真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

五章

短刀・小夜左文字①

公開日時: 2020年12月23日(水) 10:23
文字数:2,726

 ――あの子が、嫌いだった。


 初めて、あの子が現れた時、どうしようもない不安を覚えた。まるで私の居場所を奪われてしまうような――。

 実際、あの子は私が出来なかった事を容易に成し遂げて、私の理想の女の子そのものだった。

 

 私は、あの子が嫌いだった。

 だけど、私は、あの子を、護らなくてはいけなかった。

 だって、それが私の使命だから――

       *


「え? 捕まったって……」

「それが……」

 藤田初音の刀を巡る一連の事件が解決したと思った直後。

 初音の第一声がそれだった。一瞬何を言われているのか理解出来なかった。

 ――捕まったって、さっきまでここにいたじゃない。

 それに、モミジは強い。

 私どころか、訓練を受けている警察まっぽよりも。

「一体、どこの誰が……」

 私の呟きに答えるように、会場の扉が開いた。

 初音と同時に振り返ると、警察まっぽの制服を着た青年が立っていた。

 背は高いが、顔は少し幼い。

 藍色の混じった黒の制服に、腰には長い刀。

胸元の勲章を見るところ、ただの警察まっぽというわけではなさそうだが――

「こんな所にいたのか、初音」

「……いち兄」

 初音が私の後ろから顔を覗かせながら言った。

 ――え、待って、今、いち兄っていった? じゃあ……。

「あんたが、件の鑑定娘か」

 初音と似た、どこか無感動な顔で彼は言った。

「俺は、藤田誠一せいいち。藤田の家の長男だ」

「つまり、初音の、お兄さん!?」

 それにしては、初音の態度がおかしい。

 普通、兄ならば、喜んで飛びつきそうだが――

「血縁上ではな」

 突き放すように、彼――誠一は言った。

「来い。あんたの所の助手の娘の件で話がある」

「そうだった! ちょっと、モミジが捕まったってどういう事?」

「どうもこうもない。あの娘には、殺人未遂の容疑がかけられている」

 殺人未遂!?

「待って。あの子は、ついさっきまで私と一緒にここにいたわ。それに、一体、どこの誰を……」

「……黙れ」

 冷たい声が、自然と私の言葉を止めた。喉元に短刀を突きつけられたような緊張感で、上手く呼吸が出来ない。

「あんたに発言を許可した覚えはない。話は、署で伺う。異論があるなら、黙ってついてこい」

「……」

 本当に初音のお兄さん?

 それにしては、ちょっと冷たいような――。

「いち兄……」

 その時、初音が私の後ろからおそるおそる彼に声をかけるが、彼は背を向けたまま、こう告げた。

「……気安いぞ。おのが立場を忘れたわけではあるまい」

 威圧感のある口調に、冷たい目。

 相手に呼吸も許さないような緊張感。

 ――この時、私ははっきりと思った。


 この男が、嫌いだ、と。


       *


『――罪状、殺人未遂。

 被告人モミジ。短刀ニテ殺人未遂ノ疑いデ逮捕、拘束』


 そう書かれた小さな記事が、新聞に載っていた。関係者や近隣住民でなければ見逃してしまう程に小さい。

 ――まあ、世間一般からすれば、他人が起こした事件なんて、その程度だろうけど。

 しかし、今回に限り、私は第三者ではいられない。

 時刻は、午前八時。

 いつもなら、”あの子”が朝食の準備を終えて、私に余計なちょっかいをかけながら家事をこなしている時刻だ。

 あの子がそうだから、私は業務に集中出来た。

「……」

 少しの寂しさを感じ、私は静まりかえった部屋を見渡す。

 いつもなら少し狭く感じる部屋も、煩く感じる騒音も何もなく――静寂に満ちた部屋。

 ふいに、壁にかかった鏡の中の自分と目が合った。

 迷子の子どものように、不安げで、情けない顔。

「……っ」

 ぱしん、と私は気合いを入れるために両の頬を叩く。

「しっかりしろ、姫百合。お前は、姫百合なのよ。こんなみっともない顔、あの子に見せる気?」

 そう鏡の中の自分に言い聞かせる。

 我ながら、鏡に話しかけるなんて、かなりやばい人だが。今の私には必要の事だった。

 ――しっかりしろ。お姉様の名が廃るわよ。

 一度目を閉じて、大きく息を吸う。

 肺を伝って、全身に酸素が行き渡る。たったそれだけで、体内を渦巻いていた淀んだ何かが浄化された気がした。


 気合いを入れるために、髪を高い位置で結う。いつもモミジに結ってもらっていたせいか、上手く結べず、不器用な出来になってしまったが。

 そして、夜会へ出る前にモミジが洗濯し、部屋に干していた着物と袴に着替え――『認定鑑定士』の証でもある羽織を肩にかける。

「一人で身支度するのって、結構大変ね」

 いつもはモミジが断っても断っても、世話を焼いてくるから。

 私もそれに慣れて、いつしかそれが当たり前になって甘えていた。

「さて、行くか……」



場所は、警察署。

「百合姉、大丈夫?」

 途中で合流した初音が、心配そうに見上げる。

「ええ、大丈夫よ。それより、昨夜の事だけど……」

「うん。僕も、警察関係者さん、話しているの聞いて、知った事だけど」

 そう前置きをしながら、独特な喋り方で初音は語る。

「昨夜の夜会の帰り、華族のお兄ちゃんが通り魔に襲われた」

「華族のお兄ちゃんって、まさか……」

「うん。僕の刀、盗った人」

 またアイツか!

「という事は、あの坊やがモミジが犯人って言ったわけ?」

 よし殺そう。

「ううん、それが……」

 初音が軽く首を振った。

「よく分からないの」

「え? 分からないって……」

「華族のお兄ちゃんは後ろから誰かに切られたみたいで、背中から腕に刃物で切られた跡があった」

 刃物?

「お兄ちゃんの悲鳴を聞いて駆けつけた時、現場には血のついた短刀を持ったモミジ姉と、華族のお兄ちゃんが倒れているだけだった。それで、モミジ姉が……」

「何それ。証拠らしい証拠ないじゃない」

「うん。それに、何だか、おかしかった」

 初音が俯きながら言った。

「モミジ姉、すぐに警察の人達に囲まれて、捕まっちゃったんだけど……何だか、手際がいいっていうか、まるで劇場みたいだった」

 何だか、何か裏がありそうな感じ。

 あの華族の坊やもそうだけど――


――『”全ては繋がっている”。どうか、この言葉を、忘れないで……』


 あの時の、外套の少女――黄葉もみじが言っていた事も気になる。

 もしかしたら、あの黄色の令嬢――しきみが一枚噛んでいるって事も――。

「ふぅ」

 私は、小さく溜め息を吐いた。

 駄目だ。考え出すと、全てが怪しく思えてくる。

 ――いつもこうやって行き詰まると、あの子が余計なちょっかい出して、気を紛らわせてくれるから。

「百合姉」

 ふいに、初音が私の袖を小さな力で引っ張った。

「僕じゃ頼りないかも知れないけど、僕、力になるよ。モミジ姉みたく、上手に出来るか、分からないけど。尊敬する藤田五郎の名にかけて、百合姉の力になる」

「初音……」

 いい子だ、やっっぱりいい子だ、この子。

 思わず私は初音を頭ごと抱き締めた。

「ありがとう。その時は頼むわね」

「うん。それとね、百合姉。関係あるか分からないけど……」

「うん」

「モミジ姉が現場で持っていた短刀なんだけど……」


「小夜左文字みたい」


「……!!!」

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