「スバルちゃん、一人で大丈夫でしょうか」
あの後、スバルは、私に勝負をふっかけると、早々に店を出て行った。
スバルが先代の件から私を敵視しているのは昔からであり、ああやって鑑定勝負を挑んでくる事もよくある。無論、私の全勝だが。
『ふっ、話は決まったな。先に辻斬りの妖刀を鑑定した方が勝ちだ』
『お前の連勝もここまでだ。今度こそ僕はお前に勝つ。勝って、紅月先生に僕の事を認めて頂くんだ。せいぜい僅かな栄光をかみしめる事だ』
『僕は、負けない。お前みたいな……ただ出会いに恵まれただけの奴なんかに、絶対に!』
それだけ言い残すと、彼は早速調査へと向かった。忙しないボウヤだ。
――しかし、最後の一言は……正直痛いな。
確かに、私はただ出会いに恵まれただけで、本当は――。
「お姉様!」
突然モミジが身を乗り出してきた。手の甲に柔らかいものが乗っかった。
「モミジ達も行きましょう!」
モミジは私の裾を掴むと、ぐいぐいと引っ張る。全く振り解けないとは、やはり妖怪の類いか。
その様子を見ていた雛菊が、突然吹き出すように笑った。
「ふふっ! 本当にお嬢ちゃん達って見ていて飽きないわね」
「見世物じゃありませんわよ!」
モミジは一度雛菊を威嚇すると、羽織や道具一式を取り出し、外出の準備に取りかかった。
「ほら、お姉様!」
「ええ、分かっているわ。雛姉、悪いけど留守を頼むわ」
スバルが戻ってきた時(主に道に迷って)に留守だとまた面倒な事になりかねないから。
「ええ、貴女の事は先代にも頼まれているから、特別に無料で言う事聞いちゃう……っと、お姉さんとした事が忘れる所だったわ」
ぽん、と雛菊は豊満な胸の前で手を叩くと、何故か胸の谷間に腕を突っ込んで文らしき物を取り出した。どうなっているんだ、あの胸。
あまりの豪快さに固まっていると、モミジが財布を胸の中に突っ込み始めた。
「お前は真似しなくていいの!」
「はーい」
少しだけ不満そうにモミジが頷いた。
「実言うと、もう一つ依頼があったのよ」
「そっちが本命?」
「ええ、スバルちゃんは貴女と絡むと面白いから、つい……。それに、あの子のお姉さんに一人で行けるか心配だから、って別で依頼代貰っちゃったから、まあ物のついでにね」
同じ依頼で二人から依頼料取ったのか。やはりこの女苦手だ。
言葉通り、雛菊の本命はこちらのようであり、彼女は私に文を差し出す。
「詳細はそこに書いてあるわ」
「詳細って、何ですの?」
「それは、私からは言えないわ。何故なら、私はただの美しすぎる情報屋。欲しい、って言った人に、高くて早くて安心の情報を提供するのがお仕事。ここからは、貴女達鑑定屋の出番……でしょ? お姫ちゃん」
「ええ。ここからは、私の仕事よ」
ひらり、と「浪漫」の文字が刻まれた羽織を翻し、私は両手で扉を開く。ちょうど風が店内に入り込み、「浪漫」の文字が雅に舞った、その時――
「あ、あの……」
高そうな藍色の着物を着た少女が顔を覗かせた。編み込んだ栗色の髪を桜の簪でまとめ、金色に光る帯留めが日差しに反射して高貴な光を放つ。
よく見ると、少女の傍には、濃い緑の和服の上に白い前掛けを巻いた、細身なお姉さんも立っていた。
――付き人ありって事は、華族のご令嬢か。
「お姫ちゃん、紹介するわ」
どこか艶ぽい笑みを浮かべ、雛菊は店先の少女に歩み寄る。そして、一瞬びくり、と肩を撥ねた少女の両肩を掴むと、ぐいっと私の前に差し出した。
「今回の本当の意味での依頼人にして……妖刀の持ち主さんだよ」
「…………は?」
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