真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹④

公開日時: 2020年12月13日(日) 01:44
文字数:2,781

 集会所・三階。


「お嬢様、下の準備が整いました」

「ええ、すぐ行くわ……気が向いたら、だけど」

 『彼女』は、扉の向こう側の使用人にそう返すと、窓の外を見る。

 ちょうど招待客が入ってくる時刻であり、次から次に西洋の服を身に纏った華族達が中へ進む。その中のある一団を見つけると、『彼女』は薄く微笑んだ。

「へぇ。どうせ今日も、退屈な挨拶回りで終わるかと思ったけど……少しは退屈しのぎになりそうね」

 見知った――しかし、この場には似つかわしくない二人組を見つけ、『彼女』は語りかけるように言う。


「せいぜい、派手に踊ってちょうだい。ねえ、鑑定士?」


       *


 夜会会場・内部。


 会場といっても、華族が自分の屋敷や敷地内で開いているものなので、品評会ほど大規模なものではない。

 といっても、雷切騒動の時の華族の男よりは十分でかいが。そこは、お家の力の差だろう。

「お姉様。どうやら、この夜会では、開催者だけでなく、自分で美術品を持ち込む事も可能のようですわよ」

「へぇ、どうりで……」

 会場に入ると、食事の並ぶ長机テーブルの他に、西洋の装飾品や絵画なども並び――中庭にまで続いている。

 しかし、あくまで余興の一種のようで、食事や談話を楽しむ人の方が多い。

 ごくまれに、興味本位で美術品を見ては、持ち主が得意げに話しかける――といった、典型的な華族の道楽だ。

 ――ご丁寧に、競りに出される品物には、出品者の家紋らしきものが貼った硝子箱ガラスケースに入れられてあるし。

 開催者か、或いは招待客の誰かが初音の刀を盗んで、競りにかけようとしている、という事か。なら、この中から探し出さなければいけないのだが――


「オルサマッジョーレ様! 珍しいですね、貴方が公の場に出てくるとは」

「オルサマッジョーレ様、先月出しました、うちの娘の縁談について……」

「ちょっと、私が先でしてよ! オルサマッジョーレ様、これも何かのご縁。是非、私の娘と……」

「あら、弟君! 今日は他のご兄弟は……」


 ――余計に、目立っているじゃねえか!


 人選間違えたかも知れない。

「スバルちゃんって、あんなに人気あったんですわね」

「まあ、一応中級貴族だからね。上級ならともかく、中級以下の華族からすれば絶好の縁談相手だろうし」

 以前、少しだけスバルから世間話程度に聞いた事がある。

 たしか、スバルの家・オルサマッジョーレは歴史のある名門一家で、異国とはいえ、縁談を望む華族も多いらしい。

 異人といえ、スバルの家はあらゆる業界に影響を及ぼしているため、華族からすれば、お近づきになりたい相手だ。

「末っ子って聞いていたから、縁談とかは二の次かと思ったけど……」

「見事に狙われていますわね。スバルちゃんの周りにいるご令嬢の目つき、獲物を狩る狼ですわよ」

 お前も人の事言えないけどな。

「仕方ない。モミジ、回収してあげなさい。なんか涙目になってきているし」

「しょうがないですわね」

 ――モミジが出れば、まず勝ち目ないと思って、引き下がり……。


「オルサマッジョーレ家の使用人? なんて美しさだ!」

「君、使用人なんか辞めて、うちの養女に……」

「いくらだね?」


 ――今度はこっちが食いついた! そして、最後の奴、直球だなおい!


「仕方ないわね。初音、ちょっと回収してくるから、少しここで待っていて」

 と、不安そうな初音に声をかけた後、華族達に囲まれているモミジとスバルの元へ向かおうとした時――

「……っ」

 胸元に小さな衝撃が当たった。

「あっ……」

 私とぶつかった衝撃で、背中から少女が倒れかける。

 咄嗟に、私は手を伸ばして、少女を空中から引き上げ――

「ごめんなさいね。大丈夫?」

「ええ……こちらこそ、不注意でしたわ」

 黄の混じった赤褐色の髪に、鳶色の瞳。

 日焼けを知らない白い肌を、橙色の上下続服ワンピースが包み込む。

 さながら美術品のような完璧な美しさを持った少女に、思わず息を呑んだ。

 ――うわ、すごい美少女。それに、色合いが見事だ。

 髪や瞳の色に合わせたような衣類や髪飾りの色。

 まるで――最初から、そう仕上がるように作り上げた人形のように、不自然な程に完璧な美しさ。

 ――あれ? この子、どこかで……。

「お姉様。どうかされまして? もしかして、どこか痛めて……」

「あ、ごめんなさいね。何でもないわ」

「そうですの? なら良いのですが……。ぶつかってしまって、申し訳ございません」

 と、彼女は会釈した。その動作すら教え込まれた流れのようで、異様な完璧さがあった。

「いいえ、こちらの方こそ」

 そう私が返すと、彼女は微笑み――人混みの中に姿を消した。

「それでは、失礼しますわ……お姉様」

 最後にそう言い残して去っていく彼女の後ろ姿を見つめ、気付いた。

 ――ああ、そうだ。あの子……。


「二代目!」


 と、その時――泣きそうなスバルの声が、私の意識を強引に戻した。

「何とかしろっ!」

 スバルの方を見ると、華族相手に拳を振り上げるモミジを、スバルが必死に止めていた。むしろ、よく止められたな。

「あー、はいはい。今、行きますからね」


 ――あの子……モミジに、似ているんだ。


       *


「お姉様……」

 漆黒の髪の少女を見つけ、赤褐色の髪の少女は声をかける。

 葡萄酒のグラスを持ったまま、彼女は振り返ると、少女の姿を見て笑みを零した。

「あら、やっと来たの。待ちくたびれちゃったわよ」

「申し訳ございません、お姉様。支度に手間取ってしまい」

「まあ、いいわ」

 彼女は、けらけらと笑いながら、葡萄酒を一気に飲み干した。

「お姉様。何かありました? とても楽しそうに見えますが」

「ええ、まあね」

 と、彼女はグラス長机テーブルの上に置くと、入り口あたりで騒いでいる一団を見つめて、笑みを深める。

「まあ、正しくは、これから始まるのよ。楽しい事が。お前も、よーく見ておくといいわよ……黄葉もみじ


何とか華族達にもみくちゃにされていたスバルと、それを面白がって煽っていたモミジを回収して、競りの品物が並ぶ一帯に辿り着く。

「あらあら、思ったより、数が少ないんですわね」

「まあ、元々、目的はただの華族の夜会。競りとかは、余興の一種だろうからね」

 宝石の首飾りや、西洋の鎧。古い本や絵巻など。

 種類は様々だが、どれも古いものばかりで、『浪漫財』である事は違いない。

「あ……っ」

 その時、初音が突然走り出した。

「初音!」

 私達は、その小さな後ろ姿を追いかけ――

「お姉様、あれ!」


 他の美術品の影に隠すように置かれた、硝子箱(ガラスケース)。

 抜き身の打刀――。

 同種類のものと比べると、少しだけ細身であるが――刀身は鈍い光を放つ。

  

 ――間違いない。

微かな傷跡や、鉄の年齢。

間違いなく、初音の刀だ。私も、何度も店内で見た事があるから、断言出来る。

――だけど……。

 抜き身の刀を閉じ込めるような硝子箱ガラスケースには、赤い紙が貼られていた。

 それが何を意味するのか知っている私とスバルは、言葉を失った。

「う、そ……」

 初音が、無感動な彼女にしては珍しく動揺した声を漏らした。


「売却、済……!?」

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