真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

四章

打刀・長曾袮虎徹①

公開日時: 2020年12月9日(水) 12:24
文字数:4,028

       *

 ――あなたは、『私』を美しいと言った。


 外見、知能、品性。

 あらゆる箇所から総合的に評価して、確かに『私』は高額で取引に値する存在だったのかも知れない。

 格安の値札をつけられたら、そのまま形を保てず、簡単に解体されて、部品ごと売買される事だってある。だから、高額で取引される『私』は、他に比べると、幸せなのかも知れない。

 だけど――


『お前はバカなの?』


 美しいと言われるよりも、愛らしいと言われるよりも、欲しいと言われるよりも――その言葉が、一番痛くて、哀しくて、だけどとても嬉しく思えたんだ。

       *


 季節は初夏。

 だいぶ日が長くなり、少し前まではまだ薄暗かった時刻でも、日差しが入り込んで眩しい。

 ――いつもより早いけど、起きるか。

 日差しと妙な寝苦しさに起こされた私は、仕方なく身体を起こそうとすると、足が何かに当たった。

「あ、お姉様。もう起きられるますか? いつもより早いのですね」

「何でお前が当たり前のように、私の寝台具ベッドの中にいる!?」

 寝起きではっきりしない意識が一気に覚醒した。

 ――最近は大人しかったら、油断していた。

 そうだ、こいつはそういう奴だった。

 彼女――モミジは、人の布団の中に潜り込んだというのに、悪びれた様子どころか、どこか照れたように頬を紅く染めた。

「お姉様。まだ明るいのに、そんなに見つめられた……」

「言わせねえよ!? 大体何ていうか分かるからね」

 と、私は彼女の襟を掴むと、ぽいっと床に下ろした。

「お姉様。“お前の考える事なんて丸分かりだぜ”だなんて……モミジ、照れてしまいますわ」

「いいわね、お前は本当に幸せそうで」

「お姉様が望むなら、今日は一日このまま布団の中で過ごしても、モミジは全然構いませ……」

「起きろ! そなたは鬱陶しい!」

 今度は完全に部屋の外に投げ捨てた。

 なんか言っていた気がするが、まあいい。



「もうお姉様は、モミジの気持ちを知っていて、そうやって弄ぶんですから。でも、そういう所も好き、愛してる」

「あーはいはい」

 とあしらってみたが、私が支度をして食卓に向かうと、既に朝食の準備は出来ており、店の方も掃除が行き届いていた。

 きっと私よりも早くに目覚めて、全ての支度を終えてから忍び込んだのだろう。

 ――あの性癖さえなければ、本当に良妻なんだけど。

 いや、別に嫁に欲しいわけではないが。

「お姉様。最近はお客さんが多くてご無沙汰でしたら、今日くらいはゆっくり……」

 と、脱ぎかけたモミジの肩を掴んで、服を戻す。

「多いなら問題ないでしょ。私達からすれば死活問題なんだから」

「それもそうですんわね。お姉様とモミジの将来のためにも、貯金はしっかりしないと。あ、でも、モミジ、挙式は別に豪華でなくても……」

 と、莫迦がまた莫迦を言いかけた時。

 私にとってはタイミング良く、玄関の鈴が鳴った。

「あら、いらっしゃ……って、初音じゃないの」

 極端に長い髪が左目を隠した、どこか影のある女の子。

 背丈が低く、幼さを残した顔つき。ぱっと見た感じだと十二歳くらいにしか見えないが、たしか今年で十四才だった筈。私も年下に見られやすいが、彼女は身体つき以上に、童子の持つあどけない空気を纏っており、幼く見えるのはそのせいだろ。

百合姉ゆりねえ

 じゃっかん舌っ足らずの独特な発音で、初音は縋るように言った。

「お姉様、どちら様ですの? このお子様」

「こら、一応お前より歳は上よ」

 明らかに敵視した視線を送るモミジを窘めていると、初音がよろよろと近付き――そして、私の顔を見ると、唯一見えている右目に涙を溜めて、突進してきた。

「百合姉、助けてっ……お爺ちゃんの刀が、取られちゃう」



 所変わって、『紅月鑑定屋』の居間。

 店と自宅が一緒になっているため、一階は主に作業部屋兼店内として使っており、二階は私とモミジの私生活空間プライベートエリアになっている。

 その内の、食事をする場所。

 そこに、私と――いつもの通り腕にひっつきながらモミジが座り、私の正面に初音が座る。

 普段は一階の店内で話を聞くが、彼女の尋常でない様子を見て、急遽二階へ移動した。ここに通した人物は初音が初めてかも知れない。

 そのせいか、さっきから私の腕に絡むモミジの腕が痛い。骨が折れる。

「お姉様」

 頬を膨らませながら、明らかな態度でモミジが説明を求める。

「そういえば、お前は初めてだったわね。この子は、藤田初音ふじたはつね

 私が紹介すると、彼女――初音は小さく会釈した。

「それで、お姉様との関係は? 雛菊さんの次は、こんな小さな女の子にまで! お姉様の節操なし!」

「人聞きの悪い言い方すんな!」

 と、すかさず彼女の脇を小突くと、椅子に倒れ込みながら幸せそうに「だめ、お姉様。こんな所で……」とうわごとのように呟きながら小刻みに震えていた。初音には見せないでおこう。教育によろしくない。

「初音は、こう見えて鍛冶職人よ。私の鉄扇もこの子が鍛えているの。お前の銃弾の注文オーダー先だって、この子よ」

 裏社会ではそこそこ名前の知れた鍛冶職人であり、雛菊も常連の一人だ。

 内気で幼い見た目とは裏腹に、彼女の元を訪れるのは裏社会の住人ばかりで――現に、彼女自身もこの時代には珍しく着物に帯刀といった、ひと昔前の格好である。

 大政奉還以前の記憶が少ないが、その数少ない資料にすら残っている「侍」を連想させる。

「あら、そうでしたの。まあ、妾ならぎり許しましたが、そういう事でしたら、お姉様への接近を許しましょう」

「何でお前が決めてんの」

 そして、妾ならいいのか!

 案の定、初音はきょとんとした顔でこちらを見ている。ごめんね、変なお姉ちゃんで。保護者には、絶対に言わないでね。

「それで、初音。一体、何があったの? あんたにしては珍しく動揺しているようだけど」

「実は……僕の店にあった、お爺ちゃんの刀が、とられちゃったの」

「とられた、って……」

 泥棒?

 しかし、初音は帯刀もしており、それなりに腕は立つ。そこらの子悪党程度では、相手にならない筈だが。

「少し前に、僕の店に、華族のお兄さんが仕事の依頼にきたの。ちょっと香水きつい感じの」

「華族のお兄さん?」

 何だろう。何だか、今とても嫌な予感がしたんだが。

 気のせいか?

「その人が、壊れた刀剣の修繕にきたの。その時、僕の店にあるお爺ちゃんの形見の刀……」

「ああ、いつも壁にかけてあるやつね」

 初音の店は、いつも神棚の代わりに打刀が壁にかけられている。

 とても古い刀のようで、何度か鑑定させてほしいとお願いしているが、祖父の形見らしく、毎度断られている。

「それを譲って欲しいって言われて……」

「まさか、その人に刀を!?」

 私の問いに、初音は小さく首を振る。

「”いくらでも出す”って言われて、なんか腹立ったから……目前に刀突きつけて、”お前の命と交換なら考えてやってもいい”って、言ったら、帰った」

「……」

 そうだった。この子、こういう奴だった。

 ――何で私の周りには、まともな女子がいないんだろう……。

「お姉様? どうかしました? 何だか疲れているようですが」

「ううん、何でもないの。初音、続けて」

 私が続きを促すと、初音は小さく頷く。

「その日の夕方。なんか怪しい人がいっぱい来て……無論、全員返り討ちにしてやったんだけど」

「う、うん」

「そして、店の中に戻ったら、壁の刀が、違う刀にすり返られていたの」

「それって……」

 同じ事を思ったのか、モミジが顎に手をおいて言った。

「そのお客さんが仕組んだって事ですの?」

「たぶん。怪しい人達、みんな、動きが素人くさくて、とても弱かったから」

「あら、それなら、雇われた子悪党の可能性が高いですわね」

 お前らの価値基準で喋るなよ。もし本当にその筋の人だったら可哀想だろ。

「だから、取り戻そうと思って……」

「華族の人をお捜しですの? それなら、お姉様よりも雛菊さんの方が……」

 モミジの言葉に、初音は首を横に振った。

「ううん。一人、喋れるようにしておいたから、吐かせたの」

「あら、そうでしたの。お利口さんでしたわね」

「うん、僕、えらい」

 初音への警戒心が解けたモミジは、姉が妹を可愛がるように言うが、その内容は全然可愛くない。

 ――人間がいる世界に行きたい。

「だけど、僕の刀……」

 そこで、初音は右目に涙を溜めた。

 まばたきをした瞬間に、ぽたん、と膝の上に涙が零れ落ちた。

「華族の集会所にあって、僕、入れなくて……。僕の刀なのに、お爺ちゃんの形見なのに……もう僕のじゃないって! 僕のって言っても、誰も信じてくれなくてっ……」

 泣きじゃくりながら話す初音の話をまとめるとこうだ。

 偽物とすり替えられた祖父の形見の刀は、華族の集会所にあり――その集会所では、美術品の競りが行われていた。

 つまり、盗まれた初音の刀が、どこかの華族に競り落とされ、所有権を奪われる可能性があるという事だ。

「あの刀、僕のなのに、このままじゃ、知らない人に、とられちゃう……っ、だけど、僕、もうどうしたらいいのか、分からない……っ」

「初音……」

 泣きじゃくる初音が可哀想に見え、そっと私は手を伸ばすが――

「全員、叩斬ってやろうと思ったら……」

 思ったんかい!

警察まっぽが来て、それで……」

「なるほど。それで、お姉様に助けを求めに来たって事ですわね」

 モミジはそこで一度言葉を切ると、隣の私に視線を移動させた。

「お姉様。一応、聞きますけど……どういたしますの?」

「そんなの、決まっているでしょ。相手は華族よ。それも、集会所となれば、きっと華族か同等の相手でないと、敷地内に入る事すら出来ない」

 加えて言うなら、あちらは初音の事も警戒しているだろう。ぼこぼこにされたようだし。

「そんなの……首突っ込む以外の選択肢、ないでしょ」

「ええ、それでこそモミジのお姉様ですわ」

 それに、初音は先代の代から世話になっている大事な取引相手にして、馴染みの店でもある。そこの看板娘にして店主を泣かされたとなっては――


「可愛い方の妹分を涙は、高いわよ」


 ――黙ってられるか!


「お姉様……つまり、モミジは妹分卒業して、ついに妻に!?」

「お前は少し空気を読んで!」

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