真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

太刀・雷切③

公開日時: 2020年11月25日(水) 23:06
文字数:6,024

「お姉様、あれは何ですの?」

「あれは備前ね。刀を愛でるならまず備前とまで言わしめただけあって、雅さと質実剛健さがあってたまらないわ」

「そうなんですか。流石です、お姉様。愛してください」

「あの腰反り……美しい!」

「モミジはお姉様の細い腰にやみつきですわ。愛してください」

 かみ合わない会話をしながら、私とモミジは、会場を歩く。

 主にモミジの言葉のせいで、 硝子箱がらすけーすの中に展示されている刀剣を順路通り見て回っている華族の視線が突き刺さる。

 展示は二階まで続いており、今一階にいるのは私達の他には三組の華族だけだ。

事前公開ぷれおーぷんというやつらしく、今日来ている客は全員主催者の知人が主であり、本当の客は明日の公開から、らしい。

「ねえ、お姉様」

「何よ。今、いい所なんだから」

「どうして、先程から、端っこの太刀にそこまで夢中になっているんですか? 主要めいんって、あの真ん中の硝子箱がらすけーすですよね。見物客ぎゃらりー様がたくさん集まってますし」

「ああ、あれね……」

モミジの言う通り、この展示会の主要めいんとなる展示物は大体が部屋の真ん中の硝子箱がらすけーすに飾られている。招待客も、自然と真ん中の硝子箱がらすけーすに集まっている。

その付近では、背広姿の小柄な男が貼り付けたような笑顔で展示物を鑑賞する招待客達を眺めている。時折、招待客(若い娘限定)に声をかけ、説明や世間話をしている所から察するに、主催者の部下だろう。それも玄関にいた警備の男のような雇われではなく、秘書か、ここの管理責任者か。

――招待客には腰が低いが、警備員達には高圧的だからな。

部下といっても、立場はそこそこ上のように思える。それを招待客も肌で感じ取っているのか、彼が控えている真ん中の硝子箱がらすけーすに自然と集まっている。

逆に、私が夢中になっている太刀は部屋の端に位置しており、誰も見向きもしない。

「いや、あれはいいのよ」

「え? 何でですか?」

「あれは……美しくないから」

 見物客ぎゃらりーが群れをなして見ている硝子箱がらすけーす。離れた位置からでも、何が置いてあるかくらいは分る。派手な装飾な太刀と、質素な造りの打刀。違った良さがあり、見る人は硝子箱がらすけーすの中の真新しい鋼や装飾、そして――刀剣の前に置いてある刀工の名前や時代などに夢中だ。むしろ彼らが見ているのは刀剣の名前であり、刀剣そのものではない。

「まったく……冒涜もいい所ね」

「あらあら、何だかご機嫌ナナメですわね。お姉様、お姉様が望むなら、モミジの体を好きに蹂躙しても……」

「いらんわ」

 いつもの調子で返すと、何故か他の男性客から睨まれた。羨ましいなら代わってやる。

 言っておくが、可愛いが変態だぞ。良妻だが変態だぞ。本当にいいんだな?

いや、やっぱ駄目だ。「あんな物」に夢中な連中に可愛い妹分はやれん。

「ところで、お姉様。公開鑑定とか言っていましたが、具体的に何するんですか? あまり破廉恥な事は……」

「うん、鑑定するのは刀であって、お前じゃないからね。ほら、この展示会は、華族が趣味で開いているって話したでしょ」

 展示されている刀剣は、ご丁寧に刀匠――その刀剣を鍛えた人物と、生まれた時代、そして誰が所持していたか等の由縁まで記載されている。中には、これ見よがしに認定鑑定士と刀剣協会の捺印入りの鑑定書まである。しかし、全てにあるわけではない。特に鑑定書付きの太刀の付近に一緒に並べられている短刀や脇差には鑑定書はなく、刀剣の前に手書きで刀の名称や刀匠が記載されている程度であり――

「お姉様。この展示会、何だか変ですよ」

「あ、お前も気付いた?」

「そりゃあ、散々お姉様と行動を共にしたら……」

 モミジは、会場内を見渡す。

「展示されている刀剣の数のわりに、鑑定書付きの刀が少なく思えます」

 部屋全体を覆うような硝子箱がらすけーすが並ぶ中、鑑定書付きは一つの硝子箱がらすけーすに対して一つのみ。他は名札がある程度だ。

 ――ここの刀、ほとんどが……。

――となると、ここの主催者が私に依頼した理由は……。

「ねえ、モミジ。今回の展示会の目玉が何か覚えてる?」

「えっと、たしか、らいきりですよね。もしかして、公開鑑定って……」

「ええ。最近雷切を入手したから、いっその事今まで集めた自分の愛蔵品これくしょん達と一緒に展示しようと企画したらしい。だから、この町の鑑定士である私に依頼が来たってわけ」

 依頼といっても文が一通送られてきただけだが。その文には「依頼 可・不可」の返信用までご丁寧に用意されていた。結婚式か、ここは。

そのため、私も主催者と直接顔を合わせるのは今日が初めてだ。私の住所も、鑑定協会が公開している情報から一番近場の鑑定士を選んで送ったのだろうが――

「鑑定協会も、もう少し慎重に行ってほしいものね」

 鑑定協会では国中の認定鑑定士の情報を任命地区ごとに公開している。金埼町の担当は私であり、鑑定協会が毎年発行している「鑑定士情報網」にも記録されている。そもそも鑑定の依頼は他の商売と違って、完全に受け身である。依頼人が来て始まるものであり、大体の客は鑑定協会の正式な情報から鑑定士を見て依頼する。実績や雑誌などで取り上げられている積極的な鑑定士に集まりやすいのも、情報ゆえだろう。特に、認定鑑定士は各都市で一人ずつが任命される。六大都市は二名ずつだが。

そのため、場所から検索して依頼する事も可能だ。東京にも私の他にもう一人いるが――正直あちらの方が知名度は上だ。

雑誌や収音らじお番組などに出演して積極的に宣伝あぴーるしていると聞く。週刊誌などを使って鑑定の手順を公表しており、鑑定を見世物として扱っているため、私は好きではないが。モミジとも相性悪いし。

 ――なのに、今回、どうして私に依頼してきたのか。

「でも、お姉様。乗り気じゃないのに、どうして引き受けたんですか? お姉様、気が乗らない依頼は、いつも断っているのに」

「え……」

「分かりますよ。お姉様の事なら……」

「モミジ……」

「お姉様の事なら、身長から体重から、ぜーんぶ知ってますから。ぜーんぶ、ね。ふふふふふ」

 何この子、怖い。

一瞬でも感動しかけた自分が憎い。そうだった、こいつはそういう奴だった。

「もしかして、お姉様。今回の目玉の雷切でしたっけか? あれの鑑定が出来るから、それが目当てで依頼を……」

「雷切! そう雷切なのよ!」

「お、お姉様?」

「謎多き刀として有名な雷切! まさか生きている間にそれに直に触れる事が出来る機会がくるとは! 雷切にお触り出来るなら、我が生涯に一片の悔いなし!」

「やっぱり、というか、何というか……お姉様の趣味は理解していますが……少しは人目を気にしてくださいよう」

「お前に言われたくないわよ。むしろ、お前にだけは言われたくないわよ」

「どうやら、お前は、まだ分かっていないようね。雷切を鑑定出来るって事が、どれだけの偉業かって事を」

「モミジは、お姉様以外に興味ないですよ?」

「会話をしようか! お姉様と!」

 と、一度咳払いをしてから、私は説明する。

「いい事? 雷切はね、誰も鑑定する事が出来ないものなのよ。何故なら、雷切は……」

 

「放せって言っているだろ!」

 

 場違いな、幼さの残った怒鳴り声が響いた。

 声に反応して振り返ると、ちょうど入り口付近に小さな集まりが出来ていた。先程までは三組程度しかいなかったのだが、騒ぎを聞きつけた幾名かの華族が階段から身を乗り出し、或いは降りてきていた。

「モミジ!」

「ええ、参りましょう!」

 展示会といっても個人展であり、美術館程の警備はいなかった筈だ。私の記憶が確かならば、この主催者の従者が二名程立っていた。特に今回は一部の客しかいないため、本来用意している人数よりも少ない筈。

 入り口付近の小さな野次馬の中心に、警備員二人と細身で長身な少女が立っていた。その後ろには、真ん中の硝子箱がらすけーす付近に立っていた小柄な男も立っている。

 警備の男が少女の手を掴み、その後ろの秘書風の男がそれを嘲るような視線で見下ろしている。揉めているのは分かるが、一体どういう状況なのか。

「本当の事を言って、何が悪い! 間違えているからわざわざ教えてあげたんだろ!」

「小娘の妄言に付き合う気はないと言っているだろ。とっとと帰れ!」

「あたいは、本当の事を言っている。嘘つきは、あんた達の方だろ!」

「ええい、いい加減にせんか!」

 痺れを切らした警備の男が右手を大きく振り上げた。

「あ、危な……!」

 モミジが叫びかけ、華族の娘達が顔を背けようとした刹那――

 

「まったく。この扇子、気に入っていたんだけどな」

 

 と、私はさり気なく男の傍に立ち、両者の間に鉄扇を滑り込ませる。そして、男の手が振り下ろすより早くその手を鉄扇で弾く。鉄製なので力を入れて触れればかなり痛い。案の定、男は「いってえ」と叫びながら赤くなった手を押さえて前屈みになった。鉄だからね。

「まったく……美しくないわね」

「お姉様!」

 期待を持ってモミジが歓声を上げる。

「き、貴様! 何者だ!?」

 赤くなった手を抑えながら、警備員の男が問うた。

「理由は知らないけど、女の子を殴っちゃいけないでしょ」

「小娘には関係のない事だ。関係ねえ奴がしゃしゃり出てくるんじゃねえよ」

「お姉様に向かって、なんて口を叩くんですか!」

 モミジが飛び出すと、男が明らかに顔をしかめた。

 私ならともかく、モミジレベルの美少女には暴言吐けないか。

 ――なんか、腹立つな。

 まあ、女尊男卑のこの時代で、私に言い返せた勇気は褒めてあげるとして。

 空白時代以前――つまり、大政奉還以前の社会は、男尊女卑だったらしいけど、今はその逆。大政奉還という出来事が、当時までの常識を全てひっくり返したとも言われており、男尊女卑だった社会は女尊男卑となった。

 実際、今この国を実質支配している五大華族も、全員女当主らしい。

「ええい、うるさい、うるさい! 小娘が、偉そうに……」

「その小娘に怒鳴られるような事をしている方が悪いでしょ。大体……」

 と、私はそこで言葉を切ると、背に庇った少女を見やる。

 赤茶色の髪の、鶯色の和服の少女。モミジよりも背丈が少しだけ高い。元からかも知れないが、怒っているせいで目つきが鋭くなっており、気の強さが分かる。

「小娘一人に二人がかり。男として、恥ずかしくはないの?」

「だから、俺達は……!」

 

「そこまでです」

 

 と、その時、警備員の後方にいた、秘書らしき男が前に出た。

「失礼。どうやらお嬢様が誤解なさっているようですから、口出しさせて頂きました」

「あんたは……」

 先程から会場内をうろうろしていた秘書らしき小柄な男。

 彼は周囲を見渡すと、私と後ろの少女、そしてモミジの順に見る。そして、モミジを見ると、彼女の象徴しすぎている胸元を凝視し――

「やめてください。モミジの身体は髪の一本まで、お姉様の物です!」

「違うけど!」

 一瞬空気がよからぬ方向へ向かい始めたため、秘書らしき男は小さく咳払いをし――

「私は旦那様の秘書の安部あべけいすけ。一階の管理を任されています」

 安部恵介、と名乗った男は端的に告げる。

「何を勘違いしているのか知りませんが、元はと言えば、その娘が我々に言いがかりをつけてきたのが始まり。自業自得とは思いませんか?」

「言いがかり?」

「いるんですよねー。招待もしてないのに来た挙げ句、勝手に暴れ出す下世話な輩は。だから、ろくに学のない奴は嫌になるんだ。言いがかりをつけたいのなら、他でやってくれ。ここは、お前のような小汚い娘が足を踏み入れて良い場所でない」

「言いがかりじゃない! おたくらが宣伝している雷切は偽物だから、嘘つくなって言っているだけだろ!」

「ちょっと……」

 私の声は届いていないのか、彼女は止める私の腕をすり抜け、安部へ言い放った。

「本物の雷切はあたいが所持している! ここにあるのは偽物だ!」

「お前が、あの雷切を……ぷっははははは! ありえないだろう、それは」

 安部が笑いながら少女を見下ろした。そして、彼女の着る鶯色の和服を見ると、それを野次馬達に教えるように大声で言った。

「その安っぽい服に、その品のなさ! 華族でないお前が、あの名刀を所持出来る筈がない!」

「そんな事……」

 少女は言い返そうとするが、その声を遮って華族達の笑い声が響いた。

「本当よね」「あんな薄汚い小娘が、雷切を所持出来るわけない」「とんだ嘘つきだ」「まったくだ。『浪漫財』を庶民が? あり得ん」

 口々に出る嘲笑が、少女の身体を銃弾のように貫いてく。

「あ、あたいは……っ」

 一人二人ならともかく、複数の華族に囲まれた中で嘲笑され、少女の声は震え出した。

「美しくないわね」

 ぱしん、と僅かに開いていた鉄扇を閉じると、良い音が鳴った。その音色は連中を黙らせるにはちょうど良く、一瞬で音が消えたように静かになった。

「揃いも揃って美しさに欠ける。折角の綺麗な召し物が可哀想だわ」

「な、何だお前はさっきから!」

「何って、お姉様は……ふがっ」

 言いかけたモミジの口を片手で塞ぐ。

「ただの通りすがりよ」

「と、とにかく、ここは菅野様が開催している、大変貴重な古刀展だ。招待状のない者が入れる筈がなかろう。……警備員、ほら、早くつまみ出せ」

「は、はい」

 まあ妥当な理由だな。

 ちらり、と少女を見ると――入り口で騒いでいた事から察するに、彼女が先に突っかかってきたようだが。

 と、その時――彼女の小柄な身体には似合わない物が目に入った。

 彼女が背負っている荷物。その形には、見覚えがある。

童子の背丈ほどの高さの棒状の何かを、紫色の布で包み込んでいるだけであり、一見大荷物を背負っているだけに見えるが――あの形は、ただの荷物ではない。

大きさのせいで彼女が動く度に空気を擦り――甘い香りが布から零れ出る。

――あの形に、この甘い香り。それに、さっきの発言。

 まさか、この子――。

「お姉様! 考え込んでいる場合じゃないです。その横顔が美しい……じゃなかった! あの人達、警察呼ぶとか言い出してますよ」

「子ども一人にそこまでするか、普通……」

「どうしますの!? あ、でも、お姉様と一緒なら、牢屋の中でも、モミジは生きていけ……」

「うん、ちょっと黙っていて」

 と、モミジの妄想を制すると、私は真後ろにいた少女の手を取った。突然手を掴まれたせいか、少女は驚きと期待の眼差しで私を見上げた。

「一緒に来て」

「あ、ずるい! モミジも!」

 善は急げ。私が走り出すと、後ろからモミジも追ってきた。入り口までそれほど距離がなく、また野次馬も少なかったため、容易に包囲網をくぐり抜けた。

「おい、待て! まだ話は……」

入り口付近に立っていた警備の男が躍り出た。

――荒事は美しさに欠けるから好みではないけど、致し方なし。

 私は男の正面に辿り着くと共に鉄扇を仰いで風を起こす。そよぐ程度の風だが土埃を起こすにはちょうど良く、男の両目に風と共に埃が入り込んだ。男が「目が、目が、目があああああああ」と地面に転倒しながら左右に転がる中、私は大股で入り口を突破した。その時、偶然頭を踏んでしまった。うん、偶然。

「お姉様、どうせお踏みなるならモミジめを!」

 モミジは――置いていこう。

 

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