真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

短刀・小夜左文字④

公開日時: 2020年12月26日(土) 12:34
文字数:1,157


 ――あれは、見間違いではなかった。


 身柄を拘束されているモミジは、個室の中で膝を抱えながら座っていた。所謂体育座りだが、体型のせいで胸が邪魔して上手く座れないのが窮屈だが。

 ――あの時……。

 モミジは目を閉じて、あの夜の出来事を思い出す。

 瞼の裏に張り付いた映像が映画のように再生された。


      *

「ちょっと!」

 逃げ出した華族の坊やを追いかけたモミジは、案の定、容易に追いついた。

 ちょうど曲がり角に彼が飛び込んだ時、モミジもそれに続いて路地裏に飛び込んだ。


「ぎゃあ!」


「……っ!」

 彼の悲鳴と共に、少量の鮮血が地面に散る。

 何が起きたか即座に判断したモミジは、すぐに対応しようと身構えるが――

「襲いな……」

 頬を風がすり抜けると同時に、嘲るような声が背後からした。

 咄嗟に振り返ると――外套をすっぽりと被った人影が、闇の中から湧き出るように佇んでいた。夜会で会った従者の少女――黄葉もみじとはまた違う。あの娘の外套とは違い、一目でそれが上質なものだと分かった。

「貴方は……」

「お前、本当にモミジか?」

「……っ」

 本日二度目の問いかけに、モミジは唇を噛んだ。

「モミジを名乗るには、弱すぎるだろ。まあ、”紅”を選んだ時点で、お前の器なんざその程度だろうが」

口調は乱暴だが、声は少し低いが女のものだ。

「貴女こそ、一体何なんですか」

「何って、もみじだよ」

「もみじ……」

「そう、もみじ。平仮名の方だけどな」

「どうして、今頃になって……」

「さあな。人間様の考えを、観賞用のオレが知るわけねえだろ。まあ、とりあえず……せいぜい、頑張れよ?」

 そう嘲笑するように笑うと、彼女――もみじは、何かを投げつけてきた。寸前で避けると、足下に短刀が転がっていた。

「これ……」

 真新しい血の付いた短刀。

 モミジがそれを拾い上げると共に、大量の気配が路地裏に流れ込んできた。

「……っ」

 あっという間に警察まっぽに取り囲まれた。

 すぐに状況を把握したモミジは、慌てて誤解を解こうとするが、それに被せるように彼が叫んだ。

「そ、そいつだ! そいつが、僕を殺そうとしたんだ!」

「ちょっと! 何を仰いますの!」

「その短刀で、僕を!」

 最初は気付かなかったが、坊やの傷は浅い。

 ――やられた……。

 警察まっぽの声が遠くに感じ、意識が薄れてきた。

 ――はめられた。

     *


 自分が罠にはまった事に気付いた時、周囲は動き出しており、そのまま警察署内の個室に連行された。

 そして今に至るわけだが――。


 ――もみじ、か。


「まさか、今更になって、この名前に振り回される事になるなんてね。結局、”私”は、逃れられないって事かしら」

 自嘲気味に笑みを浮かべた後、モミジは自分の頭に触れる。

 何かあると小突き、何かあると撫でてくれた。

「ごめんね、姫百合。今回ばかりは力になれそうにないや。だけど、貴女ならきっとやり遂げるって思うから。頑張って……お姉様」

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