――あれは、見間違いではなかった。
身柄を拘束されているモミジは、個室の中で膝を抱えながら座っていた。所謂体育座りだが、体型のせいで胸が邪魔して上手く座れないのが窮屈だが。
――あの時……。
モミジは目を閉じて、あの夜の出来事を思い出す。
瞼の裏に張り付いた映像が映画のように再生された。
*
「ちょっと!」
逃げ出した華族の坊やを追いかけたモミジは、案の定、容易に追いついた。
ちょうど曲がり角に彼が飛び込んだ時、モミジもそれに続いて路地裏に飛び込んだ。
「ぎゃあ!」
「……っ!」
彼の悲鳴と共に、少量の鮮血が地面に散る。
何が起きたか即座に判断したモミジは、すぐに対応しようと身構えるが――
「襲いな……」
頬を風がすり抜けると同時に、嘲るような声が背後からした。
咄嗟に振り返ると――外套をすっぽりと被った人影が、闇の中から湧き出るように佇んでいた。夜会で会った従者の少女――黄葉とはまた違う。あの娘の外套とは違い、一目でそれが上質なものだと分かった。
「貴方は……」
「お前、本当にモミジか?」
「……っ」
本日二度目の問いかけに、モミジは唇を噛んだ。
「モミジを名乗るには、弱すぎるだろ。まあ、”紅”を選んだ時点で、お前の器なんざその程度だろうが」
口調は乱暴だが、声は少し低いが女のものだ。
「貴女こそ、一体何なんですか」
「何って、もみじだよ」
「もみじ……」
「そう、もみじ。平仮名の方だけどな」
「どうして、今頃になって……」
「さあな。人間様の考えを、観賞用のオレが知るわけねえだろ。まあ、とりあえず……せいぜい、頑張れよ?」
そう嘲笑するように笑うと、彼女――もみじは、何かを投げつけてきた。寸前で避けると、足下に短刀が転がっていた。
「これ……」
真新しい血の付いた短刀。
モミジがそれを拾い上げると共に、大量の気配が路地裏に流れ込んできた。
「……っ」
あっという間に警察に取り囲まれた。
すぐに状況を把握したモミジは、慌てて誤解を解こうとするが、それに被せるように彼が叫んだ。
「そ、そいつだ! そいつが、僕を殺そうとしたんだ!」
「ちょっと! 何を仰いますの!」
「その短刀で、僕を!」
最初は気付かなかったが、坊やの傷は浅い。
――やられた……。
警察の声が遠くに感じ、意識が薄れてきた。
――はめられた。
*
自分が罠にはまった事に気付いた時、周囲は動き出しており、そのまま警察署内の個室に連行された。
そして今に至るわけだが――。
――もみじ、か。
「まさか、今更になって、この名前に振り回される事になるなんてね。結局、”私”は、逃れられないって事かしら」
自嘲気味に笑みを浮かべた後、モミジは自分の頭に触れる。
何かあると小突き、何かあると撫でてくれた。
「ごめんね、姫百合。今回ばかりは力になれそうにないや。だけど、貴女ならきっとやり遂げるって思うから。頑張って……お姉様」
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