「まったく、散々な、人生だったぜ……」
血溜まりの中で、彼は笑った。
*
――何で、こんな事になっちまったかな。
意識が遠ざかる中、平良は思った。
――一体、俺はどこで間違えたんだろうな。
生まれが悪かったのか、育った環境が悪かったのか。もし華族とまではいかずとも、平民にでも生まれていたら、もっとマシな人生が送れたのか。悪い事も、たくさんしてきたよな。ならば、出会った人間が悪かったのか。或いは――生まれた事が、悪かったのか。
――もし、そうなら、俺は、どうすれば良かったのか。
「平良!」
耳をついばむような声が、平良の意識を深い底からすくい取った。
「お嬢……」
地面に転がる自分を見て、茉莉が泣いていた。
よく見ると、失った片腕に布が巻き付けられていた。止血した所で、もう意味はないが。
腹部に刺さった刀は抜かれず、そのままになっていた。抜けば確実に出血で死ぬ。それが分かっているから、誰も抜かずにいた。どちらにしても、死ぬ未来に変わりはないが。
「どうして、平良……こんなの、あんまりだよ」
茉莉が、もう感覚の無い手に触れ、自分の頬をくっつけてきた。もう感覚がない筈なのに――温もりを感じた気がした。
――俺の人生は散々だった。幸福なんて一度も感じた事がなかった。
失うものは何もなかった。だからこそ、辻斬りだって平気で出来た。その筈――だった。
――……違う。俺の人生は、散々なんかじゃない。
――あったんだ、ここに。俺が生きた理由。俺が、生まれた理由。
今、この手の中に――。
「お嬢……」
だって、俺は今――
「すまなかった……」
「もういい、もういいいの、平良。もう喋らないで」
「俺は、幸福を感じた。生まれて初めて、幸せだと思えた。だから、お嬢……」
「平良?」
「………………」
――ありがとうよ。
*
「平良、平良!」
話の途中で事切れたか。平良は、最後まで喋る事なく、目を閉じた。
茉莉が掴んでいた手が、静かに地面に落ち、鮮血の水溜まりの中に沈む。
「う、うわああああああん」
平良の亡骸を前に、茉莉が泣き出した。それを、私は止めようとは思わなかった。そして、同じ事をモミジや雛菊も思ったのか、誰も何も言わず、ただ見守っていた。
「茉莉……」
私は膝を折って、泣きじゃくる彼女の頭を抱き締めた。
「いいよ、泣いて。泣いてあげて。平良は、罪を犯した。きっとこれから、彼は死してなお多くの悪意と侮辱をぶつけられる」
それだけの事を、彼はしたのだから。
「だから、せめて、あんただけは、泣いてあげなさい。彼の死を、悼んであげなさい」
「お姉様の言う通りです」
モミジが、私の反対側で膝をつき、同じように肩を抱いた。
「泣いて、あげてください」
そう言うモミジの瞳にも涙が溜まっていた。
あやめを連行した武装した警察が惨劇の場を片付ける中、茉莉の泣き声が響いた。
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