華族の青年、名を沼倉良太。彼が失踪した。
そんな短文の記事が、新聞の小さな箇所に掲載された。今の時代、毎日誰かが姿を消し、誰かが死んでいる。一人二人、失踪した事くらいで世間は騒がない。それが華族であっても。
特に、彼は何度か犯罪行為に手を出し、あまつ<原色>の一族を巻き込む騒動まで起こしている。そのせいか、彼の失踪はあまり騒がれず、「黄色ノ令嬢に消されたのでは」「黄色ノ家の追っ手から逃げるために海外へ逃亡した」など、噂された。
彼の家の方も、特に行動を起こさず、今までの騒動に関して軽い謝罪をする程度で、彼の行方を捜す事もしないらしい。そのあまりにあっさりな態度に多少疑問も持ったが、まあ華族なんてそんなものか。
――いけ好かない奴だったけど、安否は気になるわね。
私が一通り新聞を読み終えると、それを見計らったように、モミジがお茶を机に置いてくれた。
「はい、お姉様。本日のお茶はほうじ茶ですわ」
「ああ、ありがとう」
つい先日までのドタバタが嘘のように、モミジはいつも通りだった。
もみじ、と名乗った危なそうな女の事とか、聞きたい事は山ほどあるけど――
――今は、少しだけ知らないふりをします……なんてね。
――まあ、不自然な程にいつも通りって事は、今は話したくないだろうし、とりあえずはこのままにしておきましょう。
話したくなれば、そのうち話すだろうし。
それに、今は――
「昨夜の人の様子はどう?」
「まだ目が覚めませんわ。よほど急いでいたのか、凄い速度で走っていたようですわね」
「そこに扉が開いて、顔面直撃か。まあ、あっちの前方不注意ね」
「それより、お姉様……」
モミジが言いにくそうに視線を下に下げた。
「いくら身元を確認するからといって、勝手に人の物を漁るのは……」
「あら、警察に届けるにも、身元がはっきりしないと分からないでしょう。それに、あの人が持っていた荷物は、アレ一つ。なら、仕方が無い事だって思うのよね」
「そうは言いますが、お姉様……」
私はほうじ茶を飲み終えると、作業机の前に座る。
机の上には、昨夜扉に激突して気絶したドジっ子が持っていた一振りの刀がある。
「単純に、鑑定したいだけですわよね?」
「……ち、ちげえし」
「視線が泳ぎまくりですわよ」
「それに、お姉様。まずは男か女か、とか、他に確認すべき所が山ほどあるんじゃ……。何で、身分を確認するより先に、刀の鑑定なんですの?」
「えっと、種類は……太刀ね」
「もう始めている! モミジ、知りませんからね」
そんなモミジの小言を余所に、私は刀剣の鑑定を開始する。
早速布をはぎ取ると――やはり見事な太刀が現れた。外から見てもはっきりと分かる。これは太刀だ。
反りも深く、まさに太刀といった作風。
平安から室町から活躍した太刀は、刃が下になる。腰に吊す場合も、床などに置く場合もだ。
逆に、それ以降に活躍する打刀などは逆に刃が上になる。
これは、太刀が「佩く」、馬上での戦闘を重視視したものに対し、打刀が腰帯などに「差す」室内戦を考慮した造りになっているせいである。また古い太刀ほど戦場よりも貴族が儀礼などに用いるため、使う拵えも優雅なものが多く、打刀の拵えは戦を考慮した簡易な造りが多い。
――本当に、太刀って感じの太刀ね。
まだちゃんと見ていないが、「これは太刀」という程に、この刀な長さや造りが典型的な太刀そのものだ。拵えがないのが残念だが――ここまで見事な太刀なら、拵えもありそうだが。
――やっぱり、何か訳ありかしら。
――そういえば、<太刀・雷切>の時もそうだったわね。
「まあ、鑑定はするんだけどね」
「お姉様、本当に刀の事になると無遠慮ですわね。ちなみに、モミジはお姉様の事になると、遠慮なしで……」
「そういうのいいから」
「もう! お姉様のいけず」
モミジが何か言っているが、今は太刀の鑑定の方が大事だ。
「えっと……」
鉄の年齢から見て、作刀時期はおおよそ鎌倉時代。
「刃長は、二尺五寸八分五厘 (約七八・二センチ)。反りは三・一 糎」
刀身は、鎬造り。
刀身のほぼ中心に鎬が入り、鋒に向かい通っているのが特徴だ。
「棟は、庵棟ね」
「胸? おっぱいの話ですの?」
「違うわ」
そして、さり気なく自分の胸を持ち上げるな! 私に対する嫌がらせか。
「棟というのは、刀の背の部分の事で……」
「刀は、背中におっぱいがあるんですの。人間とは逆ですのね」
「だから違うわ!」
軽く平手打ちするつもりが、頬ではなく、モミジの胸に当たった。弾力があるせいで、左右が激しく揺れた。くそ!
「痛いですわ、お姉様。でも、これが愛なら、モミジは、全てを受け入れ……」
「だから、違うわ!」
おっと、いけない。話が逸れる所だった。失礼、取り乱しました。
「刀の棟にも、それぞれ種類があるのよ。そして、これは庵棟。尖った形をしているでしょう?」
「言われてみれば、刀のおっぱいは尖っているんですのね」
もう突っ込まない。
「ちなみに、庵棟の角度の急なものを庵高い、低いものを庵低いというのよ」
そこまで軽く説明すると、モミジに茶々を入れられる前に、さっさと済ませてしまおう。
次に、私は目釘抜を取り出す。
――目釘は一つか。結構どっしりとした刀身だから、注意して……。
と、意識を集中させて、目釘抜を構えた時――
首筋に冷たいものが触れた。
「私の刀に、何をしている?」
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