真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹⑰

公開日時: 2020年12月22日(火) 15:20
文字数:1,565

「お姉様、大丈夫ですか?」

「え? ええ、当たり前よ。誰に向かって言っているの」 

 そう強がってみたが、正直かなりびびっています。

 多分、傍にモミジという妹分が見ていなかったら、とっくに腰を抜かしていた。

「だけど、今日は少し疲れたわ」

「お疲れ様です、お姉様」

 モミジがさり気なく、私の傍に椅子を持ってきてくれた。

「今、スバルちゃんを呼んできますわ。お姉様は、少しお休みください」

「ええ、悪いけど、そうさせてもらうわ」

 私が椅子にもたれかかると、モミジは素早くスバルのいる外へと移動した。その時、胸がとても大きく揺れていた。

「ふぅ……本当に、今日は色々あったな」

 樒が去り、緊張の解けた私が胸をなで下ろしていると、小さな影が目の前に現れた。

「あんたはたしか……」

「樒様の従者です」

「あら? ご主人様は放っておいていいの?」

「先程、警察まっぽが到着したようですので」

 言われてみれば、少しだけ外が騒がしい。

 盗品騒動に加えて、<原色の一族>のご令嬢。警察まっぽからすれば一大事だ。

「樒様の数々のご無礼、ご容赦くださいませ」

 外套の少女が深く頭を下げた。顔が隠れているせいで表情が見えないが、時々樒の言動を咎めていた様子から察するに、本気の謝罪のようだ。

「別に、あんたが謝る事じゃ……」

「……」

 外套の少女は、何も言わなかった。

 彼女は一度顔を上げると、今度は軽く会釈し――背を向けた。

「鑑定士のお姉様」

 去る直前、外套の少女が少しだけこちらを振り返った。

「”全ては繋がっている”」

「え?」

「どうか、この言葉を、忘れないで……」

「待って! あんたは、一体……」

 樒は、言った。私は端役だと。

 なら、彼女のいう舞台で主役は誰で、そしてこの子は一体どういう役割を持っているのか。


 ――『お前達は、いつもそうね。何かと理由をつけたがる』


 ふいに、先程の樒の言葉が脳裏をよぎった。

 ――本当だ。

私は、いつも何かに理由をつける。

 今こうやって二代目として振る舞っているのも、先代から『紅月鑑定屋』を奪ってしまった言い訳のためで、本当は鑑定士の誇りも何もないのかも知れない。


「もみじ」


 ふいに、彼女が、呟いた。

「え?」

「黄色い葉っぱで、黄葉もみじ。それが、私。私が、与えられた役」

 もみじって、モミジと同じ――?

「それじゃあ、鑑定士のお姉様。どうか私の言葉、覚えてくださいましね」

 それだけ言うと、彼女は踵を返す。その時、風に揺れて外套が外れた。

「あ……」

 黄色の混じった赤褐色の髪に、鳶色の瞳。

 まるで完璧を求めて作られた美術品のような、人口的な美しさを持った、少女。

 ――あの子、夜会でぶつかった時の……。

「一体、何がどうなっているのよ……」

 全く意味が分からない。

「先代、あなたは、どうしていました? こんな時、あなたなら……」

 いない人への問いかけは外の雑音に飲まれ、当然答えなど返ってこない。

「なんて、何やってんのかね、私は」

 先代と二代目が同じ事が出来るわけがない。そんなの分かりきっているのに。

「さて、そろそろ体力回復してきたし……モミジでも拾って帰ろうかな」


「百合姉!」


 その時、椅子から立ち上がったばかりの私に、初音が身体ごとぶつかってきた。勢いに負けた私は、初音の身体を正面から受け止めながら椅子の上に再度座り込む。

「あいたた」

「大変! 百合姉!」

「どうしたの? 刀ならもう取り戻せたでしょう」

 初音を抱き止めながら問うと、彼女は珍しく取り乱した様子で言った。

「それが、モミジ姉が……」

「モミジ? まさか、また華族のおっさん達に求婚でもされた? 大丈夫よ、あの子は……」

どうせいつもと同じ事だろうと返す私に、初音は涙を浮かべながら訴えた。

「違うの。モミジ姉が、モミジ姉が……」


――その時、私は気付くべきだった。


 黄葉の忠告の意味と、樒の悪意の向かう先と、そして――


警察まっぽに、捕まっちゃったの」

 

 この世界が、平等でない事に――。

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