「近藤勇の刀、長曾袮虎徹の話は、あんたも聞いた事あるでしょう?」
「……」
御曹司が黙った。知らなかったか。
「その話なら、私も聞いた事あるわ」
歌劇でも見物するように、「黄」の一族の少女――樒が無邪気な笑みを浮かべて言った。
「池田屋事件でも実際に振るい、何人もの斬り伏せたと噂される、新撰組局長の刀。だけど、たしか、贋作だったのでしょう?」
「まあ、近藤さんの刀に限らず、虎徹とみたら贋作と疑え、と言われる程に、虎徹は贋作が多い。特に、あの時代では」
村正事件の時にも似たような説明をした気がするが――
「あの時代、刀の名前に惹かれて入手しようとする人が多かったのよ。徳川と因縁のある村正は、反徳川派からすれば吉兆の刀だし、虎徹の刀はよく切れると評判の刀で、当時の侍からすれば、戦友として腰に差したいものだったでしょうね」
長曾袮虎徹――。
越前の刀匠で、当時は正宗と並ぶ名工。
刀剣の格を表す中で、最も上級である「最上大業物」にも格付けされた事もある、名刀中の名刀。
「虎徹に贋作が多いのには、二つの理由があるわ。一つは、大人気だった虎徹と、刀屋の供給が追いつかなかった事。そして、もう一つは、そもそも真作の虎徹の数が、少ないからよ」
「少ない?」
御曹司の問いかけに、私は答える。
「初代・興里は、元は甲冑師で、刀工になったのは五十を過ぎた頃から。五十を過ぎてから生み出した作品だから、当然、数は少ないわ。余生を満喫している時に生み出したようなものだもの」
それでも、死没するまでの約十五年間に二百を超える数を生み出してはいるが。
「興里の作風は、ひょうたんの形になった互の目を交える刃文もあれば、互の目を連ねた数珠刃のものもあったり、と様々。銘も、贋作対策に、『虎徹』一つではなく、何度も変えていたようだしね」
興里自身が作風も銘も、思いついたように変えている。だから、「これが虎徹だ」と言える程の統一性がなく、虎徹の鑑定をする時はとても神経を使う。
そして、その虎徹による贋作対策がが、虎徹と見たら贋作だと思え、と言われている要因でもある。
「まあ、ここまでが、刀工・虎徹に対する、ざっとした説明だけど……」
ちらり、と私が座りながらこちらを楽しげに見つめている樒を見る。
彼女はこの結末が分かっているのか、ただ微笑みを浮かべるだけだ。
――なんか、試されているようで、嫌な感じだけど。
「次に、近藤さんの刀。さっき説明したように、虎徹とみたら贋作と疑えと言われる中、近藤さんみたいな、道場主が入手出来る代物だったではないと言われているわ」
「それが、近藤の刀が贋作だという理由か?」
「いいえ、御曹司。まだ続きがあるの。そもそも、近藤さんが虎徹を入手する逸話が、三つあるのよ。一つは、自分で刀屋で購入したもの。一つは、豪商の鴻池から譲り受けたもの。そして、最後に、新撰組の三番組長・斎藤一から貰ったもの」
そこで、私は一度言葉を切る。
そして、初音の刀に視線を戻す。
「どうして、近藤さんの虎徹が、入手手段だけで三つも逸話があるんだと思う?」
「どうしてって……」
御曹司が困惑する中、ただ一人、事情を知っている少女が、静かな声で告げた。
「三つあるから」
ぼそり、と言った初音の声は会場全体に響き、自然と全員の視線は彼女に集まる。
「近藤さんの刀は、三つある」
初音はゆらり、ゆらり、と誘われるように、私の元へ――私の傍にある抜き身の刀剣の前まで移動する。
「一部の人しか知らない。本当は、隠さないといけない。それが、近藤さんの刀の、真実。本当は言ったら駄目って、言われていた。これは、藤田を、藤田鍛冶屋を継ぐ人しか、知っちゃ駄目な事。だけど、そのせいで、刀が、近藤さんの刀が奪われるくらいなら、言ってもいい事だって、僕は思う」
独特な喋り方で、初音は言う。
「僕は、近藤勇の遺志を継ぐ者の末裔だ」
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