<原色>――。
赤、青、黄、黒、白を姓に持つ、五つの有力家系。
大政奉還以前から存在し、大政奉還以前の記録のない現在で、その歴史を唯一所有している一族である。
「色」を持つ事は華族界では権力の象徴であり、色の家名を与えられた家系は、五華族に由来した家系に限られる。
まさに「原色」。始まりの血を継承した一族――。
*
――何で、ここに<原色>が……。
しかも、「樹木花」なんて最悪の組み合わせだ。
「スバ兄」
その時、初音がスバルの裾を引っ張った。
「どうして、みんな、そんなに怯えているの?」
華族事情を知らない初音の言葉に、スバルは多少苛立ったようだが――すぐに声を潜めながら説明する。
「<原色>一派がどういうものかくらいは知っているか?」
こくり、と初音は頷く。
「華族の中では、名前は継承を意味し、好き勝手に名付ける事は出来ない。何かしらのしきたりにのっとって、名付けられる。そして、樹木花……花を持つ樹木の名前を当たられた者は、正当血統を意味する。早い話、生まれながら権力を持った奴を事だ」
樹木花の名前は、「華」の世界では、権力の象徴。
ゆえに、華族の中では樹木花の姓の者はいても、それを名前に持つ事を許されているのは<原色>の一族のみだ。
まれに、<原色>の分家という形で、姓に樹木花を与えられる者もいるが――分家といっても、眷属に近いが。
そして、樹木花の一族からさらに派生して生まれたのが、「花」を姓に持った一族。
そういった具合に、「色」「樹木花」「花」は華族の世界では有力である。
つまり、原色の家系にして、樹木花の名前を持つ彼女は――
――<原色>の現当主か、次期当主か。どちらにしても、権力の塊みたいなもの。
「あらあら、皆さん、お顔は暗いわよ。もっと楽しく行きましょう。折角の夜会なんですから」
いや、空気壊した原因があんたなんだけど。
そう言いたいのをぐっと堪える。
――落ち着け、私。何でここに<原色>の令嬢がいるかは知らないけど……。
「そうそう、鑑定士の娘さん」
いきなり<原色>の娘――樒が顔を近付けてきた。思わず、後ろに下がると、彼女は声を上げて笑った。
何なんだ、こいつは。
――少し雛姉に似ているな。
「そう緊張なさらないで。<原色>っていっても、私は末の娘。まだ遊びたい盛りの、ごくごく普通の娘っ子よ」
「は、はあ」
権力が桁違いだけどな。
「そちらの、刀。競り落としたのは、私なの」
「え!?」
沼倉を振り返ると、彼は顔を青ざめており、泡吹く一歩手前だった。
――あの様子じゃ知らなかったんだな、可哀想に。
「私の刀が、問題視されているとなると、黙ってはいられないわ。というわけで、私からも、鑑定をお願い出来ないかしら?」
そこで彼女は、もう既に意識が遠くにいっている沼倉に声をかけた。
「ねえ、そこの貴方。貴方も、それでいいわよね?」
「ハイ、ドウゾ。オオセノママニ」
駄目だ。完全に半分意識失っている。
「そうそう……」
と、彼女は今度はスバルの元へ移動した。彼の後ろに引っ付いている初音を一度だけ見たが、すぐにスバルに視線を戻した。
「そこの貴方。貴方も、『認定鑑定士』よね?」
「ええ、そうですが」
「どうやら、彼とあのお嬢さんは因縁があるようですから。貴方も、監督という形で参加してくださらない? もし不正でもあったら、困るでしょう?」
「まあ、そういう事でしたら……」
「あら、ありがとう!」
彼女は明るく笑いながら、スバルの手を握ってぶんぶんと振り回した。
――何だ、<原色>って聞いて、警戒したけど、案外……。
「スバ兄。これって、百合姉が鑑定して、スバ兄が、不正がないか監督するって事?」
「まあ、大体そんな所だ」
「それじゃあ、鑑定結果によっては……僕の刀、取り戻せる?」
「それは……」
スバルが口籠もると、見かねたモミジが、初音の両肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ、お初ちゃん。お姉様を信じましょう」
「うん」
そんなやり取りをしている二人を一瞥した後、スバルがおそるおそる樒に話しかけた。
「恐れながら、申し上げます」
「あら、そう畏まらなくてもいいわよ。私は末の妹の方。そう気構えないで」
「はあ」
スバルは曖昧に返事をしながら、本題に入った。
「申し上げにくいのですが、樒殿が競り落とした刀剣は盗品の疑いがありまして」
「あら、そうでしたの!」
「はい。自分の後方にいる少女の……」
「え?」
スバルの言葉を遮り、彼女が首を傾げた。
「そんな子、いました?」
「えっ……」
スバルが動揺し、言葉を失う。
同じように、二人の会話を聞いていたモミジや初音、華族らが絶句していた。
「オルサマッジョーレ殿の後ろには、誰もいなかったじゃないですか」
「いえ、あの小柄の少女と、使用人の格好をした娘は……」
「え? 何をおっしゃるの」
さも当然のように語る彼女を見て、私は理解した。
「”人”では、ないでしょう」
――この子、華族以外を、人としてすら認識していない。
私は『認定鑑定士』という立場からぎりぎり許されただけで、本当は、人としてすら思われていない。
「どんなに美しくても、美術品に恋する者がいないように。どんなに賢くても、家畜を養子にしないように。人でなき者を、人として勘定はしないでしょう?」
「……っ」
<原色>の圧倒的権力の前に、誰もが何も言わなかった。
華族達も、使用人や平民を見下す人達はたくさんいる。だけど、誰もが「人」としては認識している。
――だけど、あの子は、そもそも生き物としてすら見ていない。
無意識に力を込めた拳に、誰かが触れた気がした。
――モミジ……。
遠く離れているが、観衆を通り越した先で、彼女は微笑んでいた。
私を信じている瞳は、確かに告げていた。
「お姉様なら大丈夫ですわ」って。
――『お姉様は、お姉様が正しいと思う事を、お姉様が正しいと思った方法でやり遂げてください。モミジは、それに従います』
――ええ、分かっているわ、モミジ。
「ちょっとよろしいかしら? 樒殿」
怖い。本当はすっごく怖い。だけど――
「あら、何かしら」
「この鑑定結果によっては、この正確な所有者が判明します」
「あら、そうなの?」
「だから……」
「だから?」
「もし、鑑定結果によっては……私の妹分達に、謝って頂きます」
一瞬の間の後――会場が騒音に包まれた。
「あの子、莫迦なのか!?」「相手は<原色>だぞ」「逆らったら、死罪だって」「いや、確かにあの巨乳ちゃんは……」
すぱん――
と、鋭い音が、一瞬で会場の騒音を切り裂いた。
騒いでいた華族達の足下に、くないが複数突き刺さっていた。
――黙っていろって事だろうけど、さっきから一体誰が……。
「あっははははは」
突然、樒が笑い出した。
「面白い事言うわね、鑑定士さん。いいわ、貴女の度胸に免じて、鑑定結果によっては、考えておきましょう。だから……」
と、樒は私に顔を近付けると、耳元で私にしか聞こえない声で言った。
「せいぜい楽しませろよ」
「……っ」
私が耳を押さえて後ろに下がると、彼女は無邪気に笑いながら、近くの椅子に座った。
「さて、それじゃあ、見せて頂戴。かんてーいしさん」
「ええ。それでは、鑑定を始めさせて頂きます」
こ、怖かったああああああああああああああ。
「では、鑑定を始めます」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!