真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹⑦

公開日時: 2020年12月14日(月) 10:51
文字数:2,909

 <原色>――。

 赤、青、黄、黒、白を姓に持つ、五つの有力家系。

 大政奉還以前から存在し、大政奉還以前の記録のない現在で、その歴史を唯一所有している一族である。

 「色」を持つ事は華族界では権力の象徴であり、色の家名を与えられた家系は、五華族に由来した家系に限られる。


 まさに「原色」。始まりの血を継承した一族――。

       *


 ――何で、ここに<原色>が……。

 しかも、「樹木花」なんて最悪の組み合わせだ。

「スバ兄」 

 その時、初音がスバルの裾を引っ張った。

「どうして、みんな、そんなに怯えているの?」

 華族事情を知らない初音の言葉に、スバルは多少苛立ったようだが――すぐに声を潜めながら説明する。

「<原色>一派がどういうものかくらいは知っているか?」

 こくり、と初音は頷く。

「華族の中では、名前は継承を意味し、好き勝手に名付ける事は出来ない。何かしらのしきたりにのっとって、名付けられる。そして、樹木花じゅもくか……花を持つ樹木の名前を当たられた者は、正当血統を意味する。早い話、生まれながら権力を持った奴を事だ」

 樹木花の名前は、「華」の世界では、権力の象徴。

 ゆえに、華族の中では樹木花の姓の者はいても、それを名前に持つ事を許されているのは<原色>の一族のみだ。

 まれに、<原色>の分家という形で、姓に樹木花を与えられる者もいるが――分家といっても、眷属に近いが。

 そして、樹木花の一族からさらに派生して生まれたのが、「花」を姓に持った一族。

 そういった具合に、「色」「樹木花」「花」は華族の世界では有力である。

 つまり、原色の家系にして、樹木花の名前を持つ彼女は――


 ――<原色>の現当主か、次期当主か。どちらにしても、権力の塊みたいなもの。


「あらあら、皆さん、お顔は暗いわよ。もっと楽しく行きましょう。折角の夜会なんですから」

 いや、空気壊した原因があんたなんだけど。

 そう言いたいのをぐっと堪える。

 ――落ち着け、私。何でここに<原色>の令嬢がいるかは知らないけど……。

「そうそう、鑑定士の娘さん」

 いきなり<原色>の娘――樒が顔を近付けてきた。思わず、後ろに下がると、彼女は声を上げて笑った。

何なんだ、こいつは。

 ――少し雛姉に似ているな。

「そう緊張なさらないで。<原色>っていっても、私は末の娘。まだ遊びたい盛りの、ごくごく普通の娘っ子よ」

「は、はあ」

 権力が桁違いだけどな。

「そちらの、刀。競り落としたのは、私なの」

「え!?」

 沼倉を振り返ると、彼は顔を青ざめており、泡吹く一歩手前だった。

 ――あの様子じゃ知らなかったんだな、可哀想に。

「私の刀が、問題視されているとなると、黙ってはいられないわ。というわけで、私からも、鑑定をお願い出来ないかしら?」

 そこで彼女は、もう既に意識が遠くにいっている沼倉に声をかけた。

「ねえ、そこの貴方。貴方も、それでいいわよね?」

「ハイ、ドウゾ。オオセノママニ」

 駄目だ。完全に半分意識失っている。

「そうそう……」

 と、彼女は今度はスバルの元へ移動した。彼の後ろに引っ付いている初音を一度だけ見たが、すぐにスバルに視線を戻した。

「そこの貴方。貴方も、『認定鑑定士』よね?」

「ええ、そうですが」

「どうやら、彼とあのお嬢さんは因縁があるようですから。貴方も、監督という形で参加してくださらない? もし不正でもあったら、困るでしょう?」

「まあ、そういう事でしたら……」

「あら、ありがとう!」

 彼女は明るく笑いながら、スバルの手を握ってぶんぶんと振り回した。

 ――何だ、<原色>って聞いて、警戒したけど、案外……。

「スバ兄。これって、百合姉が鑑定して、スバ兄が、不正がないか監督するって事?」

「まあ、大体そんな所だ」

「それじゃあ、鑑定結果によっては……僕の刀、取り戻せる?」

「それは……」

 スバルが口籠もると、見かねたモミジが、初音の両肩に手を置いた。

「大丈夫ですよ、お初ちゃん。お姉様を信じましょう」

「うん」

 そんなやり取りをしている二人を一瞥した後、スバルがおそるおそる樒に話しかけた。

「恐れながら、申し上げます」

「あら、そう畏まらなくてもいいわよ。私は末の妹の方。そう気構えないで」

「はあ」

 スバルは曖昧に返事をしながら、本題に入った。

「申し上げにくいのですが、樒殿が競り落とした刀剣は盗品の疑いがありまして」

「あら、そうでしたの!」

「はい。自分の後方にいる少女の……」

「え?」

 スバルの言葉を遮り、彼女が首を傾げた。


「そんな子、いました?」


「えっ……」

 スバルが動揺し、言葉を失う。

 同じように、二人の会話を聞いていたモミジや初音、華族らが絶句していた。

「オルサマッジョーレ殿の後ろには、誰もいなかったじゃないですか」

「いえ、あの小柄の少女と、使用人の格好をした娘は……」

「え? 何をおっしゃるの」

 さも当然のように語る彼女を見て、私は理解した。


「”人”では、ないでしょう」


 ――この子、華族以外を、人としてすら認識していない。


 私は『認定鑑定士』という立場からぎりぎり許されただけで、本当は、人としてすら思われていない。

「どんなに美しくても、美術品に恋する者がいないように。どんなに賢くても、家畜を養子にしないように。人でなき者を、人として勘定カウントはしないでしょう?」

「……っ」

 <原色>の圧倒的権力の前に、誰もが何も言わなかった。

 華族達も、使用人や平民を見下す人達はたくさんいる。だけど、誰もが「人」としては認識している。

 ――だけど、あの子は、そもそも生き物としてすら見ていない。


 無意識に力を込めた拳に、誰かが触れた気がした。

 ――モミジ……。

 遠く離れているが、観衆ギャラリーを通り越した先で、彼女は微笑んでいた。

 私を信じている瞳は、確かに告げていた。

 「お姉様なら大丈夫ですわ」って。


 ――『お姉様は、お姉様が正しいと思う事を、お姉様が正しいと思った方法でやり遂げてください。モミジは、それに従います』


 ――ええ、分かっているわ、モミジ。


「ちょっとよろしいかしら? 樒殿」

 怖い。本当はすっごく怖い。だけど――

「あら、何かしら」

「この鑑定結果によっては、この正確な所有者が判明します」

「あら、そうなの?」

「だから……」

「だから?」

「もし、鑑定結果によっては……私の妹分達に、謝って頂きます」


 一瞬の間の後――会場が騒音に包まれた。

 「あの子、莫迦なのか!?」「相手は<原色>だぞ」「逆らったら、死罪だって」「いや、確かにあの巨乳ちゃんは……」


 すぱん――


 と、鋭い音が、一瞬で会場の騒音を切り裂いた。

 騒いでいた華族達の足下に、くないが複数突き刺さっていた。

 ――黙っていろって事だろうけど、さっきから一体誰が……。


「あっははははは」


 突然、樒が笑い出した。

「面白い事言うわね、鑑定士さん。いいわ、貴女の度胸に免じて、鑑定結果によっては、考えておきましょう。だから……」

 と、樒は私に顔を近付けると、耳元で私にしか聞こえない声で言った。


「せいぜい楽しませろよ」


「……っ」

 私が耳を押さえて後ろに下がると、彼女は無邪気に笑いながら、近くの椅子に座った。

「さて、それじゃあ、見せて頂戴。かんてーいしさん」

「ええ。それでは、鑑定を始めさせて頂きます」

 こ、怖かったああああああああああああああ。


「では、鑑定を始めます」

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