真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹⑮

公開日時: 2020年12月20日(日) 15:14
文字数:2,348

「刀剣に思いをのせて、託した」

 近藤勇が使っていた虎徹の一つが、斎藤一の手に渡った。それは、御守りのようで、呪いのように――彼の心に突き刺さった。

 もしかしたら、斎藤さんが会津に残る決断をする時も、刀剣に宿った大将の義が、彼の背中を押したのかも知れない。

「お爺ちゃんが、言っていた。ここに、彼らが護ろうとした義と、護った義がある、って。だけど、義は目に見えない。だから、その証として、近藤さんの刀を、ずっと後生に伝えていく。それが、彼の遺志を継ぐ事だから」

「それで、近藤勇の遺志を継ぐ者の末裔ってわけね」

 贋作でも、確かな切れ味を誇った虎徹と、成り上がりだけど、多くの人にたくさんの影響を与えた武士の大将。

 贋作だけど、本物なみの切れ味を誇る一人と一振りは、どこか似ている。

 そして、その想いを、何世代もかけて護り続けている、この子達も。

「ねえ、百合姉。教えて……鑑定結果を、教えて」

「え?」

「虎徹は、贋作。『浪漫財』でも、贋作だって事には、変わりない。そして、新撰組も、贋作の、偽物の武士の集まり。勝てば本物だって、みんな認めてくれたかも知れないけど……」

「莫迦ね、お前は」

 泣き出しそうだった初音の顔が、キョトンとした顔になった。

「刀剣の価値っていうのはね、時代によって違うのよ。誰が打ったかは重要視される時代もあれば、誰が使ったが重視される時代もある」

 そして、今は後者だ。

「つまり、これは、『仁技型じんぎがた

 物の価値を決める基準でいう、「誰が使ったか」で判断される場合にあたる。

「人に、由来。だけど、百合姉……新撰組は……」

「まったく、あんたは少しは、世間を知りなさい。いっつも工房に閉じこもっているから、そうなるのよ」

「うん?」

「あのね、初音。あんたが思っている以上に、新撰組は人気があるの」

「人気?」

 本当に知らなかったのか、この子は。

「歌劇や小説で題材にされる事もあるし、今の時代じゃ英雄的な扱いにもなっているわ」

「負けちゃった、のに?」


「本当に、それは敗北だったんですの?」


 ふいに、初音の疑問に対して逆に問うようにモミジが問うた。


「確かに、新撰組は、戦では負けました。有終の美を飾る事なかった。ですけど、それは本当に敗北なんですの?」

 モミジは、言う。

「だって、戦では負けちゃったかも知れませんけど、今の時代、新撰組に憧れる人はたくさんいますわ。新撰組がずっと胸に秘めた志を格好いいと思う人が、たくさんいますわ。そんな彼らは、本当に敗者といえますの? 彼らの想いは、確かに未来で生きています。そうですわよね?」

 モミジが問いかけると、ある程度の距離を保ちながらこちらを見守っていた令嬢達が、人の輪から出てきた。

 「ええ、確かに」「当たり前ですわ。新撰組の舞台、私何度も行きましてよ」

 口々に、新撰組に対する賞賛の言葉が飛び出す。

 予想外だった初音は、キョトンとした顔で周囲を見渡す。

「ねえ、百合姉」

「なあに」

「新撰組、負けてなかった」

「そうね」

「新撰組にした事、無駄じゃなかった」

「そうね」

「ご先祖が、お爺ちゃんが、伝えようとしたもの、ちゃんと、ここにある」

「そうね」

「ねえ、百合姉……」

 独特な口調のまま、初音は喜びを噛みしめるように声を振るわせながら言った。

「百合姉の鑑定結果、まだ聞いていない」

「鑑定結果? 本当なら、ここまで大きく歴史に絡んだ物なんて、私程度の鑑定士じゃ査定出来ないんだけど……そうねえ、最高価格じゃないかしら。浪漫級に、美しいわよ、あんた達」

「……うん、ありがとう」

 初音が、笑みを零した。

 感情を表に出す事が苦手な上に、こんな事態になってずっと不安そうだったせいか、初音の笑顔を見ただけで、何だか、とても満ち足りた。

 ――なんか、全部どうでも良くなっちゃったな。

 初音が、笑っている。それだけで、樒の事も、虎徹の事も、御曹司の事――


「……」


 ――うん?


 そこで私は我に返る。

 慌てて後ろを振り返ると、取り巻きの中に身を潜ませながら移動する派手な長身の男の影。


「あら、御曹司様。どちらにいきますのお?」

 その時、目の前にモミジが立ちふさがった。既に両手に二丁拳銃を握り締めており――

「ひいいっ」

 御曹司が後ろに下がると――

「ここまで事態をでかくしておいて、まさか無罪放免ですむだなんて思っちゃいないだろうな?」

 後方に逃げかけた御曹司の目前に、スバルがステッキを突きつける。

「ひいいいい」

 今度は左側へ向かうが――

「お嬢様に、盗品を売りつけるとは……死にたいんですか」

 くないが足下に深く突き刺さった。

「ひいいいいいいい」

 さらに別の方向に逃げようとするが――


「逃がさない」


 刹那――小さな影が、御曹司の傍を横切った。

 それが、初音だという事に理解するのに、数秒かかった。

 先祖譲りの殺気をにじみ出し、初音は身近にあった打刀を握っていた。

「ま、待っ……」

「もう終わった」

 弁明しようとする御曹司に、初音は静かに告げる。

 そして、打刀で小さく床を叩いた瞬間――


 ぱらり


 と、御曹司の服が、細かい繊維となって、一枚、一枚と剥がれ落ちていく。

 いっその事、一気に破けた方がまだ恥ずかしくなかっただろう。

 御曹司は、前屈みになって身体を抱き締めるように地面を平伏した。傍から見たら、初音に土下座しているようだ。

 周囲にいた華族達は嘲笑の笑みを零し、なにやら囁き合った。

 ――まったく、人の不幸が好きな奴らだ……

 「お前、どっち?」「断然モミジさんだろ。あの拳銃で撃たれたい」「いや、初音ちゃんだろ。あの蔑んだ目で見下されながら、踏まれたい」「いや、従者のくない使いも、なかなか」「じゃあ、俺、スバル様、もーらい」

 うん、ちょっと違ったみたい。だけど、聞かなかった事にしよう。

 ――というか、スバルは入っていて、何で私は入っていないんだろう。

 なんか、おかしくない?

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