真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹⑭

公開日時: 2020年12月20日(日) 02:13
文字数:2,698

 切腹と、斬首では、同じ「死」でも意味合いが異なる。

 当時、魂は腹に宿ると言われており――腹を切るという行為は自ら魂を暴き、ここに武士の魂が宿っている事を証明する儀礼の一種でもあったそうだ。

 単純に死に際を飾るためでなく、主に対する異議申し立てや、潔白を証明するために腹を切る事もあった。

 腹を切ったくらいじゃ人は死なない。死にたい程の傷みにもだえ苦しむだけで、死ぬまで相当時間がかかる。だから、必ず切腹する時には介錯人――とどめを刺す人間が必要だった。

 誰かにとどめを刺してもらえないと死ねない程に、苦しくて、痛い。

 だけど、武士は腹を切る。そこに魂があるから。魂を暴くために。


 だから、武士に憧れていた近藤勇にとって、それは腹を切る以上に辛かった事だろう。


「それが滑稽だというのよ」

 樒が、無感動な笑みを浮かべながら言った。

 とことん茶々を入れるのが好きのようだ。

「義だなんだ言っても、所詮は逆賊。どうなるかなんて目に見えているでしょう。腹を切ろうが、首を落そうが、死という未来は変わらないのだから。なのに、どいつも、こいつも、どうして、そこに”美”を見いだそうとするのかしら」

「それは違いますよ、ご令嬢」

 私が口出しするとは思わなかったのか、樒は始めてわざとらしい笑みをやめた。

「人の数だけ、”義”は存在する。善悪なんかで判断できるほど、軽いものではないのですよ」

 近藤さんの義、土方さんの義、斎藤さんの義。

 それぞれの義がある。してきた是非や、結果なんかで、判断出来ない程に、それはとても尊いものだ。

「初音、あれは近藤さんが斎藤さんに贈った物だって言ったわね」

 こくり、と初音は頷いた。

「正しくは、託した物。近藤さんは、捕縛される少し前に、何となく、新撰組の未来、分かっていた。このまま突き進んでも、自分達には破滅しかない、って。何となく、気付いていた。だから、斎藤一に、託した。全部なくなっちゃう前に、託したの」

 もしかしたら、近藤さんは自分が処刑される未来も、予知していたのかも知れない。そして、その後、土方さんがどういう行動に出るのか。斎藤さんが、どういう選択をするのか。

「土方さんは、近藤さんを大将として、信頼していた。きっと自分の魂は、義は、信念は、彼が引き継いでくれるって、分かっていた。だけど、それは、いずれ自分と同じ未来……きっと、勝っても、負けても、彼は死んでしまう。殺されてしまう。だから、斎藤一に、託した。新撰組でも、近藤勇でも、土方歳三でもなく……胸に宿した義を貫ける、斎藤一なら、きっと道を違えても、託した義を、次に託してくれるって思ったから」

 近藤さんの予想通り、斎藤さんは土方さん達については行かなかったが、新撰組の斎藤一として最後まで戦った。

 そして、そんな彼に倣い、会津に残って共に戦う者もいた。

 久米部正親などがそうだ。彼らも、彼らの義に従い、会津に残って戦った。


 ――そう、いつだって人の数だけ義があり、義の数だけ道がある。


「正しいとか、間違っているとか。そんなもので判断出来るわけないか。こんなの、私でも鑑定出来ないわよ」

「当たり前だ」

 スバルが、はっきりと言った。

「僕ら鑑定士が出来るのは、美術品たちの真贋の査定だ。人の気持ちや信念など、数字で測れないものの価値を、一体誰が決められる」

「ええ、そうだったわね」

 この子は、こういう所だけは先代に似ている。

「初音……」

 私が声をかけると、凜々しい顔がこちらを見上げた。

「あんたの話をまとめると、近藤さんは終わりを悟り、斎藤さんに自分の三振りの内の一つを託したのね。そして、それは義の継承に近い行為だった……という事かしら?」

「よく分からないけど、多分そう。近藤さんは、新撰組の大将。だから、誰よりも、強く、正しく、我らを鼓舞する存在でなければならなかった。その証として、長曾袮虎徹があった。それが作られた逸話だったとしても、斎藤さんは、【近藤勇の逸話】を護るために、全部黙っていた」

 もし大将が贋作を真作だと思って使っていたとなれば、近藤さんだけじゃなくて、新撰組の面目も丸潰れだ。

 ただでさえ、当時の新撰組は、身分問わず武士になれるという名目の元に集められた。

 近藤さんも、元は農民。昔から武士に憧れを抱き、縁あって道場主にまで上りつめ――最終的に、武士にもなれた。皮肉にも、その時は既に「武士」という名にあまり意味を持たなかったが。

「百合姉なら、知ってるでしょ。近藤勇が、早々に処刑された、理由」

「ええ……たしか、きっかけは坂本龍馬の暗殺事件だったかしら」

 坂本龍馬の暗殺事件は、世間を騒がせた。本来なら、そこまで騒がれる程のものではなかったが――騒がずにはいられない事態に発展した。

 それが――

「土佐藩が、許してはくれなかったから」

 坂本龍馬は薩長同盟を始めとして、あらゆる出来事を発展させてきた。今の大日本帝国にも、多くの影響を与えている。

「その龍馬が暗殺されたとなっては、土佐としては黙ってはいられなかった。特に、当時の土佐は、新撰組が暗殺の犯人だと思っていたから」

「あれ? お姉様、坂本様をぬッ殺したのって、たしか、佐々木って人じゃ……」

「真相は分からないけど、そう伝えられているわ。だけど、今そう伝えられているように、当時も真相なんて分からなかった」

 坂本龍馬の暗殺の犯人が、見回り組の佐々木只三郎である事は有名な話で、諸説ある。

「現に、佐々木只三郎が犯人だって説が出てきたのは、近藤さんが処刑された後だって聞くわ」

 鑑定協会に残っている資料によると――たしか佐々木さんが「龍馬はぁ、俺が殺ったんだよねー」って勢いで言っちゃったらしい、と兄弟が証言しているらしい。迂闊すぎる。

「だけど、当時の土佐は新撰組が龍馬の仇だと思っていた。だから、早々に近藤さんに”とっとと殺せや”って処刑をせがんだ」

 私が、言える事は、ここまでだ。

 ざっくりだが、これが近藤勇が捕縛されて、処刑されるまでのおおまかな流れである。

「初音……」

 私の意図を察した彼女は、小さく頷いて前に出た。

「新撰組が反乱分子扱いされて、追い詰められる中。近藤さんは、もしもの時のために、三つの虎徹の内の一つを、斎藤一に託した」

「理由は、彼が自分が贋作の刀を持っている事を知っていた唯一の人物だから?」

「それも、ある。だけど、斎藤一は、先祖は、こう思った。”ここに彼の誠が宿っている”って。近藤さんは、斎藤一の事を、斎藤一以上に理解していた。だから、きっと、彼が己のが義のために、新撰組から離れる事も。そして、離れていても、彼は新撰組であり続ける、と。だから……」

「刀剣に思いをのせて、託した」

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