真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

妖刀・村正⑩

公開日時: 2020年12月7日(月) 10:16
文字数:2,698

 ざしゅ――

 

 肉の切れる音が、響いた。

 ぼとり、と日に焼けた男の腕が宙に舞い、やがて近くの群衆の中に放り込まれた。

 誰もが何が起きたか分からない様子で、時間が止まったように微動だにしなかった。

「えっ……」

 そう茉莉が声を漏らしたのを引き金に、全員の時間が動き出し――そこから先は、悲鳴の嵐だった。

 「きゃああああっ」「う、腕がああああ」「ああああああ」「ひいいっ」「誰かああ」

 老若男女の悲鳴が響く中、茉莉は自分の頬と服についた血を見て、崩れ落ちるように、膝をついた。

「茉莉!」

 私は数秒遅れてから彼女に駆け寄る。軽く肩をゆするが、思考が停止したように動かない。

「お姉様! 茉莉ちゃんと一緒にお下がりくださいまし!」

 すぐ目の前に二丁拳銃を構えたモミジが立った。

 彼女が見えないように壁になっていたが、顔を上げた茉莉はばっちりと何が起きたか見えてしまったようで――大きく悲鳴を上げた。

「いやあああああああああ」

 モミジの前方。警察まっぽが平良を連行していた群れの中。大量の血を吹き出して倒れる平良。そして、遠い位置には、彼の腕が転がっていた。

「どうなっているの? 一体、誰が……」

 そんなありがちな事を呟いていると、鮮血にまみれた平良の傍らで鈍い光を見た。人の感情のように荒々しくも乱れた、刃文。鋒は日の光に反射して怪しい光を放ち――。

「刀……?」

何で、藤正が、ここに?

「たしか、あれは……」

 

「不用心ですね」

 

 私の問いかけをせせら笑いながら、村正改め藤正を持ったまま、人影はこちらを見つめ――

「でも、そこが貴女の良い所ですよ、お嬢様。出会って間もない私を信頼し、刀を預けて……ああ、本当に、貴女はいい子ですね。本当に、殺しちゃいたいくらいに」

「あやめ!?」

 返り血を浴びた彼女が立っていた。

 

 

「あらあら、どうしました? 皆さん、そんなに面白い顔をして。私の事を笑わせようと、身体を張ってくれているんですかー? でも、残念。その程度じゃ、私は笑えません。私を笑わせるのなら……」

 驚愕と衝撃で全員が動けない中、あやめは刀を大きく振り上げ――

「ぎゃああ」

 足下の平良に向かって振り落とした。

「このくらいしてくれませんと!」

 ざしゅ、ざしゅ――と肉を切る音が何度も響いた。

「あっはははははは」

 狂った笑いを上げながら、彼女は何度も平良の身体を切り付けた。

「あ、あや、め……テメエエエエエエ」

「あらあら、意外に元気ね。やっぱり、贋作とはいえ、妖刀のなり損ないだけあるわね」

 あやめが、平良を見下ろしながら言った。

「どういう意味だ?」

「だけど、お前は結局なれなかった。だから、もう……消えろよ!」

 あやめが、刀を大きく振り上げた。

「やめろ!」

 途中で我に返った警察まっぽがあやめに手を伸ばすが――

「やめなさい!」

 声を張り上げるが、時既に遅し。あやめは振り返りながら、刀を回転させ――

 

 ざしゅ――

 

 今度は、若い男の生首が舞った。

 あやめの周囲は真新しい鮮血で水溜まりを作っており、白い前掛けエプロンは紅く染まっていた。

 

 バン――

 

 モミジが宙に向かって発砲した。

「動けるなら、走りなさい!」

 モミジのそれがきっかけとなり、固まっていた人達は一斉に動き出し――十を数える暇もなく、現場には、私とモミジ、震えて動かない茉莉と、その彼女を護るように抱えながら距離をとる雛菊。そして、鮮血を浴びて狂った笑い声を上げるあやめと、それを包囲する警察まっぽのみとなった。

「雛姉、茉莉を連れて店に!」

 店にはスバルがいる。彼も同じ鑑定士だ。茉莉一人護るくらい造作もない。

 雛菊は茉莉を抱えたまま、背を向ける。

「茉莉ちゃん、少しの間、ジッとしていてね」

 雛菊が鑑定屋に避難しようと、大地を蹴ろうとした瞬間――彼女の足下に、警察まっぽの男の生首が転がった。

「何処へ行こうと言うのですか? 折角、妖刀伝説が始まろうとしているのに」

「妖刀伝説……?」

 そう問いかけながら、私はさり気なく彼女の視線の先に立ち、雛菊と茉莉を隠す。

「鑑定士なら、ご存じでしょう? 刀には!」

 と、あやめは語りかけながら、刀を振り上げる。時同じく、周囲で彼女を包囲していた警察まっぽが互いに合図をしながら、一斉に彼女を抑え込もうとするが――

警察まっぽの方々! お逃げなさい」

 モミジが叫んだのと、警察まっぽの身体が地面に散るのは同時だった。

「刀には!」

 と、手前の警察まっぽの片腕を切り――

「刀には!」

 と、後方の警察まっぽの胸を振り返らずにひと突きし――

「逸話が、つきもの!」

 そして、最後には勇気を振り絞って向かって来た警察まっぽを横一文字に切り裂いた。

「逸話って……」

「幽霊を切った、雷を切った、五体の虎を退治した。病を治した、鬼の首を撥ねた。そして……幾人もの人間を、斬り殺した」

 恍惚な表情で、彼女は刀身を見つめる。まるで恋する乙女のように――。

「だから、駄目なんですよ。こんな綺麗な終わり方じゃ、誰も納得しないんですよ。ちゃんと、聞いた人が震え上がるような、妖刀伝説として、終わらなくちゃ、駄目なんですよ」

「そうか……あんたが、平良に……」

「あら、人のせいにしないで頂きたいですね。私は、唆したに過ぎませんよ。鵜呑みにした挙げ句、罪のない人々を死に追いやったのは、他の誰でもない……彼自身。だから、私は、悪くない」

「まあ、一理あるわね」

 彼が藤正の刀を妖刀・村正だと思い込み、とち狂ったように人を殺したのは事実なのだから。しかし――

「全部、自分で決めた事。妖刀と信じた事も、妖刀のせいにして全部自分の意思だった事も。紛れもない事実。何が彼をそうさせたのか……そんな理由、殺された人間からしたら、どうでもいい事。罪は罪。だけど……あんたが、それを嗤っていい理由はない!」

 言い放つと同時に、私は懐から鉄扇を取り出し、その先端をあやめに向ける。

「あら、残念。刀剣をこよなく愛する貴女なら、分かってくれると思ったのに」

「はっ、分かるわけないでしょ。トチッた女の言い分なんて」

「あらあら。それは……残念ですね!」

 あやめが大地を蹴った。鋒をこちらに向けたまま、迷いなく突っ込んできた。

 ――こいつ、分かっている。

 刃物を用いた攻撃において、突進行為はかなり効果がある。刀を振り落とすよりも、短刀を持って突進した方が高確率で殺される。突進する事で刃先が体内に入り込み、自分の体重や勢いが加わっている分、心臓を貫くのも造作も無い。

 いつかの華族の坊やみたいに、殺せる殺意に酔っているわけではない。

「本当に残念ですよ! 貴女とは、いいお友達になれそうだったのに!」

 カキン――。

 一合の音が、鳴った。

 両手で鉄扇を構えて、刀身を防ぐが――やはり切れ味は本物か。これは長くは持たない。長引けば、鉄扇の方が砕かれる。

「ちょっと、厄介かもね」

 

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