真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

脇差・長谷部国信②

公開日時: 2020年11月26日(木) 10:50
文字数:2,245

 ひとまず二人を店内に入ってもらい――特に接客用の席などがないため、作業机を挟んだ客用の椅子に座ってもらった。

 ケヤキ――と呼ばれた男はその扱いが不満なのか、先程から刺すような視線でこちらを睨みつけてくる。さらに、隣に控えるモミジがそれに対抗するように「シャー」と威嚇するから厄介だ。

「わ、私は、東宮とうぐう果南。こっちは、ケヤキ」

 重たい空気を壊し、震える声で彼女――果南は、話し始めた。

「先程は危ない所を助けて頂き、ありがとうございました」

「それで? 果南さんは何で追われていたんですか? 場合によっては手助け出来るかもですよ。そして、一刻も早くお姉様とモミジの愛の巣から出て行け、ですわ」

「モミジ、少し黙っていて」

「了解ですわ、お姉様。夜まで楽しみに待っていればよろしいのですね」

「何を待つ気かは知らんが、いい加減にしろ。痛いから……視線が」

 モミジが話す度に視線だけで人を殺しそうな鋭い眼光が突き刺さる。同じ事を思ったのか、果南が隣のケヤキを宥めた。

「ケヤキ、そう怖い顔をしないで」

「しかし、お嬢様……」

「お嬢様って事はお姉さんとお兄さんは……」

「あ、はい。私は東宮果南。商家の娘で、彼は私の家で住み込みで働いているんです」

 モミジの問いに、柔らかい笑みで彼女――果南は答えた。

 ――ただの主の娘とその使用人ってわけじゃなさそうだけど。

事情わけあり以上に、二人の間にはおよそ他人が踏み入れてはいけない何かを感じる。

「そういえば、こちらの自己紹介がまだでしたわね。モミジは、モミジです」

 だから、どういう紹介の仕方だ。

「そして! こちらは、モミジと将来を誓い合った、お姉様! 『紅月鑑定屋』の主人、姫百合お姉様ですわ」

「だから、嘘教えんな!」

 思わずモミジの頭を鉄扇で軽く叩く。鉄扇が歪んだ。やはり化け物だ、こいつ。

「あ、あの……紅月って事は、ここが……」

「いえ、お嬢様。別人です。俺の知る紅月はもっと年上の筈です。顔は覚えていませんが、俺にこれをくれた人はこんな小娘では……」

 と、ケヤキが懐から一枚の紙を取り出した。

 古ぼけた紙には、『紅月鑑定屋』の略図が描かれているが、手書きのせいで子どもの描いた落書きみたいだ。

 ――……って、誰が小娘だ!

 ――じゃなかった! この美しくない絵と字は、まさか……。

「紹介状ですわね。あの、お姉様、これって……」

「ええ、〝また〟あの人か……」

 私ががっくり、と効果音つきで肩を落とすと、慰めるようにモミジが肩を叩いてくれた。

「くれた、って事は、あんた……先代に会ったの?」

「ああ。昔、仕事で『浪漫財』絡みの警護に当たっていた時にな」

 

経緯はこうだ。

 

ケヤキが、顔も覚えていない幼少時に「とある出来事」をきっかけに先代に出会った。その時、「もし鑑定関連で困り事があるなら、いつでも頼れ」と先代から招待状を貰った、との事だ。

 

「あの時は俺も幼く、その人の顔は覚えていない。が、信頼に値する人物だという事は覚えている。特に、今回のような場合はな」

 そこでケヤキは一度言葉を切ると、品定めするような視線で私を見る。

「先代、という事はあの人は引退したのか?」

「引退というより、趣味に走った、かな」

「え?」

 果南とケヤキは同時に声を漏らした。

「あの人は無類の美術品好き。ある日、各国の美術品を集めて自分だけの愛蔵品これくしょんを作る、と言い残し、海外に飛び出した」

 正確には、私が認定鑑定士の資格を取ってまもなくすると、突然「もうお前に教える事はない。つまり、後は任せた」と言うだけ言って、ほぼ無理やり『紅月鑑定屋』を継承させた。その後は気ままに気に入った美術品を集めるために旅をしている。たまに手紙と、海外の珍しい美術品が届く程度であり、音沙汰は滅多にない。

 ぶっちゃけ、この店の品の半分は先代からの贈り物だ。

 そして、先代は現役時代に宣伝を兼ねて紹介状を至る所にばら撒いており、こうやって先代の引退を知らない依頼人が遠方から訪ねては混乱を生むという迷惑行為を繰り返している。旅先でもばら撒いているらしく、たまに海外から訪ねてくる人もいる。その点は先代がまだ年若い二代目へ協力している風に見えるかも知れないが、全然違う。

 何故なら、先代絡みの案件は、大体が ̄ ̄いや確実に面倒事であるから。

 そして、玄関先に騒動から察するに、今回もかなり面倒な事件の匂いがする。

「私は二代目。この紹介状は、先代が渡したものね」

「そうですか……」

 残念そうに果南が項垂れる。

「だけど」

 私の言葉に、果南が顔を上げた。

「『紅月鑑定屋』は不滅。二代目店主として、紅月の名に恥じない仕事をしているつもりよ。ここに来たという事は、何か依頼があるんじゃないの?」

「ふんっ! 俺が依頼にきたのは、お前ではない」

「そうは言いますが、『紅月鑑定屋』を頼れって言われて、訪ねてきたのでしょう? それなら、お姉様で合っているじゃないですか」

「そ、それはまあ……そうかも知れんが」

「そうよ、ケヤキ。ケヤキが信頼出来るっていった先代さんが認めたお方なのでしょう? なら、きっと……この子を託せると思うの」

 そこで初めて果南は外套の中に隠していた棒状の青い布袋を表に出した。

「しかし、お嬢様……」

「私も、彼女の事は信用出来るって思う。それだけじゃ、駄目かしら?」

「いいえ! お嬢様がそう仰るなら、そのお心に従うまでです」

 彼は座りながらではあるがその場で跪くように片腕を胸に当てて頭を下げた。

 面倒くさい奴。

「お姉様! モミジは、いつでも……」

「言わせねえよ!? というか、お前はいちいち張り合うな!」

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