真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹③

公開日時: 2020年12月12日(土) 14:41
更新日時: 2020年12月12日(土) 14:42
文字数:3,280

      *

 話は少し前にさかのぼる。


「ですが、お姉様。取り戻すっていっても、どうやって夜会に出席するんですの?」

 聞き込み調査で分かった事だが、初音の刀が競りに出されている華族の集会は、夜に開催されている。一応合法のものらしく、美術品の品評会を兼ねているようだ。

出席者は、招待客のみ。つまり、入れるのは華族だけだ。

「華族じゃなきゃ中には入れないか……合法の集会となると、潜入して取り戻しても、こっちは盗人扱いになっちゃうわね」

 それに、初音の一件もある。初音の形見の刀を盗んだ華族は、初音の顔を知っているようだろうし――彼女も騒動を起こしたとなると、警備に顔を覚えられている場合もある。

 ――華族、か……。

 あまりこの手は使いたくないけど、背に腹はかえられないか。

「仕方ないわね。あっちが合法である以上、こっちも合法でいきましょう」

「お姉様? どうするんですの? まさか、忍び込むとか……」

「まさか。堂々と、正面から突破すればいいのよ」

「それって……モミジに、脱げと? いえ、お姉様のためなら、モミジは……」

「そういうのいいから。そして、脱ぐな!」

 と、さり気なく初音の耳をふさぐ。

「いるでしょ。一人、堂々と正面突破出来る子が」

       *


「というわけで、スバル。私達をあんたの連れとして、中に入れてほしいの」

「大体の事情は分かったが、そんな事のために僕をわざわざ呼びつけたのか!?」

 案の定、彼は唇を尖らせて文句を言った。とても可愛い。

「そうは言いますけど、スバルちゃん」

「スバルさんだ!」

「スバルちゃんって、中級貴族じゃないですかー。下手したら、開催している華族さん達よりも上じゃないですか。簡単に入れるんじゃないですか?」

「だから、スバルさんだ! まあ、その夜会なら、何度か招待された事はあるが……僕はああいう場は好かな……」

「では、決まりですわね! ありがとうございます、スバルちゃん」

「スバルさんだ! わざとやっているだろ!」

 モミジにからかわれて子犬のようにスバルは吠える。

「大体、なぜ、僕が……」

 モミジにからかわれた事もあって、だんだんと不機嫌になってきた。

 ――仕方ない。奥手を使わせてもらおう。

「そういえば、先代もよく夜会とかに出席して、色んな交友関係を築いていたわね。ああいう場って名を売る絶好の機会だし」

「……」

 ぴくり、とスバルが反応した。分かりやすい。

「色んな美術品をいっぺんに見て回れるから、目も鍛えられるって言っていたな」

 嘘だけど。

「それに、今回の鑑定対象の初音の刀って、すっごい古刀だし、一度も鑑定に出した事ないって言っていたから……今から鑑定するの楽しみだなー。あー、でもスバルが駄目となると、他を当たるしかないかー。残念だなー。スバルの鑑定結果も聞きたかったのに」

「……!!」

 はい、落ちた。

 スバルは一度目を輝かせてから、あからさまな態度で紅茶を飲むふりをしながら言う。

「ま、まあ、僕も貴族の端くれだ。たまには異国の貴族連中と戯れるのも一興。たまには、いいかも知れないな」

 分かりやすい子だ。

 「お初ちゃん。今のはね、”鑑定勝負したいし、憧れの一代目もやっていたなら僕もやりたいなー”って意味ですのよ」「そうなの? 回りくどいねー」「ねーですわ」

 ひそひそと、妹分たちが囁きあっている。今のスバルには聞こえていないからいいが、機嫌損ねてやめると言われたら面倒だから、やめてあげて。

「さて、そうと決まれば、その身なりをどうにかしろ」

 と、スバルが伝票をもって立ち上がった。

「身なり?」

「その格好なら、夜会には入れん。『認定鑑定士』のお前はまあぎり入れるが、他の二人は、それなりに身分を偽らないと、怪しまれるぞ」

 確かに、華族の集まりとなると、『認定鑑定士』の私は鑑定のために雇ったといえば同席は可能だが、この二人は目立つ上に――初音にいたっては騒動も起こしているからな。何とかしないと。

「じゃあ、僕も支度があるから先に行くぞ」

「スバル、伝票……」

 私が財布を取り出すと、スバルは首を振った。

「よせ。年下に出させたら、紳士としてしまいだ」

「スバル……」

 やだかっこいい。

「じゃあな……」

「待って、スバル!」

 私は慌てて彼を呼び止め――

「ついでに、あの二人の衣服代も……」

「やっぱ、お前は自分の分払え!」



 そして、スバルと別れてから一時間後。

 私達は、初音の案内で集会所の近くまできた。

 とりあえず、潜入にあたり、私は『認定鑑定士』としてスバルに雇われたという事で、いつものお気に入りの羽織ではなく、「鑑定」の二文字が入った作業用羽織に着替えた。

 そして、モミジと初音というと――

「お姉様、モミジは今日という日を忘れはしませんわ。まさか、お姉様からモミジを剥ぐ日が来るなんて……信じて待っていた甲斐がありましたわ」

 うっとりした顔で妄想を垂れ流しているが、無論そんな事実はない。

 用意した服に着替えようとしないから脱がしはしたが。

「ですが、モミジ、西洋の服は初めて来ましたわ」

 モミジは気に入ったのか、身体を回転させる。そのたびに、長洋袴スカートが翻る。

 軽く説明すると、モミジは使用人メイドという設定になっており、彼女が来ている黒を基調とした上下続服ワンピースであり、その上に白い洋前掛エプロンを首からかけている。

 私も鑑定士として、公の場に出入りした事もあり、先代にくっついて華族の屋敷に入った事もある。その度、そういった格好をした女給仕を何度も見た事はある。

 あるのだが――

 身体の凹凸がはっきりと分かる肉輪郭ボディラインに、胸を強調した設計デザイン

 ――おかしいな。女給仕って、こんなにいかがわしい格好だったけか。

「お姉様、どうしましたの?」

「いや、別に……」

「まさか、モミジの身体をみて欲情なさったんですか? ならば仕方ありませんわ。存分になぶってくださいまし」

「だから、お前は何を言っているんだ!」

 否定出来ない所が悔しい。

「お姉様、心配する事はありませんわ。西洋の服は着るのも脱ぐのも難しそうでしたので、モミジ、ちゃんと、下着は穿かずに……」

「つけろよ!」

 どうりで、いつもの倍揺れていると思った。

 ――……って、違う。見ていない。私は無実だ。

 私とモミジがそんな事をしていると、ふいに短い影が歩み寄ってきた。

「お前達、いつもそんな事をしているのか?」

 顔を紅くしながら、スバルは言った。

「ち、違う! 誤解よ!」

「そうですわよ。お姉様、モミジの肌がお姉様以外の目に触れる事を極端に嫌がって……」

「だから、誤解を招く発言はやめなさい!」

 案の定、スバルと――その後ろにひっついている初音が、居心地悪そうな顔をしていた。

「まったく。お前達、ちゃんと分かっているのか?」

「ええ、分かっているわよ」

 スバルは貴族の御曹司で、モミジはその使用人。私は雇われた鑑定士。そして、スバルの後ろに引っ付いている初音はスバルの遠い親戚の子――という設定にしてある。

 顔のわれている初音に誰かが声をかけても、貴族のスバルが一緒にいれば、何とかやり過ごせる、という事だ。

「なら、行くぞ。くれぐれも、目立つ行動を控えろよ。何かあれば、僕の……オルサマッジョーレの名を使え。上級ならともかく、そこらへんの華族連中に簡単に黙らせられるだろう」

 やだ頼もしい。

「ありがとう……」

 スバルの後ろに隠れていた初音が、ぼそりと言った。

「僕のために、動いてくれて……」

「礼を言うのは早いだろ。まだ何も解決していない」

「それでも……僕のために、動いてくれた。その気持ちが、嬉しい」

 初音がふっと笑みを零すと、モミジは目を輝かせ、スバルは顔を紅くしてそっぽを向いた。見たか、私の可愛い方の妹分の破壊力。

 しかし、歳相応の愛らしさはそこまでだったようで、初音は決戦に赴く戦士のように鋭い眼光を光らせた。

 そして、スバルの後ろから飛び出す。

 子ども用の上下続服ワンピースと一見華族の令嬢に見えなくもないが、所々から漏れ出す殺気に近い緊張感が、初音を令嬢でも、幼女でもない事を静かに告げた。


「さあ、ではいきましょうか」


 私は会場に向かって歩き出し――

「二代目、正面口はこっちだ。そっちは裏口だぞ」

「あ、いつものくせで」

「いつも何処から入っているんだ!?」

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