「アカバネ・ツバキって……」
アカバネって、それって「赤」を持った血族って事じゃ――。
「<原色>の一族って事?」
その名を口にするのを躊躇った私達とは逆に、初音はキョトンとした顔で問うた。
「そうなると、『赤』の一族・赤翅って事になるけど、何でこんな田舎町に?」
「そういえば、少し変。夜会のお姉さんも、<原色>」
<原色>の一族は、それぞれ取り締まっている業界が異なる。流通業界だったり、警察関係だったり。
そのせいかは分からないけど、<原色>に一族はそれぞれ独立しており、共同で何かをやる事はない。むしろ<原色>の中でも因縁がある一族同士もあり、一枚岩というわけではない。
そして、私達『認定鑑定士』もそうだけど、それぞれ担当地区がある。彼女達の場合は、支配地にあたるから、領地といってもいいが。
――同じ町に<原色>の一族が二人も?
それに、元を辿れば、同じ事件に関係している。
そして、その中心にいるのは――
「もみじ……」
脳裏に、妹分のモミジと、夜会で会った少女・黄葉の二人の姿が浮かんだ。
――何だろう。上手く言えないけど、何か嫌な予感がする。
何か、とてつもない大きな力が働いているような――。
「おい」
考え込み始めた私に、誠一が声をかけた。
「とりあえず、捜査はやり直す。それでいいか?」
「え?」
「何を驚いている」
「だって、さっきまで、散々”うっせえ、引っ込んでろ”って感じだったから」
「そんなガラ悪かったか?」
少し言い過ぎたかも知れない。誠一は少しだけ複雑そうな顔になった。そういう小動物ぽい所は初音に似ている。
「俺も疑問に思わなかったわけではない。いくら何でも、話が急すぎる。それに、片仮名の娘が、証拠を残すような事をするわけがない」
「え?」
「いや、何でもない」
最後の部分が聞き取れずに聞き返すが、誠一はハッと我に返ったように一瞬顔色を変えた。
が、すぐに元の仏頂面に戻ってしまった。
――何だろう、今の?
「それに、『認定鑑定士』は、国お抱えの鑑定士だ。鑑定士の出した結論は、国の答え。国のための機関が、それを疑っては、本質を見失う」
あら意外に『認定鑑定士』の立場も理解しているのね。
「かつて俺に道を示してくれた鑑定士もそうだった。あの人の出した結論は、正しい。だから、お前も鑑定士として俺の前に立つなら、自分の出した結論に胸を張れ。そして、一度出した結論は、絶対に疑うな。それが、専門家としてのあり方だ」
「う、うん。分かった」
「さて、では、再度疑おう。『認定鑑定士』、紅月姫百合。この刀の鑑定結果は?」
「種類は短刀。刀工は左文字派の左衛門三郎安吉」
刀剣には逸話がつきものだ。
誰かが誰をどうやって斬ったか。有名な誰かが使っていた。そんな人に由来した『人技型』。
より保存状態がよくて古い物や、有名な刀工が鍛えた、作り手によって価値が与えられる『時匠型』。
そして、これはその両方を備えた、名工が生み出した名刀にして――人が起こした事件によって脚光を浴びた、持ち主によって元の価値そのものが変わってしまった、二つの意味で「人」に由来した刀。
――よく小夜左文字は悲劇の刀だっていうけど、一番悲劇的なのは、小夜左文字の方ね。
小夜左文字を所持していた事で殺された母親。その母の仇のために小夜左文字の来訪をひたすら待った息子。そして、小夜左文字を強奪したために殺された盗人。
元々全く違う価値のあった刀が、人が起こした物語によって、「仇討ちの刀」としてその価値が確定してしまった。
「人が、全部悪かったんだね」
ぼそり、と初音が言った。
「刀は、刀。そこにあるだけ。因縁も、運命も、人が勝手に結論づけただけ。この刀は、最初から、そこにあった。ただそれだけ」
「そう、物事を起こすのは人間。刀は人を魅了する事は出来ても、人を操る事も運命を支配する事も出来やしない。これは、人間が起こした、ただの事件。それにたまたま関わってしまった、ただの名刀に過ぎない」
「……それが、お前の回答か? 鑑定士」
「ええ、これは『浪漫財』短刀・小夜左文字! 山内の時代に人を斬った形跡はあっても、今の時代で人を斬った形跡はなし! これが、私の鑑定結果だ!」
「分かった。俺は、『認定鑑定士』の回答を持ち帰る」
誠一はそう言うと、書類をまとめるとかで、私が鑑定するために散らかした道具を几帳面に整頓し始めた。
「俺は今回の鑑定結果を踏まえて書類を作成する。牢番には俺から言っておく」
「それじゃあ、モミジは……」
「ああ、釈放だ。といっても、今すぐは無理だろうが……夜までには帰れるようにしておく」
窓の外を見ると、ちょうど日が暮れ始め、橙の色の光が部屋に差し込んだ。
「あれ? ちょっと、警部補殿。この刀……」
「お前が持っていろ」
「え!? これ重要証拠なんじゃ……」
というか、とても貴重な歴史的資料なんですけど。
「だからだ。この事件、何か裏がある。その刀が本物の小夜左文字なら、何故あんな場所にあったのか……」
「『浪漫財』なら、持ち主がいる筈じゃ……」
「ああ、分かっている。今から、『鑑定協会』に連絡をいれて、今の所有者を割り出して話を聞く」
「それは分かるけど、何で私が?」
「不満か?」
「とんでもない! むしろありがとうございます!」
咄嗟に素直な反応をしてしまったせいか、誠一が少し困ったような顔になった。ごめん。
「お前は、この町の『認定鑑定士』。なら、預け先とは合格だろう。貴重な刀剣だ。ここで保管したら、錆びさせてしまいそうだ。だから、その刀を頼む」
「うん、ありがとう」
――遠回しで分かりにくいけど、多分彼は私の事を『認定鑑定士』として信用してくれたって事だよね?
なら、それだけで十分。
最近妙な事件に巻き込まれる事も多いし、ここら辺で警察内部に味方が欲しい所だし、こちらとしても丁度良い。
「それじゃあ、これから、よろしくね。警部補殿?」
と、私が胸に短刀を抱いて振り返ると、そこには誰もいなかった。
「あれ?」
「百合姉、いち兄、もう行った」
初音が私の袖を引っ張りながら言った。
「おーい! 話途中だったよね!?」
という事は、半分私は一人で喋っていたわけか。
「だけど……いち兄、嬉しそう。良かった」
「そういえば、初音。あんた達兄妹って、何であんな仲悪いの?」
「……」
思わず訊くと、初音は俯いた。
「あ、ごめん。訊いちゃ駄目だったなら……」
「僕、本当はいち兄の事、”兄”って呼んじゃいけないから」
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