真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

脇差・長谷部国信③

公開日時: 2020年11月26日(木) 11:50
文字数:3,206

「私の家は、代々流通業をやっていまして……」

 ぽつり、ぽつり、と彼女は語り出した。

 彼女の家は旧時代から続く歴史ある会社だった。主に海外から資材を取り寄せ、それを必要としている企業へ流す、といった国内向けの流通業者だったらしい。

彼――ケヤキはとある縁によって彼女の家に幼い頃から奉公していた、住み込みの使用人。

 ――使用人というよりは、武士なみの忠誠心だな。

 先程から彼の視線が突き刺さって、やりにくい。まだ主――果南の言葉には従うだけ、うちの妹分よりはましだが。

「儲かっているとは言い難いですが、生きていくには十分だったですが……数年前から新しく上場した企業の進出によって、経営が一気に傾いてしまい……それで父の会社は倒産してしまって……そう、父だけに」

 冷たい空気が、部屋全体を包み込んだ。

笑いを取るつもりで言ったのだろうが、内容が内容なだけに笑えない。

「お、お嬢様。続きを……」

「は、はい。うちは母を早くに亡くし、父も二ヶ月ほど前に病気で……。会社を失った今の私に残されたのは、この子だけ」

 と、彼女は青い布袋に入った棒状の物を強く抱き締めた。

「どういう経緯でうちに来たのかは不明でしたが、父はこれをとても大事にしていました。ずっと守り刀として我が家に伝わっていて……」

 倒産した時も、身体を壊した時も、父親はそれだけは手放さなかったそうだ。先祖代々伝わる大切な家宝であり、今まで経済的に苦しくても決してそれには手を出さずにいた。そして、彼女もそれに倣ったが、商家といえ大学院に通っていた (それも経済苦による中退)だけのお嬢様が一人で家を立て直す事は出来ず、彼女に残ったのは少しの財産と家宝だけだった。

「そんな時です。ある華族の御曹司が、うちの家の支援を申し出てくれて。もし私が望むなら、もう一度会社を、元の暮らしに戻る援助をしてくれる、と。ただその代わりに……」

「条件を出してきたのね」

 私の問いに、彼女は力なく頷いた。

「華族・沼倉ぬまくら様が出した条件は、東宮の家宝ごと息女、つまり私がその家に嫁ぐ事でした」

「それって、政略結婚!?」

 何故か興奮気味にモミジが食らい付いた。

「はい。ですが、問題はそこではありません。実は……」

 と、彼女はずっと大事そうに抱え込んでいた青い棒状の布袋を作業机の上に置いた。

「大きさからして、脇差か」

「はい。これは、東宮の家に伝わる守り刀です。今、この脇差の名義は私にあるのですが……」

 そこまで果南が説明すると、これから先は彼女の喋らせるべきでないと判断したケヤキが、軽く彼女の手を握った。

二人の視線が一度重なり――その間に無言の会話があったようで、ケヤキがこちらに視線を戻し、彼女の代わりに語り始めた。

「泥沼糞野ろ……失礼、沼倉が出した条件は確かに長男のりょう様とお嬢様との結婚ですが、あいつらの目的は、この脇差だ」

 今、さらりと泥沼糞野郎と言おうとした気がしたのだが。

 しかし、筋書きは分かった。

「成程ね。そいつらが本当に欲しかったのは東宮の守り刀。それを公的に入手するために、現持ち主と結婚して、脇差ごと果南を嫁がせる気ね」

 付け加えると、果南を嫁がせれば、脇差と彼女――さらに父親達が築いてきた歴史、早い話東宮の商流るーとも手に入る。まさに侵略だな。

「お姉様、刀ごとって、どういう意味ですか?」

「今の時勢。刀剣の所持は、許可……つまり許可証らいせんすが必要」

先日の雷切騒動の葛切も、贋作といえ然るべき処理はしていたようであり、贋作一つ一つにその許可証らいせんすがあった。

「ただし、許可証らいせんすといっても、それが必要なのは人ではなく、刀の方なのよ」

「あー、車と同じって事ですね」

 モミジの指摘は、正しい。運転免許書を持っていなくても自動車が購入出来るように、刀剣を所持するのに必要なのは所持者ではなく、刀剣の方だ。

「刀剣一つ一つに、人間でいう所の住民票みたいなものがある」

「あ! それならモミジも知っていますわ。たしか、『鉄砲刀剣類登録証』ですわよね?」

「そう。その登録は、最初に登録した都道府県の教育委員会に申請を出す必要がある」

 そこから刀剣協会へ情報がいき、刀剣類の管理が可能である。

 つまり、東京の骨董屋で購入しても、登録した都道府県が大阪なら大阪の教育員会に申請を出す必要がある、という事だ。

「逆に言えば、許可証らいせんすさえあれば、危ない商流るーとから出回ったものでも違法にはならない」

 といっても未成年の所持は法的には認められず、刀の名義はその保護者にあるのが一般的だ。たとえ『浪漫財』でもそれは同じだ。また許可証らいせんすと鑑定書は別なため、『浪漫財』認定を受けるにはどのみち鑑定士に依頼しなくてはいけない。

 そして、果南の話によると、昨年成人になった果南は、父が死ぬ前に刀の名義を継承しており、正式に東宮の守り刀は果南の物になった。

「つまり、東宮の刀が欲しくても、力ずくで奪っても刀剣の識別番号から盗品だとばれる。そのため、沼倉は所持者である果南を嫁がせる事で、彼女の財産ごと手に入れようとした。脇差だけを売買する方法もあっただろうが、嫁にしてしまえば脇差以外も手に入るからな」

私の指摘は正しかったようであり、ケヤキが親の仇でも見るような目つきで顔を上げた。

「お高い華族の連中がお嬢様に婚姻を申し込む事自体稀だ。確かにお嬢様は美しい。結婚したい気持ちは分かるが……」

「ケヤキ?」

「な、何でもありません!」

 きょとんとした顔でケヤキを覗き込む果南から距離を取るように、すぐにケヤキは私に視線を戻した。

「あの面子第一の華族が何故面識のないお嬢様に婚姻を申し込むのか不思議に思い、俺は独断で連中の事を執拗に調べ上げた。そう、執拗に……逃げ場がないくらい徹底的にな」

 ――今、不穏な言葉があったような……。

 ――それにしても、この男……片仮名の名前に、あの身のこなしとなると……。

「お姉様? どうかされました?」

「いいえ、何でもないわ」

 キョトンとした顔で訊くモミジに気取られないように彼女から視線を逸らし、ケヤキに視線で先を促す。

「それで、奴が、東宮の商流るーとと脇差を長い間狙っていた事が分かったのだ。そのため、わざわざ流通業に進出し、我々の商売を……」

「え? じゃあ果南さんの家の経営悪化させた新しい企業って……」

「泥沼糞野郎だ」

 もはや隠す気もないのか。

「俺達が奴らに企みに気が付いた事がばれれば、お嬢様にも危害が加わる。そう考えた俺は、彼女を連れて……かつて鑑定の知識だけで華族達を黙らせた紅月さんの事を思い出し、この地図を頼りにここまで来た、というわけだ」

 逆にその地図でよく分かったな。

 半分は彼の執念によるものだろうが。その忠誠心は――美しい、と思う。

「それでお姉様に依頼にきた、ってわけですか」

「はい。この子は守り刀として長い間うちにあったんですが、今まで一度も鑑定に出した事がなかったので……。どうして沼倉様がそこまで欲しがるのか、知りたいんです」

 と、果南は一度言葉を濁したが、すぐに意を決したように、花柄の小物入れから手帳ほどの大きさの紙を取り出した。紙全体は透明保存包装らみねーとで包まれて酸化を防いでいるが、少しだけ黄ばんでしまっている。

「登録記号番号、種別と長さ、反りの記載はあり。刀種は脇差。登録都道府県は、神奈川。登録時期は明治四十四年五月二十一日と、教育委員会の印もあり……確かに本物だ」

 刀剣自体は合法的なものであり、国の許可も得ているようだ。

 ――ならば……。

「モミジ」

「はい、お姉様。道具一式を持ってくればよろしいんですね?」

「ええ、頼むわ」

モミジが腰を上げると、果南とケヤキを珍しいものでも見るような顔になった。

「おい、話を聞いていたのか? それは華族が狙う脇差で、関われば……」

「だから? 私は紅月の主人。鑑定するのが仕事よ。華族が執拗に狙うには理由がある。そして、理由を知らなければ、動くに動けない。なら……その理由ごと読み解くまで」

 

「さあ……鑑定の時間よ」

 

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