「お姉様、大丈夫ですか?」
「え? ええ、当たり前よ。誰に向かって言っているの」
そう強がってみたが、正直かなりびびっています。
多分、傍にモミジという妹分が見ていなかったら、とっくに腰を抜かしていた。
「だけど、今日は少し疲れたわ」
「お疲れ様です、お姉様」
モミジがさり気なく、私の傍に椅子を持ってきてくれた。
「今、スバルちゃんを呼んできますわ。お姉様は、少しお休みください」
「ええ、悪いけど、そうさせてもらうわ」
私が椅子にもたれかかると、モミジは素早くスバルのいる外へと移動した。その時、胸がとても大きく揺れていた。
「ふぅ……本当に、今日は色々あったな」
樒が去り、緊張の解けた私が胸をなで下ろしていると、小さな影が目の前に現れた。
「あんたはたしか……」
「樒様の従者です」
「あら? ご主人様は放っておいていいの?」
「先程、警察が到着したようですので」
言われてみれば、少しだけ外が騒がしい。
盗品騒動に加えて、<原色の一族>のご令嬢。警察からすれば一大事だ。
「樒様の数々のご無礼、ご容赦くださいませ」
外套の少女が深く頭を下げた。顔が隠れているせいで表情が見えないが、時々樒の言動を咎めていた様子から察するに、本気の謝罪のようだ。
「別に、あんたが謝る事じゃ……」
「……」
外套の少女は、何も言わなかった。
彼女は一度顔を上げると、今度は軽く会釈し――背を向けた。
「鑑定士のお姉様」
去る直前、外套の少女が少しだけこちらを振り返った。
「”全ては繋がっている”」
「え?」
「どうか、この言葉を、忘れないで……」
「待って! あんたは、一体……」
樒は、言った。私は端役だと。
なら、彼女のいう舞台で主役は誰で、そしてこの子は一体どういう役割を持っているのか。
――『お前達は、いつもそうね。何かと理由をつけたがる』
ふいに、先程の樒の言葉が脳裏をよぎった。
――本当だ。
私は、いつも何かに理由をつける。
今こうやって二代目として振る舞っているのも、先代から『紅月鑑定屋』を奪ってしまった言い訳のためで、本当は鑑定士の誇りも何もないのかも知れない。
「もみじ」
ふいに、彼女が、呟いた。
「え?」
「黄色い葉っぱで、黄葉。それが、私。私が、与えられた役」
もみじって、モミジと同じ――?
「それじゃあ、鑑定士のお姉様。どうか私の言葉、覚えてくださいましね」
それだけ言うと、彼女は踵を返す。その時、風に揺れて外套が外れた。
「あ……」
黄色の混じった赤褐色の髪に、鳶色の瞳。
まるで完璧を求めて作られた美術品のような、人口的な美しさを持った、少女。
――あの子、夜会でぶつかった時の……。
「一体、何がどうなっているのよ……」
全く意味が分からない。
「先代、あなたは、どうしていました? こんな時、あなたなら……」
いない人への問いかけは外の雑音に飲まれ、当然答えなど返ってこない。
「なんて、何やってんのかね、私は」
先代と二代目が同じ事が出来るわけがない。そんなの分かりきっているのに。
「さて、そろそろ体力回復してきたし……モミジでも拾って帰ろうかな」
「百合姉!」
その時、椅子から立ち上がったばかりの私に、初音が身体ごとぶつかってきた。勢いに負けた私は、初音の身体を正面から受け止めながら椅子の上に再度座り込む。
「あいたた」
「大変! 百合姉!」
「どうしたの? 刀ならもう取り戻せたでしょう」
初音を抱き止めながら問うと、彼女は珍しく取り乱した様子で言った。
「それが、モミジ姉が……」
「モミジ? まさか、また華族のおっさん達に求婚でもされた? 大丈夫よ、あの子は……」
どうせいつもと同じ事だろうと返す私に、初音は涙を浮かべながら訴えた。
「違うの。モミジ姉が、モミジ姉が……」
――その時、私は気付くべきだった。
黄葉の忠告の意味と、樒の悪意の向かう先と、そして――
「警察に、捕まっちゃったの」
この世界が、平等でない事に――。
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