真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

短刀・小夜左文字⑧

公開日時: 2020年12月29日(火) 15:55
文字数:2,348

「これが小夜左文字という事は分かった。だが、凶器でないという点いおいては賛同出来ん」

 やはりというべきか、誠一は一蹴した。

「これには被害者の血が付着していた。そして、現場には、この短刀を持った容疑者がいた。疑うなという方が無理がある」

「杜撰ね」

 思ったままの感想を告げると、こちらを睨み付ける誠一の瞳に、僅かだが感情が宿った。

 出会った時から人を人として見ていなかった彼の目に、初めて姫百合という存在が刻まれた。そんな気がし、少しだけ勝ったと思ってしまった。

「私も、その場にいたわけじゃないから想像でしかないけど、この短刀……人を斬ったにしては綺麗すぎる。すぐに修復すりなりして、刀の傷みを最小限に抑えたとしても、それでも多少なりの痕跡は残る。加えて言えば、人を斬ったという事実がない程の手入れを、貴方達が出来るとは思えない」

「……っ」

 ぐうの音も出ないってやつか。

 誠一は反論する言葉を失った。どこぞの華族や英国騎士の坊やに比べると、感情的にならないだけ大人ではあるが。

「警部補どの。今一度、徹底した捜査をお願い致します」

 私は、誠一の目を見て、言った。

 最初は威圧的でムカつく奴って思っていた。だが、彼は初音と同じで度が過ぎる程の真面目で、不正に関与するとは思えない。

 私や初音に対する態度は全く納得しないが――自らの正義を貶める事はしない。何故か、そう感じた。

「成程。これが、お前達の”誠”というわけか」

「え?」

「以前、とある事件で、お前と同じような『認定鑑定士』に出会った。その時、俺は状況証拠と動機だけで犯人を特定した。だが、その人は、言った。”表だけ見ているだけじゃ本質を見失う”、ってな。結果、俺はあやうく冤罪を作る所だった」

「冤罪って……」

「ああ、その人の言う通りだった。俺は小説でも読むように、登場人物の設定だけしか見ていなかった。その人の協力で、その事件そのものは解決した。その時、俺は、その人に尊敬と共に、深い嫉妬心を抱いた」

 そりゃ、そうだ。

 どうやら彼の若い頃の話のようだが (今でも十分若いが)、警察まっぽとして経験も積んでいただろう。実力も経験も十分な本業の人間が、ぱっと出の素人に口出しされたら、いい気分にはならない。

 私も、鑑定に関しては先代の影響で始めた事だが、それなりに誇りだってある。

 いきなり刀を触った事なさそうなお嬢さんに、さも正論のように口を挟まれたら、腹が立つ。

「分かるよ。私も、自分の仕事には誇りを持っている。紅月鑑定屋の名前にも、この羽織にも。誇りを抱くだけの時間を費やし、結果だって出してきた。それをお遊び程度で割り込んできた人に口出しされたら、いい気分はしないもの」

「……そうか」

 フッと彼は笑った。

 思ったよりも優しい笑みに、一瞬見間違いかと思ってしまった。

 が、それは本当に一瞬の出来事で、すぐに仏頂面に戻った。

「お前の言う通り、今回の捜査は確かに完璧ではない。俺も、不自然に思っている箇所はあった」

「え?」

「証拠品も、動機も。全て、とある人物によって与えられた。現場を見る事も禁じられた。現行犯逮捕をしたから、早急に対処せよ、とも」

 やっぱり、何かおかしい。

 ずっと疑問には思っていた。私達と華族の坊やに多少の因縁があるにしても、モミジの逮捕は早急すぎる。何か作為めいたものすら感じた。

「警部補殿。その指示をした人物って……」

「俺も詳しい事は知らん。ただ、上からの指令で、その指示に従うように、と。たしか、華族の……」

 顎に手を起きながら、彼は言った。


「アカバネ・ツバキ……」


     *


 時同時刻。某邸。


 薄暗い部屋の中、一人の青年の身体が床に落ちていた。周囲は彼の流した血で水溜まりを作り――同時に、足跡のないこの部屋では、誰も彼に近付いていない事も証明している。

「惨い事を」

 ぼそり、と少女は呟いた。

 被っていた外套を投げ捨てると、血の水溜まりに足を突っ込んだ。そして、背中から彼の身体を引っ張り、持ち上げる。

 いくら身体を鍛えているかと言って体格差があり、彼の身体を支えるのに難儀した。

「あらあら、物好きね」

 後ろから声をかけられた。振り向かずともその正体が分かった少女は、小さく息を吐いた。

「あまり近付くと汚れますよ」

「そのようね。随分と派手にやらかしたみたいだし。それに、お前、その有様だと、まるでお前が殺したみたいよ?」

「冗談やめてください。やるならもっと静かにやります」

「あら、やる事自体は否定しないのね」

 想像していた回答と違ったのか、彼女は苦笑した。

「ところで、どうするつもり?」

「とりあえず、一目につきますから、移動します」

「その方がいいわね。全く、騒動を聞いて探してみたら、案の定とはね。冴えた自分の勘が怖いわ」

「……」

 彼女の冗談めいた発言はいつもの事だが、どう返して良いか分からず、少女は黙った。

 そして、短い間の後、支えた彼の身体を血がつくのも構わず背負う。

「随分と労るのね。もしかして、惚れちゃった?」

「違います」

「怒った?」

「怒ってません。ただ……彼は、我々『もみじ』の騒動に巻き込まれたに過ぎない。同じ『もみじ』候補としては、見過ごせないだけです」

「そうね、お前ならそう言うと思ったわ。お前のそういう少しずれてるけど真面目な所、私は好きよ」

「嫌がらせはやめてください」

「あら、ひっどーい! この<原色>の令嬢様の愛を受けられるなんて、お前くらいなのにー」

「それより、急ぎますよ。あの人に見つかったら、いくらお嬢様といえ、ただではすみません」

「その時は、お前が護ってくれるのでしょう?」

「……当然です。そのために、在るんですから」

「全くの動揺もないとは。お前のそういう所、やっぱり好きよ……黄葉もみじ

「そんな事より、急ぎますよ……しきみ様」


 床に血の跡を付けながら、二人は部屋から姿を消した。

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