真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

短刀・小夜左文字⑨

公開日時: 2020年12月30日(水) 05:01
文字数:2,599

「アカバネ・ツバキって……」

 アカバネって、それって「赤」を持った血族って事じゃ――。

「<原色>の一族って事?」

 その名を口にするのを躊躇った私達とは逆に、初音はキョトンとした顔で問うた。

「そうなると、『赤』の一族・赤翅あかばねって事になるけど、何でこんな田舎町に?」

「そういえば、少し変。夜会のお姉さんも、<原色>」

 <原色>の一族は、それぞれ取り締まっている業界が異なる。流通業界だったり、警察関係だったり。

 そのせいかは分からないけど、<原色>に一族はそれぞれ独立しており、共同で何かをやる事はない。むしろ<原色>の中でも因縁がある一族同士もあり、一枚岩というわけではない。

 そして、私達『認定鑑定士』もそうだけど、それぞれ担当地区がある。彼女達の場合は、支配地にあたるから、領地といってもいいが。

 ――同じ町に<原色>の一族が二人も?

 それに、元を辿れば、同じ事件に関係している。

 そして、その中心にいるのは――


「もみじ……」


 脳裏に、妹分のモミジと、夜会で会った少女・黄葉もみじの二人の姿が浮かんだ。

 ――何だろう。上手く言えないけど、何か嫌な予感がする。

 何か、とてつもない大きな力が働いているような――。

「おい」

 考え込み始めた私に、誠一が声をかけた。

「とりあえず、捜査はやり直す。それでいいか?」

「え?」

「何を驚いている」

「だって、さっきまで、散々”うっせえ、引っ込んでろ”って感じだったから」

「そんなガラ悪かったか?」

 少し言い過ぎたかも知れない。誠一は少しだけ複雑そうな顔になった。そういう小動物ぽい所は初音に似ている。

「俺も疑問に思わなかったわけではない。いくら何でも、話が急すぎる。それに、片仮名の娘が、証拠を残すような事をするわけがない」

「え?」

「いや、何でもない」

 最後の部分が聞き取れずに聞き返すが、誠一はハッと我に返ったように一瞬顔色を変えた。

 が、すぐに元の仏頂面に戻ってしまった。

 ――何だろう、今の?

「それに、『認定鑑定士』は、国お抱えの鑑定士だ。鑑定士の出した結論は、国の答え。国のための機関が、それを疑っては、本質を見失う」

 あら意外に『認定鑑定士』の立場も理解しているのね。

「かつて俺に道を示してくれた鑑定士もそうだった。あの人の出した結論は、正しい。だから、お前も鑑定士として俺の前に立つなら、自分の出した結論に胸を張れ。そして、一度出した結論は、絶対に疑うな。それが、専門家としてのあり方だ」

「う、うん。分かった」

「さて、では、再度疑おう。『認定鑑定士』、紅月姫百合。この刀の鑑定結果は?」

「種類は短刀。刀工は左文字派の左衛門三郎安吉さえもんさぶろうやすよし

 刀剣には逸話がつきものだ。

誰かが誰をどうやって斬ったか。有名な誰かが使っていた。そんな人に由来した『人技じんぎがた型』。

より保存状態がよくて古い物や、有名な刀工が鍛えた、作り手によって価値が与えられる『時匠じしょう型』。

そして、これはその両方を備えた、名工が生み出した名刀にして――人が起こした事件によって脚光を浴びた、持ち主によって元の価値そのものが変わってしまった、二つの意味で「人」に由来した刀。

――よく小夜左文字は悲劇の刀だっていうけど、一番悲劇的なのは、小夜左文字の方ね。

小夜左文字を所持していた事で殺された母親。その母の仇のために小夜左文字の来訪をひたすら待った息子。そして、小夜左文字を強奪したために殺された盗人。

元々全く違う価値のあった刀が、人が起こした物語によって、「仇討ちの刀」としてその価値が確定してしまった。

「人が、全部悪かったんだね」

 ぼそり、と初音が言った。

「刀は、刀。そこにあるだけ。因縁も、運命も、人が勝手に結論づけただけ。この刀は、最初から、そこにあった。ただそれだけ」

「そう、物事を起こすのは人間。刀は人を魅了する事は出来ても、人を操る事も運命を支配する事も出来やしない。これは、人間が起こした、ただの事件。それにたまたま関わってしまった、ただの名刀に過ぎない」

「……それが、お前の回答か? 鑑定士」

「ええ、これは『浪漫財』短刀・小夜左文字! 山内の時代に人を斬った形跡はあっても、今の時代で人を斬った形跡はなし! これが、私の鑑定結果だ!」



「分かった。俺は、『認定鑑定士』の回答を持ち帰る」

 誠一はそう言うと、書類をまとめるとかで、私が鑑定するために散らかした道具を几帳面に整頓し始めた。

「俺は今回の鑑定結果を踏まえて書類を作成する。牢番には俺から言っておく」

「それじゃあ、モミジは……」

「ああ、釈放だ。といっても、今すぐは無理だろうが……夜までには帰れるようにしておく」

 窓の外を見ると、ちょうど日が暮れ始め、橙の色の光が部屋に差し込んだ。

「あれ? ちょっと、警部補殿。この刀……」

「お前が持っていろ」

「え!? これ重要証拠なんじゃ……」

 というか、とても貴重な歴史的資料なんですけど。

「だからだ。この事件、何か裏がある。その刀が本物の小夜左文字なら、何故あんな場所にあったのか……」

「『浪漫財』なら、持ち主がいる筈じゃ……」

「ああ、分かっている。今から、『鑑定協会』に連絡をいれて、今の所有者を割り出して話を聞く」

「それは分かるけど、何で私が?」

「不満か?」

「とんでもない! むしろありがとうございます!」

 咄嗟に素直な反応をしてしまったせいか、誠一が少し困ったような顔になった。ごめん。

「お前は、この町の『認定鑑定士』。なら、預け先とは合格だろう。貴重な刀剣だ。ここで保管したら、錆びさせてしまいそうだ。だから、その刀を頼む」

「うん、ありがとう」

 ――遠回しで分かりにくいけど、多分彼は私の事を『認定鑑定士』として信用してくれたって事だよね?

 なら、それだけで十分。

 最近妙な事件に巻き込まれる事も多いし、ここら辺で警察内部に味方が欲しい所だし、こちらとしても丁度良い。

「それじゃあ、これから、よろしくね。警部補殿?」

 と、私が胸に短刀を抱いて振り返ると、そこには誰もいなかった。

「あれ?」

「百合姉、いち兄、もう行った」

 初音が私の袖を引っ張りながら言った。

「おーい! 話途中だったよね!?」

 という事は、半分私は一人で喋っていたわけか。

「だけど……いち兄、嬉しそう。良かった」

「そういえば、初音。あんた達兄妹って、何であんな仲悪いの?」

「……」

 思わず訊くと、初音は俯いた。

「あ、ごめん。訊いちゃ駄目だったなら……」

「僕、本当はいち兄の事、”兄”って呼んじゃいけないから」

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