集会所・三階。
「お嬢様、下の準備が整いました」
「ええ、すぐ行くわ……気が向いたら、だけど」
『彼女』は、扉の向こう側の使用人にそう返すと、窓の外を見る。
ちょうど招待客が入ってくる時刻であり、次から次に西洋の服を身に纏った華族達が中へ進む。その中のある一団を見つけると、『彼女』は薄く微笑んだ。
「へぇ。どうせ今日も、退屈な挨拶回りで終わるかと思ったけど……少しは退屈しのぎになりそうね」
見知った――しかし、この場には似つかわしくない二人組を見つけ、『彼女』は語りかけるように言う。
「せいぜい、派手に踊ってちょうだい。ねえ、鑑定士?」
*
夜会会場・内部。
会場といっても、華族が自分の屋敷や敷地内で開いているものなので、品評会ほど大規模なものではない。
といっても、雷切騒動の時の華族の男よりは十分でかいが。そこは、お家の力の差だろう。
「お姉様。どうやら、この夜会では、開催者だけでなく、自分で美術品を持ち込む事も可能のようですわよ」
「へぇ、どうりで……」
会場に入ると、食事の並ぶ長机の他に、西洋の装飾品や絵画なども並び――中庭にまで続いている。
しかし、あくまで余興の一種のようで、食事や談話を楽しむ人の方が多い。
ごくまれに、興味本位で美術品を見ては、持ち主が得意げに話しかける――といった、典型的な華族の道楽だ。
――ご丁寧に、競りに出される品物には、出品者の家紋らしきものが貼った硝子箱に入れられてあるし。
開催者か、或いは招待客の誰かが初音の刀を盗んで、競りにかけようとしている、という事か。なら、この中から探し出さなければいけないのだが――
「オルサマッジョーレ様! 珍しいですね、貴方が公の場に出てくるとは」
「オルサマッジョーレ様、先月出しました、うちの娘の縁談について……」
「ちょっと、私が先でしてよ! オルサマッジョーレ様、これも何かのご縁。是非、私の娘と……」
「あら、弟君! 今日は他のご兄弟は……」
――余計に、目立っているじゃねえか!
人選間違えたかも知れない。
「スバルちゃんって、あんなに人気あったんですわね」
「まあ、一応中級貴族だからね。上級ならともかく、中級以下の華族からすれば絶好の縁談相手だろうし」
以前、少しだけスバルから世間話程度に聞いた事がある。
たしか、スバルの家・オルサマッジョーレは歴史のある名門一家で、異国とはいえ、縁談を望む華族も多いらしい。
異人といえ、スバルの家はあらゆる業界に影響を及ぼしているため、華族からすれば、お近づきになりたい相手だ。
「末っ子って聞いていたから、縁談とかは二の次かと思ったけど……」
「見事に狙われていますわね。スバルちゃんの周りにいるご令嬢の目つき、獲物を狩る狼ですわよ」
お前も人の事言えないけどな。
「仕方ない。モミジ、回収してあげなさい。なんか涙目になってきているし」
「しょうがないですわね」
――モミジが出れば、まず勝ち目ないと思って、引き下がり……。
「オルサマッジョーレ家の使用人? なんて美しさだ!」
「君、使用人なんか辞めて、うちの養女に……」
「いくらだね?」
――今度はこっちが食いついた! そして、最後の奴、直球だなおい!
「仕方ないわね。初音、ちょっと回収してくるから、少しここで待っていて」
と、不安そうな初音に声をかけた後、華族達に囲まれているモミジとスバルの元へ向かおうとした時――
「……っ」
胸元に小さな衝撃が当たった。
「あっ……」
私とぶつかった衝撃で、背中から少女が倒れかける。
咄嗟に、私は手を伸ばして、少女を空中から引き上げ――
「ごめんなさいね。大丈夫?」
「ええ……こちらこそ、不注意でしたわ」
黄の混じった赤褐色の髪に、鳶色の瞳。
日焼けを知らない白い肌を、橙色の上下続服が包み込む。
さながら美術品のような完璧な美しさを持った少女に、思わず息を呑んだ。
――うわ、すごい美少女。それに、色合いが見事だ。
髪や瞳の色に合わせたような衣類や髪飾りの色。
まるで――最初から、そう仕上がるように作り上げた人形のように、不自然な程に完璧な美しさ。
――あれ? この子、どこかで……。
「お姉様。どうかされまして? もしかして、どこか痛めて……」
「あ、ごめんなさいね。何でもないわ」
「そうですの? なら良いのですが……。ぶつかってしまって、申し訳ございません」
と、彼女は会釈した。その動作すら教え込まれた流れのようで、異様な完璧さがあった。
「いいえ、こちらの方こそ」
そう私が返すと、彼女は微笑み――人混みの中に姿を消した。
「それでは、失礼しますわ……お姉様」
最後にそう言い残して去っていく彼女の後ろ姿を見つめ、気付いた。
――ああ、そうだ。あの子……。
「二代目!」
と、その時――泣きそうなスバルの声が、私の意識を強引に戻した。
「何とかしろっ!」
スバルの方を見ると、華族相手に拳を振り上げるモミジを、スバルが必死に止めていた。むしろ、よく止められたな。
「あー、はいはい。今、行きますからね」
――あの子……モミジに、似ているんだ。
*
「お姉様……」
漆黒の髪の少女を見つけ、赤褐色の髪の少女は声をかける。
葡萄酒の杯を持ったまま、彼女は振り返ると、少女の姿を見て笑みを零した。
「あら、やっと来たの。待ちくたびれちゃったわよ」
「申し訳ございません、お姉様。支度に手間取ってしまい」
「まあ、いいわ」
彼女は、けらけらと笑いながら、葡萄酒を一気に飲み干した。
「お姉様。何かありました? とても楽しそうに見えますが」
「ええ、まあね」
と、彼女は杯を長机の上に置くと、入り口あたりで騒いでいる一団を見つめて、笑みを深める。
「まあ、正しくは、これから始まるのよ。楽しい事が。お前も、よーく見ておくといいわよ……黄葉」
何とか華族達にもみくちゃにされていたスバルと、それを面白がって煽っていたモミジを回収して、競りの品物が並ぶ一帯に辿り着く。
「あらあら、思ったより、数が少ないんですわね」
「まあ、元々、目的はただの華族の夜会。競りとかは、余興の一種だろうからね」
宝石の首飾りや、西洋の鎧。古い本や絵巻など。
種類は様々だが、どれも古いものばかりで、『浪漫財』である事は違いない。
「あ……っ」
その時、初音が突然走り出した。
「初音!」
私達は、その小さな後ろ姿を追いかけ――
「お姉様、あれ!」
他の美術品の影に隠すように置かれた、硝子箱(ガラスケース)。
抜き身の打刀――。
同種類のものと比べると、少しだけ細身であるが――刀身は鈍い光を放つ。
――間違いない。
微かな傷跡や、鉄の年齢。
間違いなく、初音の刀だ。私も、何度も店内で見た事があるから、断言出来る。
――だけど……。
抜き身の刀を閉じ込めるような硝子箱には、赤い紙が貼られていた。
それが何を意味するのか知っている私とスバルは、言葉を失った。
「う、そ……」
初音が、無感動な彼女にしては珍しく動揺した声を漏らした。
「売却、済……!?」
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