とりあえず、モミジが燕さんを接待 (?)している間に、私は彼女が届けた太刀の鑑定に入った。
鑑定次第は、途中まで行っており――正確には、その途中で邪魔が入ったから放置状態になった。
刃長を中心とした、刀の長さは済みだ。あと、棟も。
総合的に見て、作刀時代は、鎌倉。
――つまり、『浪漫財』。
ただ、それだけじゃない。『浪漫財』以上に、この刀には、他の刀にはない、”何か”がある。刀身の放つ鈍い光がそう告げている――そんな気すら起こす程に、この刀には一種の魔力がある。つい目が奪われる程の魅力が――。
――……って、見惚れる場合じゃない。モミジがいない今、静かに鑑定が出来る。いけ、私!
まず、反りだが――これは輪反りに該当する。
中反りとも呼ばれ――反りの中心が、刀身の中央にあるもの。鎌倉時代の山城に多く見られるため、京反り、神社の鳥居の上の笠木に似ている所から鳥居反り、或いは笠木反りとも呼ばれている。今回は、ややこしいので、輪反りで統一させてもらう。
鋒から茎の先まで反りが均一なのが特徴だ。
それゆえ鎌倉の太刀にしては、珍しく武士らしさを感じる。
鎌倉時代では、腰反りが主流だったのだが――。
――いや、待てよ。鎌倉の刀は、腰反りが主流だったんだけど、ある一時から、輪反りが流行始めたんだ。
それを成し遂げたのは――
「粟田口、国綱」
*
粟田口国綱――。
鎌倉時代前期の刀工で、粟田口一派・國家の六男。
代表的な作風は、地鉄に乱れ映えが立ち、刃文は直刃に丁子を交える。帽子は小丸に返るものが主。
「国綱の作品となると……あのバカ先代!」
思わず声にしてしまった。
その直後――頭の上に何かが落ちてきた。
「いったあ!」
鈍痛を抱えながら振り返ると、壁時計が落ちていた。釘一本で支えているため、強い衝撃で落ちてくる事はあるが、今はそんな衝撃はなかった筈。
「先代、恐るべし……いえ、何でもありません。すみませんでした」
しみついた教育のもと、私は机の上で頭を下げた。今後、先代に対する愚痴を言葉にするのはやめよう。
そう心に誓うと、今度は先代からの手紙の二枚目が、作為的としか思えない形で目の前に舞い降りた。
『追伸、とっととやれ』
――見てる! これ絶対どこかで見てる!
モミジといい先代といい、どうして化け物じみた人しか私の周りにはいないんだろうか。
そんな事を考えていると、またも時期良く、上の階から悲鳴が聞こえた。
「モ、モミジ殿! それ、洗剤ですよね!?」
「やかましいですわ! うちに洗髪剤は一つしかありませんの。お姉様とモミジは、常に同じ香りなんですの。貴女の入るスキなど、みすみす与えませんわ」
「待ってください! 依頼終わったら、私も帰りますから、やめてえええええ!」
――これ、早めに終わらせて、止めにいった方がいいかな。
とりあえず、燕さん。ご武運を。
「さて、気を取り直して……」
改めて、太刀を見る。
優雅さの中にある武士らしさを表現した、この造り。
一度見た事がある。その場所も、何処かはっきりと覚えている。それゆえ、この刀は、ここにあってはならないもの。
何故なら――所有した時点で、それは咎人となるから。
――いや、まだ決まったわけじゃない。ちゃんと鑑定しないと。
「それにしても、国綱とは……。となると、やっぱり北条家由来のものかしら」
粟田口一派となると、作刀数も多く、歴史の名を刻んだ刀も多い。
その中でも代表的なものは幾つかあるが、国綱と北条家の関係は、その中でも特別なものである。
「北条時頼。のちの、刀剣鍛冶職人達の時代を築いた男、か」
武士と刀工の関係は、運命的なものが多い。
刀の逸話も、誰が作ったか、誰が使ったか、で別れ、どちらを重視するかによって刀剣の価値も変わってくる。実績の無い刀工が鍛えた物でも、何だかのきっかけで戦国武将の手に渡り、あまつそれで武功をたてれば、ただの刀は名刀として、歴史に名を刻まれる。
或いは、無名の武士でも、数々の名将から依頼される程の刀工が鍛えた物を所持したら、それだけで注目を浴びる。
それ程、刀は、その時代の権力を象徴する。
そして、北条時頼と國綱の関係も、また運命的だ。
――たしか、当時、優れた刀工が鎌倉にいない事を残念に思った時頼が全国から刀工を集めたのよね。
その中に、のちの粟田口国綱、山城国の刀工・左近将監国綱もいた。
そして、彼のために鍛えた太刀を時頼は重宝し、守護刀として愛用した。その刀こそが――
「太刀・粟田口国綱。別名、鬼丸国綱」
――たしか、鬼丸と呼ばれるようになった逸話があったわね。
「夢の中で出てきた鬼を退治したとか、だったかしら」
いつも刀工の活躍ばかり目にいってしまい、非現実的な逸話は気にしなかったのが、裏目に出てしまった。
「うぅ、刀の精とか神の化身とかの話は大体話半分程度で聞き逃しちゃったからな」
もし分かっていて、この依頼を投げてきたのだとしたら、やはり先代意地悪だ。
だが、世間一般では、その手の話の方がみんな興味あるらしく、有名な逸話として残っている。
むしろ、私は――
「たしか、北条家の後に足利、足利の後に織田信長、豊臣秀吉、徳川家康……って、やばいくらい時の権力者の手に渡ったのよね」
個人的に、そっちの方が凄いと思う。
最終的に、明治維新――つまり、空白とされた『大正浪漫期』の境目。
当時、江戸城で保管されていたが、江戸城が皇室の物となってからは、徳川家の物か皇室の物か、所有権がどちらにあるか分からなくなり、皇室から「後水尾天皇に献上されたやつだもん!」ってお達しがあり、当時の天皇の元へ渡った。
「うんうん、たしか、流れ的にはこんな感じだったわね。うんうんう……うんんんん!?」
待てよ。そうなると、これが鬼丸国綱だとすると――
「まずい!」
私は慌てて、刀を元に戻そうとするが、脳裏に先代の言葉がよぎった。
――『え? さっきの刀。よく分かったな。ありゃ、お国預かりの刀だよ』
――『まあ、あんないかにもカタギじゃねえ連中が持っているのは疑問だが、それでも依頼は依頼だ。最後までやらねえとな』
――『こんな時代だ。やばい物も、やばい流通も、やばい連中からの依頼もたくさんある。だが、それを断っちゃいけねえ。それが、依頼を受けるという事だ』
――『もし、お前がこの先、いかにも事件の匂いしかしねえやばい案件があったとしても、一度受けた仕事は最後までやり遂げろ。それが、鑑定士の生き様ってもんだ』
――『まあ、それでも盗品とかもあるからな。だから、その時は、お前の中の正義に従え。依頼人にそのまま返すか、元の持ち主を探し出すか、警察に突き出すか。それは、お前が決めろ。それが、依頼を最後までやるって事だ』
――依頼を、最後まで……。
いや、待てよ。
――そもそも、この刀の依頼主って誰だっけか?
先代の手紙には、依頼を投げるとしか書いていなかった。なら、別の依頼主がいる。
「私は、鑑定士。鑑定士の仕事は真贋を見極める事。真実を、引きずり出す事。たとえ依頼主の意に沿わない結果になっても、本当を引っ張り出す。それが、鑑定士の仕事」
何故なら――
「刀は、嘘をつかない。いつだって、嘘つきは、人間の方だから」
私はもう一度刀に手を伸ばした。
そして、もう一度刀を見る。
帽子から、刀身。刀身から、茎まで。
そういえば、造りばかりに気を取られて、銘をしっかり確認してなかった。
「これ……」
――国綱の銘の字は覚えているけど、これ……
「国綱の物じゃない?」
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