「刀剣に思いをのせて、託した」
近藤勇が使っていた虎徹の一つが、斎藤一の手に渡った。それは、御守りのようで、呪いのように――彼の心に突き刺さった。
もしかしたら、斎藤さんが会津に残る決断をする時も、刀剣に宿った大将の義が、彼の背中を押したのかも知れない。
「お爺ちゃんが、言っていた。ここに、彼らが護ろうとした義と、護った義がある、って。だけど、義は目に見えない。だから、その証として、近藤さんの刀を、ずっと後生に伝えていく。それが、彼の遺志を継ぐ事だから」
「それで、近藤勇の遺志を継ぐ者の末裔ってわけね」
贋作でも、確かな切れ味を誇った虎徹と、成り上がりだけど、多くの人にたくさんの影響を与えた武士の大将。
贋作だけど、本物なみの切れ味を誇る一人と一振りは、どこか似ている。
そして、その想いを、何世代もかけて護り続けている、この子達も。
「ねえ、百合姉。教えて……鑑定結果を、教えて」
「え?」
「虎徹は、贋作。『浪漫財』でも、贋作だって事には、変わりない。そして、新撰組も、贋作の、偽物の武士の集まり。勝てば本物だって、みんな認めてくれたかも知れないけど……」
「莫迦ね、お前は」
泣き出しそうだった初音の顔が、キョトンとした顔になった。
「刀剣の価値っていうのはね、時代によって違うのよ。誰が打ったかは重要視される時代もあれば、誰が使ったが重視される時代もある」
そして、今は後者だ。
「つまり、これは、『仁技型』
物の価値を決める基準でいう、「誰が使ったか」で判断される場合にあたる。
「人に、由来。だけど、百合姉……新撰組は……」
「まったく、あんたは少しは、世間を知りなさい。いっつも工房に閉じこもっているから、そうなるのよ」
「うん?」
「あのね、初音。あんたが思っている以上に、新撰組は人気があるの」
「人気?」
本当に知らなかったのか、この子は。
「歌劇や小説で題材にされる事もあるし、今の時代じゃ英雄的な扱いにもなっているわ」
「負けちゃった、のに?」
「本当に、それは敗北だったんですの?」
ふいに、初音の疑問に対して逆に問うようにモミジが問うた。
「確かに、新撰組は、戦では負けました。有終の美を飾る事なかった。ですけど、それは本当に敗北なんですの?」
モミジは、言う。
「だって、戦では負けちゃったかも知れませんけど、今の時代、新撰組に憧れる人はたくさんいますわ。新撰組がずっと胸に秘めた志を格好いいと思う人が、たくさんいますわ。そんな彼らは、本当に敗者といえますの? 彼らの想いは、確かに未来で生きています。そうですわよね?」
モミジが問いかけると、ある程度の距離を保ちながらこちらを見守っていた令嬢達が、人の輪から出てきた。
「ええ、確かに」「当たり前ですわ。新撰組の舞台、私何度も行きましてよ」
口々に、新撰組に対する賞賛の言葉が飛び出す。
予想外だった初音は、キョトンとした顔で周囲を見渡す。
「ねえ、百合姉」
「なあに」
「新撰組、負けてなかった」
「そうね」
「新撰組にした事、無駄じゃなかった」
「そうね」
「ご先祖が、お爺ちゃんが、伝えようとしたもの、ちゃんと、ここにある」
「そうね」
「ねえ、百合姉……」
独特な口調のまま、初音は喜びを噛みしめるように声を振るわせながら言った。
「百合姉の鑑定結果、まだ聞いていない」
「鑑定結果? 本当なら、ここまで大きく歴史に絡んだ物なんて、私程度の鑑定士じゃ査定出来ないんだけど……そうねえ、最高価格じゃないかしら。浪漫級に、美しいわよ、あんた達」
「……うん、ありがとう」
初音が、笑みを零した。
感情を表に出す事が苦手な上に、こんな事態になってずっと不安そうだったせいか、初音の笑顔を見ただけで、何だか、とても満ち足りた。
――なんか、全部どうでも良くなっちゃったな。
初音が、笑っている。それだけで、樒の事も、虎徹の事も、御曹司の事――
「……」
――うん?
そこで私は我に返る。
慌てて後ろを振り返ると、取り巻きの中に身を潜ませながら移動する派手な長身の男の影。
「あら、御曹司様。どちらにいきますのお?」
その時、目の前にモミジが立ちふさがった。既に両手に二丁拳銃を握り締めており――
「ひいいっ」
御曹司が後ろに下がると――
「ここまで事態をでかくしておいて、まさか無罪放免ですむだなんて思っちゃいないだろうな?」
後方に逃げかけた御曹司の目前に、スバルが杖を突きつける。
「ひいいいい」
今度は左側へ向かうが――
「お嬢様に、盗品を売りつけるとは……死にたいんですか」
くないが足下に深く突き刺さった。
「ひいいいいいいい」
さらに別の方向に逃げようとするが――
「逃がさない」
刹那――小さな影が、御曹司の傍を横切った。
それが、初音だという事に理解するのに、数秒かかった。
先祖譲りの殺気をにじみ出し、初音は身近にあった打刀を握っていた。
「ま、待っ……」
「もう終わった」
弁明しようとする御曹司に、初音は静かに告げる。
そして、打刀で小さく床を叩いた瞬間――
ぱらり
と、御曹司の服が、細かい繊維となって、一枚、一枚と剥がれ落ちていく。
いっその事、一気に破けた方がまだ恥ずかしくなかっただろう。
御曹司は、前屈みになって身体を抱き締めるように地面を平伏した。傍から見たら、初音に土下座しているようだ。
周囲にいた華族達は嘲笑の笑みを零し、なにやら囁き合った。
――まったく、人の不幸が好きな奴らだ……
「お前、どっち?」「断然モミジさんだろ。あの拳銃で撃たれたい」「いや、初音ちゃんだろ。あの蔑んだ目で見下されながら、踏まれたい」「いや、従者のくない使いも、なかなか」「じゃあ、俺、スバル様、もーらい」
うん、ちょっと違ったみたい。だけど、聞かなかった事にしよう。
――というか、スバルは入っていて、何で私は入っていないんだろう。
なんか、おかしくない?
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