二階の真ん中にある硝子箱。この展示会で作業出来るのはそこくらいのため、その上に布を敷き、五鈴の太刀と、展示会の目玉とされる抜き身の太刀を並べておく。
後ろには人質のつもりか、見守るモミジと五鈴の背後に銃を持った男が二人立つ。そして、その付近に菅野や警備の男達、そして少し離れた場所で華族の娘達が観戦している。
「まず五鈴の太刀だが、これは、あらかたの鑑定はすんだわ」
造・鎬造り。反り・腰反り。刃文・直刃。
――それから……っとこれはまだ先の方がいいな。
菅野の太刀は拵えや柄はなく、茎まで見える状態の抜き身の状態だ。お蔭で手間が省けた。
――両方とも、銘は無銘か。
「菅野殿の太刀。これは、刃長は八七・九……確かに資料に残っている<太刀・雷切>と同じ大きさね」
形状は確かに五鈴の太刀に似ている。大きさも少しの差異があり、五鈴の太刀の方が少し大きく、また鉄の光の度合いも五鈴の太刀の方が鈍い。
それと、もう一つ――五鈴の太刀と菅野の太刀、雷切と二つの太刀では、決定的な違いがある。
「鎬造りに、直刃。腰反り……ほとんど同じね」
<太刀・雷切>もとい竹俣兼光は、献上した人物の名称が由来で「竹俣兼光」と呼ばれてはいるが、正確には「備前兼光」。
「<太刀・雷切>を鍛えたとされる、備前兼光は、南北朝中期の刀匠だ。鎌倉時代から南北朝中期の四〇年間作刀した、有名な刀匠。貴方達も名前くらいなら聞いた事があるでしょう?」
「ええ、まあ。よく存じております」
華族の菅野は武具の『浪漫財』を多く所持しているらしく、そのくらいの知識あったようで深く頷いた。
「先に五鈴の太刀からだが……。まず、備前兼光は、備前国を代表する刀匠だ。が、五鈴の太刀……これは、備前物ではない」
「え……」
私の言葉に、五鈴は落胆の、菅野は喜びの声を漏らした。
が、それは早とちりだ。
「結論からいうと……どちらも雷切ではないわ」
一瞬で、空気が冷たくなった。
「ち、ちょっと待て! そこの小娘の刀はともかく私の刀は……」
「贋作、でしょ?」
「……っ」
刺すような視線で、私の感情が伝わったのか、菅野は黙った。
「舐められたものね。一般公開されている雷切の資料を集めて作った刀、それがこの太刀。製造時は、つい最近よね」
「それって……ただの贋作じゃなくて、雷切の贋作をわざわ作らせたって事ですか?」
こんな場面でもキョトンとした様子のモミジの声に、周囲で鑑定を見守っていた華族や、真作だと信じ込んでいた彼の取り巻きが騒ぎ始めた。
「し、証拠はあるのか!? それが贋作だという証拠が!」
「証拠? 虚けが! そんなの……この太刀が、真実を語っている。それで事足りるわ」
私の言葉に、菅野は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「まず、<太刀・雷切>は、安土桃山時代に活躍した刀で、正しい製造時期は不明だが備前兼光の作刀ゆえ南北朝中期が妥当。まあどちらにしても、鉄の若さからして、あんたの太刀は近年に製造されたもの。それも一年も満たない事は、鉄を見れば分かる」
菅野は予想外の展開だったのか、顔色をがらりと変え、私を睨み付ける。美しくない。
「最初から、おかしいとは思っていた。あんたのような見世物感覚で鑑定をしたい奴なら、客寄せ鑑定をしているもう一人の方へ依頼に行く。なのに、あえて私のような知名度の低い鑑定士を選んだ。その理由は報道で代々しく取り上げられるとまずい理由があったんじゃないの?」
私の言いたい事が分かったようで、モミジが「あ」と声を漏らした。
「あ、貴方、お姉様を侮りましたね! もう一人の偶像鑑定屋ならともかく、表に出たがらないお姉様なら贋作を見抜けない、って」
認定鑑定士の鑑定結果は覆せない。一度白だと報告したら、鑑定協会お墨付きの「白」がもらえる。この男はそこに目をつけた、というわけだ。
「お姉様の目なら誤魔化せるとでも思ったんでしょ! 許しません! 上下真っ二つにしてさしあげますわ」
「やめなさい。子どもが見たら泣くから」
まさに鬼の形相になったモミジを窘めると、彼女の近くにいた警備の男が涙目になっていた。なんか、ごめん。
「つまり、あんたが欲しかったのは鑑定士の出した鑑定書。それさえあれば、お客さんてんやわんやですものね。まったく、舐められたものだわ」
「あ、ですが、お姉様。その説明だとおじ様が嘘ついていたのは分かりますけど、何で五鈴さんのも……」
「ああ、それは……この二つには、<太刀・雷切>にある特徴がないからよ」
そこで一度言葉を切ると、次に五鈴の太刀を見る。
「先刻、かつて上杉景勝も、贋作にすり替えられたという話はしたわね?」
モミジと五鈴、そして見物していた華族の令嬢たちも、ご丁寧に頷いた。
「あの話には続きがある。あの時、当時の鑑定士が贋作だと気付いたのは、鉄の若さや形状からだけじゃない。<太刀・雷切>には、鎺金……」
と、一度そこで言葉を切り、私は刀身が鍔と接する部分にはめる金具を指差す。刀身が鞘から抜けないようにするためのものだ。
「そこから鎬に向かって四・五糎ほど、表から裏へと通じる小さな穴があるの」
「なん、だと!? そんな話……」
「知らなくとも当然よ。刀剣協会の資料にしか記されていない、情報だからね」
当時の雷切の贋作騒動の時も、雷切にある筈の細い糸がぎり通るくらいの穴がない事が決め手となった。鑑定協会に残っている資料によると、馬の毛が通る程の極小な穴であり、鑑定士でなければ気付かなかっただろう。
「認定鑑定士は国家資格よ。民間に公開していない情報だって山ほどあるわ。どこで知ったか知らないけど、正式なものだったとしても、情報だけを頼りに動くのは危険よ」
「じゃあ、お姉様。おじ様の太刀は……」
「ええ、この太刀には、それがない」
「それじゃあ、あたいの刀も……」
「結論を急がないの。そちらの太刀はともかく、五鈴の太刀にはまだ続きがあるわ」
私の言葉に、希望に縋るように五鈴が顔を上げた。
「この太刀の地鉄は板目……刀身に板の目のような模様がついてしまっている。これは慶長以前の刀に多く、刀を鍛える時に何度も折り返し鍛えた時の鉄の層がはっきりと見えてしまうせいで……」
「お姉様。モミジ的には、お姉様のお声なら一生聞いていたいのですが、皆さん、話についていけないようなので……その、結論を……」
モミジの言葉に、全員が頷いた。
――もっと語りたいのに……。
全員にそんな視線をされたら、仕方ない。
「つまり、こいつは慶長以前の刀……技術が未発達だった時代のもの。そして、この何度も鍛え直された刀の層が、研ぎ澄まされた刀身が、私に訴えるのよ。〝俺は南北朝生まれだ〟って」
「南北朝!?」
そこまで古刀だったとは思わなかったのか、五鈴が驚愕の声を上げた。
「時代は南北朝時代の山城伝」
「山城伝?」
五鈴が首を傾げる。業界に馴染みのない五鈴には、聞き慣れない言葉だったか。
「刀剣は刀匠の地域によって大和伝、山城伝、備前伝、相州伝、美濃伝の五つに分かれる。これを総称して〝五箇伝〟と呼ばれる。そして、この太刀は、その中でも山城……今の京都。備前だと岡山だから、少し位置がずれている」
「そんなの、形だけで分かるのか!?」
「ええ、土地によって、時代によって、それぞれ特色というものがある。そして、名高い刀工だからこそ、継承してきた技術によってその特色が出やすい」
かなりの鑑定眼を持っている奴なら一目見ただけで五箇伝・刀派・時代、全てを言い当てる事も出来る。そこまでの観察眼のない私は、一つ一つの素材から答えにたどり着かなければならない。
まるで組絵だ。無数にある欠片から、一つの作品を完成させる。
――そう、これで、こいつは……完成する。
「山城伝は、天皇や貴族のために作られた物が多いせいで優雅な作風が多い。この太刀も、おそらく戦用ではなく、観賞用のものだったんだろう」
あの見事な拵えも、それによるものだ。太刀と一言で言っても、平安時代の太刀は神社などの御神刀、貴族の象徴として使われいたものもある。特に太刀の拵えは、貴族の位の高さを示すために使われる事もあり、五鈴の太刀の拵えはその色が強かった。より美しく雅に魅せるかを考慮され、戦闘用というよりは装飾の類いだ。
「それが刀の凄い所よ。本来の使い道は人を斬るための凶器だけど、それだけじゃない」
時代によって刀は形を変えていく。太刀から打刀へと変化していったように、その時代に合わせて移り変わっていく。用途が様々なため、何のために誰のために作られたかなんて、私が知る由もない。
だから、聞くしかない。刀に、直接聞くしかない。
何故なら――物は嘘をつかない。
あるがままの真実を突きつけるだけで、嘘をつくのも勘違いするのも、いつも人間の方なのだから。
「五鈴。私の言葉を覚えている? かつて<太刀・雷切>の贋作を作ろうとした人達がいたって」
「え? う、うん。でも、それとこれと……って、まさかこれがそうなの!?」
「かつて、京都の清水坂の刀工を中心に、腕の良い職人集団がいた。しかし、まだ逸話らしき物がなく、見せ場さえあれば名匠と謳われただろうが、その機会がなかった集団がいた」
刀匠だけでなく、刀を鍛える鍛冶職人に研磨する研ぎ師に加え、鞘の専門職。それぞれ分野は違うが、腕の良い職人ばかりであり、その数二十二人。
「その人達は、どうにか世間に出るために、当時世を騒がせていた雷切を自ら作り出した。しかし、結局は鑑定士に見抜かれ、彼らは罰せられた。その時、すり替えられた偽物も没収されて……」
「それじゃあ、あたいの太刀は違う?」
結論を急ぐ五鈴に、いい加減勿体付けるのをやめ、私は太刀から五鈴へと視線を移動させる。たったそれだけで私の意図を察した五鈴は、ふらり、と前に出る。
彼女が動くと、後ろにいた男が止めようと腕を伸ばそうとするが――私が睨み付けると、意外にもあっさり引いてくれた。
目の前に五鈴が来た所で、私は鑑定結果を告げる。
「これは、その時の職人が打った、雷切になれなかった太刀。いくら技術があるといえ、たった一度きりで成功したとは思えない。おそらく何度も本物と見比べ、より真実に近付けようとした」
結局はばれたが。
「この太刀は、それと同時期に作られた、雷切を目指したが、雷切になれなかった太刀。つまり、雷切の贋作よ」
私の回答を聞くと、突然菅野が笑い出した。
「ふっはははは! 贋作? なら私と同じではないか!」
「全然違うわよ。五鈴の太刀は雷切が現存した時に作られた、旧時代の作品。それも、かなり状態の良い物。ここまで言えば、分かるでしょ?」
滅多に外に出される事はなかったが、それだけでは時間が刀剣を殺す。五鈴は知らないかも知れないが、これは五鈴の先祖が代々念入りに手入れし、愛情込めて護ってきたものだ。かつての友との約束を、何世代目にも受け継がせる――人と人との絆の結晶。
「だから、五鈴の太刀は美しい。大切に、大切に……ずっと護られてきた。それに引き替え、あんたの太刀は、消失している事を良い事に贋作を作って誤魔化そうとした。つい最近の作品だから、偽物だから……とろくな手入れもせず、放置されてきた。たとえ新刀といえ、そこまで杜撰な管理じゃあ、鉄が死ぬ。あんたの愛情のなさが、その太刀の価値を大きく損なったの」
そこで一度言葉を切ると、私は懐から鉄扇を取り出し、菅野に向ける。
「この史上最低価格野郎が! あんたが買ったのは刀じゃない、名前だけ! 収集者としての誇りがひと欠片でもあるのなら、少しは自分の愛蔵品達に愛情を持ちなさい!」
「……っ」
菅野が言葉を失い、その場で膝をついた。
先程五鈴へ向かっていた嘲笑が、今度は菅野に向かった。
「五鈴。一応確認だが、太刀の拵えだけど……これは最初からこうだったのね?」
「う、うん。そうだけど、拵えってこの太刀の綺麗な鞘だよね? それがどうかしたの?」
「やはり、か。となると、あんたの先祖の友人、かなりの大物かもね」
「え?」
「この拵えは、〝糸巻き拵え〟といい……鞘の上部を柄の糸と同じ色の糸で渡り巻きに拵え。これは武家に多く、武家の権力の象徴とも言われる形状よ」
特に桃山以降は大名の儀式用に、江戸時代でも武家が儀式で使用するものであり、斬るためではなく、魅せるために使われてきた。つまり――
「“人”によって、価値が変わる系って事ね」
「どういう意味?」
五鈴が訊いた。
「刀剣の価値基準は、大きく分けて二種類あるの。誰が使っていたかで価値が決まる……いわば人によって価値が変わる場合」
土方歳三が使っていたから。織田信長が使っていたから、といった具合に、持ち主の生涯が刀剣の価値を決める。誰が打ったか分からない出自不明の刀も、天下人が振るえば、それだけで「天下人の刀」となる。
「そして、もう一つが、どの刀匠が打ったかで決まる、いわば生まれた瞬間から価値ありとされてきた、生まれながらの名刀」
分りやすい例でいえば、「虎徹」や「村正」といったその刀匠が打ったからこそ価値ありとされた刀だ。
「早い話、誰が使ったかで価値が上がる物と、誰が生み出したかで価値が最初から決まっている物。そして、前者の場合、刀の価値を決めるのは持ち主。新撰組が使ったから、徳川家康が、織田信長が……といった具合に、持ち主の人生が、刀の価値を高めるの」
逆に、後者の価値は生み出した刀匠が決める。虎徹や村正ってだけで価値ありとされ、生まれた瞬間から高い評価を受ける。たとえ画家や詩人が所持していた刀だろうと、名匠が打ったとだけで価値はある。
「刀匠が価値を決めるか、持ち主が価値を上げるか……って事?」
「そういう事。さらに言うと、人によって価値が変わるといっても、単純に、織田信長が持っていたからーみたいな個人に由来する場合と、織田家の家宝だから、徳川の遺産だから、といった具合に名家に由来するがゆえ価値が上がる、“家名”が価値を上げるもの」
つまり、「人」か「家」か。
「特に【家】に由来する刀剣は、あらかじめ刀匠に依頼する時に刀や鞘にその印を刻んだりするわ。ほら、見た事ない? 家紋とかが刻まれているやつとか」
「言われてみれば……」
と、モミジが周囲を見渡した。至る所に飾られている刀剣の多くが、家紋のような印が刻まれている。
――もし、全て本物なら見事な物ね。
「待って。つまり、あたいの刀は……」
「ええ……五鈴、あんたの刀。これは、武家が儀式に使っていた太刀。その証拠に、この鞘に象徴するように刻まれている紋は、稲葉家の物」
どういう経緯かは分からないが、これは稲葉家に由来する、武家の家宝級の宝刀という事だ。
「それって……」
モミジが顔を青ざめ――しかし瞳は輝かせながら呟いた。
「かなりの、お宝って事ですか?」
「ぶっちゃけ、この古刀展の刀全てを持っても太刀打ち出来ないわ」
太刀だけに。
「お姉様。ちなみに、鑑定額は?」
「そうね……保存状態もかなり良いからなぁー……四〇〇〇圓【現代推定価格・約五〇〇万円】くらいかな」
「……えええええええええええええ!?」
少しの間の後、全員が一斉に叫んだ。
今の時代、家の価値を決めるのは『浪漫財』の数と質。そして、五鈴の太刀はその中でも高額で取引される上位の『浪漫財』に該当する。とんでもないお宝が隠されていたものだ。
「以上が、私の鑑定結果よ。五鈴の太刀は稲葉家由来の『浪漫財』。刀工は……経緯は不明だけど、雷切すり替え事件の時の実行犯らが作り、稲葉に縁ある武家へと渡った古刀。鑑定額、四〇〇〇圓【現代推定価格・約五〇〇万円】。そして、菅野殿の太刀は、最近作られた雷切の贋作! 鑑定額は三・二圓【現代推定価格・三五〇〇円】。以上!」
私が鑑定結果を口にすると、周囲で歓声に近い声が至る所で上がった。おそらくこの中で一番実感のない五鈴は、ぽかん、とした顔で太刀を持って呆けている。その彼女の周辺に、数時間前に彼女を嘲笑した令嬢達が集まり、「凄いじゃない!」「『浪漫財』って事は、貴女も華族の一員ね!」「家名をお聞きしてもよろしくて?」と手の平返した質問が飛び交うが、聞こえていないだろう。
「……めん」
その時、菅野が小声で何かを呟き出した。
「認めん、認めん、認められるか! 私は華族だ! これは雷切だ! お前のような小娘の言葉など……」
「失敬な! お姉様は、認定鑑定士の出した答えは、絶対です! そんなの、華族の貴方が一番知っている筈でしょ!?」
「黙れ、小娘! 大体、そんな薄汚い愚民の持つ刀が、『浪漫財』だと!? そんなの、あり得ん! 『浪漫財』は我ら華族が持つに相応しい、華族の物だ!」
ふいに、菅野の視線が五鈴の腕の中の太刀を捉えた。菅野はにんまりと笑うと、五鈴の太刀に手を伸ばしながら突進し――
「いってぇ!」
寸前で私が鉄扇で菅野の手を弾くと、図体もろとも転がった。
「どうやら、まだ分かっていないようね。『浪漫財』だから貴重、名称の使っていた刀だから名刀……揃いも揃って名前しか見ちゃあいない」
ちらり、と見ると、まさか贋作だとは知らなかったのか、呆けている取り巻きと、公開鑑定で贋作評価を受けた男を軽蔑した目で見る華族の娘達が遠巻きでこちらを凝視していた。
「あんた、これ一振りだけじゃないわね? この展示会の刀、ほとんどが贋作でしょ」
「……っ」
図星か。菅野は、言葉を失った。
「贋作って……!」
その時、会話をずっと聞いていた華族の娘が声を上げた。
「贋作って、そんな事!」「どういう事ですか? 菅野様。貴方は古刀ばかりを揃えた大変貴重な展示会だって」「そうよ。だから、私達は遠方から来たというのに」
口々に華族の娘を中心に葛切を批判した。その空気には覚えがある。数時間前、五鈴を嘲笑したものと同じだ。
――物は言い様だな。
「お姉様。贋作って、全部ですの?」
「全てを見たわけじゃないけど、ほとんどが贋作よ」
贋作といっても、出来映えはよく、中には旧時代に作られた『浪漫財』に該当する品もあった。まあ本人は気付いていないようだが。
「あ! だから、お姉様、さっき……中央の刀には目もくれなかったんですね」
「ええ、あれも贋作。それも、この展示のために新たに作られた物だ」
偽の雷切と同じように、ろくに手入れもされなかった可哀想な刀達。
そうとも知らずに群がり、賞賛する華族達。
「つまり、貴女達は、名前しか見ていない。だから、本当の価値に気付けない」
今回の一番の被害者は、贋作の刀達だ。確かに贋作ではあるが、ちゃんと手入れをしていれば、刀本来の美しさまで失う事はなかっただろう。
もし名前ではなく、刀そのものを見る奴がいたら、こうなる前に贋作達も救出されていた。
「あの刀達があんたの財産だというなら、その価値を下げたのはあんた自身よ」
私の言葉に、菅野が吠えた。
「そ、それがどうした! 『浪漫財』の刀と知れば、ほいほいついてくる! どうせ名前ばかりで、物の価値など知らん連中ばかりだ」
菅野の一言に、周囲の招待客達が眉を寄せた。それに気付かず、彼は続ける。
「そんな連中、贋作で十分だろ! 現に、贋作風情で満足していた。何が真作だ、贋作だ。価値の分からん連中にそれ相応の物を用意して何が悪い」
「まあ、否定はしないわ。確かに、どいつもこいつも、名前ばかりで……刀の本質を見ようとしていない。しかし、それはあんたも同じ。自分で招いた客を軽視し、自分が所有する刀剣を軽視し……言うに事欠いて、贋作風情? 本質を見抜けていないのは、あんたの方よ」
贋作が真作に劣るとは限らない。確かに贋作は真作になれないが、真作よりも高額で取引される贋作だってある。
真作か贋作か――それ以上に、その刀を見ないと、刀の本当の価値は分からない。
「おい、お前達! 誰でもいい、あの刀を奪え!」
「しかし……」
暴君主の言葉に、流石に周囲の目を気にし始めた取り巻きが狼狽えた。それは、〝彼女〟にとっては大きすぎる隙であり、モミジが真後ろの男の顎に向かって左右の足で蹴りを食らわせた。あの小柄な身体の何処にそんな力があるのか、モミジに顎を蹴り上げられた男二人――たしか警備の男だ。荒事には不向きだったようで、蹴りの衝撃に耐え切れずに背中から倒れた。何故か、とても幸せそうな顔だったが。
「お姉様、五鈴さん!」
モミジが地面を蹴って五鈴のすぐ目の前で着地した。そして、素早く彼女を背に庇う。
「何をしている! 早く刀を……」
「渡すわけないだろ! こいつは爺ちゃんからあたいに受け継がれた、あたい達の家宝だ! かつての旧友との絆の象徴……それがどれだけ大切か、今日はっきりと分かったよ。だから、今度はあたいがこの子を護るんだ!」
五鈴の威嚇に怯んだ菅野は、少し遅れてから唯一残っていた安部に指示を出すが、そもそも荒事には不向きであり、ただ狼狽えるだけだ。
――でかい口叩いた割に、根性のない奴め。
「おい! 早く! 誰でもいい、あいつを!」
菅野が怒鳴りつけるように言った時――それを一喝するように銃声が鳴った。
室内では大きすぎる音に私とモミジを除いた全員が恐怖で身を固くする中、銃声の正体――二丁拳銃を天にかざすモミジが、にんまりと笑った。
彼女の頭上の天井は焦げた跡があり、ここにいる全員がいつ発砲したのか分からなかっただろう。私も、気付かなかった。
「ふふっ、淑女たるもの、狙撃も嗜まなくては、やっていけませんわ」
やっていけます。
「さあ、お姉様の敵はモミジの敵です。お姉様にたてつくというなら、それ相応の覚悟をしてもらいますわ」
彼女の持つ拳銃は西洋の旧式拳銃であり、小振りなせいで装填出来る銃弾は少ない単発式の拳銃だが――その使い古された装飾といい、微かに香る硝煙の香りといい、実にいい。白い装飾のせいで汚れが目立つが、そこが逆に趣があって余計に銃の持つ静かな闘志を表している。
「モミジ。室内よ。銃だと不利な事くらい分かっているでしょ?」
「ええ! ですから、モミジのとっておきの一撃で……決めてさしあげますわ!」
本気でやりかねない彼女に、取り巻きの男達は応戦しようと懐から拳銃を取り出そうとするが、それが服の外に出た途端に銃声と共に床に転がった。銃声に驚いた華族の娘達が悲鳴を上げるが、その時にはモミジは既に新しい銃弾を装填していた。
モミジは銃身を振り回すように回転させ、取り巻きの男二人に銃口を向ける。
「今度は撃ち落とすくらいじゃ済ませませんよ」
「く……っ」
取り巻きの男達は心が折れたように、その場で膝をついた。
「さあ、残りは貴方だけです! どうしますか!?」
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