モミジとの面会を終えた後、私は初音と共に警察署のある一室の前に立つ。
「いや、勲章とかいっぱい持っていたから、偉い事は分かっていたけど……警部補とは聞いてないよ!」
「それって、偉いの? 僕、そのへん、疎くて」
「偉いわよ!」
警察の階級は大雑把に説明すると、大体五階級。警視が一番上であり、警察署警察部勤務となる警部補は三番目くらいであり、かなり偉い。
それに、あの若さ。
「人の部屋の前で何をしている?」
扉の前で騒いでいると、気配もなく背後から声をかけられた。
振り返ると、勲章を幾つもつけた青年が立っていた。
「いち兄……」
不安そうに初音が私の後ろに隠れた。
怯えたような初音の様子を莫迦にするように小さく息を吐いた後、彼は言った。
「入れ」
警部補ともなると特別に個室が用意されるのか、彼が特別なのか。
綺麗に整頓された部屋がやけに寂しく思えた。
たった一つしかない席に腰掛け、彼――藤田誠一は刺すような視線を向けてきた。
「何用だ?」
「藤田誠一さん。貴方が今回の事件の担当と聞いたわ」
「だからどうした」
突き放すような態度で彼は言う。やはり、この男、嫌いだ。
「短刀はどこ?」
「短刀? 凶器の事か。そんなの知ってどうする気だ」
「どうするも、こうするも、鑑定するに決まっているでしょう」
*
所変わって、とある屋敷の一室。
「お、おい」
灯りのない暗い部屋の中。彼は包帯を巻いた腕をかばうように抱き締めながら言う。
「全部言われた通りにしたぞ」
「ええ、そのようね」
”彼女”は、今朝の新聞記事を見ながら微笑んだ。
「上手に出来たご褒美に、夜会での一件は、なかった事にしましょう」
「本当に大丈夫なんだろうな? あんな……」
「あらあら、何を今更怯えてらっしゃるの。してしまったのだから、今頃怖じ気ついても意味ないじゃない」
「それは、そうかも知れないが……だけど、こんな……」
「あらあらあら。気の弱い子犬だこと。そんなに怖がるような事かしら」
「確かに、あの小娘どもは気に入らんが……殺人未遂の罪を着せるだなんて。少しやりすぎじゃ……」
そこまで彼が言った時、冷たい両手が頬に触れた。
そして、触れる程近い距離で、空洞のような暗い瞳が彼を捉えた。
「選んだのはお前だろ? 今更人のせいにするなよ」
「……っ」
怯んだ彼から手を離すと、彼女は笑いながら言った。
「誰が聞いているか分かりませんわ。”それ”を言葉にするのは、お控えになって」
彼女から距離を取り、彼は両手で自分の身なりを整える。
「お、お前は、一体、何がしたいんだ?」
彼の怯えながらの問いに、彼女は妖艶な笑みを浮かべる。そして、頭に手を伸ばし――髪をまとめていた簪を引き抜いた。
職人が作った技術の高い簪。そこに装飾されている紅葉の飾りを頭上にかざしながら、彼女は言った。
「”もみじ狩り”、とでも言っておきましょうか」
「もみじ狩りって、あの鑑定士の所の巨乳の事か?」
「あらあら。紅葉狩りは紅葉狩りよ。紅葉はね、色鮮やかに、その季節を彩るの。その鮮やかな色は一瞬で山を自分達の色を染めてしまう。だから、正さないといけないの。正しい色に、元の色へ、全部戻すの。そのためには、紅葉を全部刈り取らないといけないのよ。黄葉も、紅葉も、モミジも、そして……【椛】を狩るの。だって、もみじは、一枚で十分だもの」
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