷な事をしますわね。天下五剣の写しを、わざわざ姫百合に鑑定させるだなんて。嫌がらせ以外の何者でもない」

 ふいに、モミジは壁の鏡に映った自分の顔を見る。

 世間一般からしても、モミジの顔は美少女の部類に入る。

 陶器のような白い肌に、宝石のような鳶色の瞳。凹凸のはっきりした身体つきに、ぱっちりした瞳。

 誰がどう見ても、絵画に描かれたような完璧な美だと謳う。

 ――本当に、完成されすぎて、作品だと見間違う程に。

「まあ、写しって意味じゃ、私達も一緒か。ほんと、芸術戦国期時代だか浪漫時代だか知らないけど、迷惑な話よね……ねえ? そうは思わない? 『もみじ』達」

 誰に対してか分からない呟きは、水道の音にかき消された。

 

        *

 時同時刻、一階・作業場。

 

 銘の刻み具合からして、作刀時に焼き入れた物で、後から刻まれた物ではない。

「違う、似ているけど、國綱の物じゃない」

 

 ――まさか、贋作?

 

 贋作と写しは異なる。

 贋作は、完全に騙す目的で名前や作刀者を偽って取引される。元あった銘を焼潰して、全く別の銘を刻む偽銘ぎめい工作も用いるため、騙す技術も問われる。稀に、本物そっくりに偽装して売買し、それを本物だと思って購入した場合もある。当然騙す行為自体は褒められたものではないが、その騙す技術に、感心する事もあり――中には、贋作と知りながら高額で取引されたり、真作よりも高い価値を持つ贋作作品も多い。

 次に、写しだが、これは必ず本歌ほんけと呼ばれる手本となる物がある。それに倣って鍛えた物が「写し」であり、真作の作刀者にちゃんと断りを入れるため、偽物ではない。また、写しといっても、本物そっくりに似せるか、自分流の造りを取り入れるか、作刀者によって好みが分かれる。

 

 そして、この刀には、「国綱」の銘がない。

 

 刻まれた銘は「國綱」と記されているが、これは「粟田口国綱」の物ではない。僅かな差であり、私達『鑑定士』でなければ見抜けなかっただろう。

 ――となると、偽銘を使った贋作って事になるけど、ここまで技術を似せる事が可能なの。

 もはや神業。技術だけをいうなら、細部に至るまで、この刀は「国綱」の刀そのものだ。とても他人が鍛えたと思えない程に、完成されている。

 ――だけど、おかしい。

 どんなに似せて造ったとしても、完璧に模倣する事は出来ない。特に、国綱の太刀・鬼丸国綱は、鎌倉時代の刀。今から似せて造ったとしても、鉄の若さや時代の技術の差で、必ず差異は生まれる。

 しかし、これは、まさしく鬼丸国綱そのものだ。

 反りから、鉄の年齢からして、全てが鬼丸国綱。

 贋作にしては手が込んでいる。まるで、本人が、昔の作品をもう一度打ち、銘だけ変えたと錯覚する程。

「先代……」

 そういえば、手紙に続きがあった気がする。

 私は一度刀をしまうと、燕さんが持ってきた手紙を手に取る。

 

『詳細は、下記に記す――』

『ただし、これは、刀の鑑定が済んでから見よ』

 

       *

 

 所変わって、二階。

 

「ふぅ、これで洗濯完了ですわ」

 モミジは樽の中から燕の衣類を取り出すと、親の仇の如く絞った。途中、布が切れる音がしたが――

「まあ、お姉様のじゃないし。モミジ、美少女だし。許されますわ」

 と、誰に向かってか分からない呟きをしながら、衣類を絞る。

 だいぶ土埃を吸い込んでおり、樽の中の水は洗剤と絞り出した汚れによって薄汚れた色に染まっている。本心では、この汚れた樽を彼女に被せたい所だが、余分な仕事が増えるだけなので、そこはぐっと堪える。

「それにしても、何で、西洋の衣類は、こう洗いづらいんですの」

 と、厚い繊維で覆われた上着を力強く絞るが、思ったように破けない。

「ふぅ……おのれ、あの雌狐。あとでめいっぱいいびり倒してあげますわ。あら?」

 呪いの言葉を呟いていると、上着の内側に派手な色の刺繍を見つけた。

 ――そういえば、スバルちゃんも、上着の内側が紅かったような。

 西洋の流行りだろうか。

 そんな事を考えながら、興味本位でモミジは上着を大の字に開いた。

「……!」

 そして、絶句した。

 上着の裏側の臙脂色の刺繍。それには見覚えがあった。

 

「そいつを見られちゃ、黙って帰れないな」

 

 僅かな湯気と、滴る水滴。

 モミジが振り返った先では、風呂上がりの燕がタオル一枚で身体を隠しながら、小刀を構えている姿だった。

「燕さん……」

かしらの睨んだ通りだ。『紅月鑑定屋』には、化け物が住んでる」

「貴女……」

「おっと、何も聞かない方が身のためだぜ。私だって、好きで危害を加えたいわけじゃ」

「恥じらいとか、ないんですの?」

「……」

「……」

 両者の間に、しばしの沈黙。


「きゃあああああああああああああ」


 直後、燕の悲鳴とも奇声とも言えない叫び声が響いた。



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