「おい」
今にも飛び出しそうな私の背に、スバルが声をかけた。
「お前、分かっているのか。相手は、華族だぞ」
「ええ、分かっているわ。だから、私が行くの。元々、初音が私に依頼した案件だもの。責任を持って、最後までやり遂げるわ」
「分かっているなら、それでいい」
「ごめんね、スバル。勝手に巻き込んでおいて」
彼に頭を下げかけた私の目前に、止めるようにスバルが手を差し出した。
「女がそう簡単に頭を下げるな。淑女は多少我が儘なくらいが丁度いい、ってうちの姉上が言っていた」
そこで止めるように出した手の向きを変え、小さな掌をこちらに向ける。
「確かに、今回はお前の案件だ。だから、行ってこい」
「ええ!」
彼の意図を理解した私は、彼の掌に向かって思いっきり掌をぶつけた。
ぱちん、と景気の良い音が鳴った。
「『紅月鑑定屋』が二代目主人・姫百合として、この案件、華麗に解決してみせましょう」
さあ、鑑定の時間だ!
*
「鑑定、だと!?」
騒ぎを聞きつけた華族の注目を浴びる中、沼倉は嘲笑を浮かべながら言った。
「必要ないだろ。この刀は、既に売却済だ」
そうくると思った。
いつもは、無意識に怯えていた華族の視線。今回は、逆にそれを利用させてもらいましょう。
「そうは言いますけど、沼倉様。それ、登録書ないんですよね? そんな出所不明の刀を競りにかけたりして、大丈夫なんですか?」
私に言葉に、周囲の華族が騒ぎ始めた。
「え? 登録書なしの刀」「出所不明なのは、何か嫌だわ」「まあ、沼倉だしな」「ああ、あの沼倉だしな」
思った以上に嫌われていた。
そこは少し予想外だったが、流れはこれでこちらのものだ。
「今日は、オルサマッジョーレ様の付き添いという形で同席しましたが、登録書なしの刀剣となると、『認定鑑定士』としては、見過ごせませんしー」
「貴様っ」
少しわざとらしかったか。沼倉がすぐに反論しかけるが――周囲の華族達の囁き声がそれを遮った。
「あらー、鑑定士様がいらっしゃるなら、心強いですわねー。ここで鑑定してもらいましょー。ねー、おぼっちゃま」
「誰がおぼっちゃまだ。僕は大人だと……」
棒読みでわざとらしく煽るモミジに、スバルが小声で文句を言った。
「まあ、その通りだな。このスバル・オルサマッジョーレも、鑑定士の端くれ。未登録の品物の譲渡は、見過ごせん」
「何が鑑定士だ! そんな奴の……」
反論しかけた沼倉に足下に、くないが投げつけられた。足下に突き刺さる得物に驚いた沼倉が、一気に後ろに逃げた。さり気なく私を盾にするのはやめてほしい。
――だけど、何でくない?
どうせモミジの仕業だろうと、彼女を見るが――モミジは首を横に振った。
――モミジじゃない?
いつでも発砲出来るように構えてはいるが、今のは違うようだ。
――どういう事? モミジじゃないとなると……。
「あらあら、随分と面白そうな話をしているじゃないの。私も、混ぜてくれないかしら?」
長い階段の上から、ゆっくりと長身の女性が降りてくる。
太陽のような明るい栗髪に、鮮やかな朱色の瞳。
右の頭の部分に、黄色の花の髪飾りをつけており――
――黄色の、花?
嫌な予感がした。
それは、この場の――「華」の世界で生きる彼らこそが誰よりも敏感に感じたようで、一瞬で姿勢を正した。
「はじめまして、鑑定士さん」
肩の位置で綺麗に揃った髪から甘い香りを漂わせながら、彼女は言った。
「貴女の方は初めましてかしら? 私は、黄埼樒。以後お見知りおきを」
黄崎、樒。
――黄色の姓に、樹木花の名前って……。
上品さと気高さを持ちながら、どこかに毒を潜ませたような無邪気な笑顔。
一見ただの華族の令嬢にしか見えないが、まさか本当にこの子が――。
「あら、顔色が悪いわね。まあ、無理もないか……」
彼女は私の様子を滑稽だと笑うように言うと、立ち尽くす観衆に向かって、笑顔を向けた。
「こんばんは、皆さん。原色が一つ、黄色の一族、黄崎の息女。樒でございますわ」
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