硝子箱から刀剣を取り出す。
刀剣は抜き身の刀で、拵えなどは一切ない。
柄がなく、完全に刀身のみがある。その分、茎――本来なら鞘の中に収められる部分が露わになっており、銘――刀を鍛えた時に刀工が名前を刻む箇所もはっきりと見える。
問題は、本来銘が刻まれていた箇所が、意図的に焼消されている事だ。
これだと銘は見えないどころか、刀剣の価値すら下がってしまうのだが――。
――持ち主は、一体何のために銘をわざわざ消したの? それに、柄がないのも気になる。
「刃長は、二尺三寸五分 (約七〇・五)。反りは、おおよそ一・二 糎って所ね」
それにしても、随分と古い刀だ。
それに、所々に血錆の跡もある。ただ、他の刀と違う所は、血錆の跡や傷などがあっても、刀身そのものに全く影響がない所だ。
「鉄の若さから、江戸時代のもののようだけど……」
江戸、という言葉に、観衆が騒ぎ始めた。
「それじゃあ『浪漫財』は確定なんですのね」
「ええ。ただ、妙な事に、これ……」
モミジの質問に答えながら、私は刀身に視線を落す。
「錆びや酸化による傷みはあっても、刀身に全く影響がないのよ」
「どういう意味ですの?」
「前にも言ったけど、刀剣っていうのは、みんなが思っている以上に繊細なの。一人二人斬れば、その時の傷や錆びですぐに刀身が傷んで駄目になってしまう。だけど、この刀は、かなりの数を斬った形跡があるにもかかわらず、刀身はまだ死んでいない」
もし、この刀剣の柄があれば、まだ刀剣として振るう事も可能だろう。
――それに、この造り。もしかして……いや、初音の血統を考えると、ありかも知れない。
遠くからこちらをジッと見る少女の顔は、不安げではあるが、どこか強い意志を感じる。そこは、先祖譲りか。
「しかし、それ、銘が刻まれているようだが……本当に分かるのかね?」
「あら、復活したの、御曹司」
先程まで泡吹く寸前だったのに。そして、もう少しそのままでいて欲しかった。
「結論から言えば、可能よ。刀剣っていうのは、あんた達が思っている以上に饒舌なの。鉄の若さに聞けば、大体の生まれた年代を教えてくれる。造りや刃文に聞けば、地域を教えてくれる。そうやって、一つ一つの要素が、自分が一体誰で、どこに生まれたのか、教えてくれるのよ」
長谷部国信の時もそうだった。
あの子は、とても饒舌に自分の事を語ってくれた。そのお蔭で、もうすぐ死ぬ事も把握出来たのだが。
「御曹司。あんたは刀剣に限らず、美術品を知名度でしか見ていないようだけど、物の価値っていうのはね、時代によって移り変わるものよ。誰が作ったのかが重視される時もあれば、誰が使ったかが重視される時もある。保存状態が良い時がいい時もあれば、生まれた時代が重視される時もある。それを踏まえて、聞きなさい」
「……」
沼倉は、苛立ったように眉をしかめるが、感情よりも結論を重視したのか、無言で私に先を促した。
「これは……新撰組が局長・近藤勇が使用した刀剣よ」
*
「新撰組だと!?」
「そうですよ、御曹司。あんたも名前くらいなら聞いた事あるでしょう?」
といっても、新撰組が活躍したのは大政奉還以前のもので、「旧時代」のものだ。
一般に公開されている資料は限られる。
「歴史が移り変わる瞬間に、戦った、最後の侍」
歴史と歴史に狭間を生きた彼らの資料は特に重要とされている。
特に新撰組は、公開されている資料は少ないが、戯曲や作品の主題として扱われる事が多々ある。資料がなくても、誰もが名前くらいなら聞いた事ある。
「新撰組の刀は、現存している物ならとても貴重で、刀剣協会が現持ち主と協力して、厳重に保管してあるわ」
不明となった物もあれば、現存している物も幾つかある。
――たしか、土方歳三の刀は現存していて、子孫の家系とは協力関係にあった筈、
「嘘を言うな。何故、新撰組の刀が、こんな所に……」
「まあ、それは後で分かると思うから、今は説明を省くけど、問題は、この刀が、どんな刀か」
抜き身の上に、銘は上から焼き潰されている。
自ら刀剣の価値を下げている。きっと、そうした理由がある。そして、その理由を知っているのは、継承者の初音のみ。
今でも刺すように刀剣を見つめる初音の視線を感じる。
――もう少し辛抱して、初音。すぐ終わらせるから。
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