「よう、モミジ。相変わらず、重そうな身体してんな」
「あら、もみじ。相変わらず、品のない身体してますわね」
そんな煽り文句を互いに買わした後――二人は一度視線を合わせると、全く同じ動きで、同時に後ろへと下がった。その時、モミジの頭の紅葉の髪飾りが、対する彼女――もみじの頭の上の紅葉の装飾の簪が揺れた。
――まるで鏡でも見ているみたい。動きが似ているというより、全く同じ。
「おらあ」「うらあ」
モミジは打刀を真上から振り落とし、もみじがそれを短刀でいなす。それに続く形で、モミジが斬りかかり、もみじが流していなす。そんな鏡芸のような動きが何度も繰り返される。
「このっ!」
ラチがあかないと思ったのか、モミジは一度大きく打刀で短刀を振り払うと、後ろに下がって距離を取った。
「今回はよくもやってくれましたわね」
「おいおい、ちょっとからかっただけだろ。ガキじゃねえんだ。そうムキになんなよ」
「人に濡れ衣被せておいて、何を言いますの!」
「おいおい。そもそも、オレは親切な方だぜ? わざわざ宣戦布告してやってんだから」
宣戦布告?
何かを仕掛けるつもり、という事だろうか。
「お前、黄色の娘っ子にも会ったんだろ? なら分かるだろ。まあ、あの娘っ子は気まぐれだから、偶然遭遇したってだけかも知れねえが……黄色に赤とくりゃ、偶然じゃねえよな」
「何を、始めようとしてますの?」
「そこまでよ」
話の展開が全く掴めないが、長い事放置されたため、悪いけど割り込ませてもらった。
私は臨戦態勢を取る二人の間に割り込むように立つ。
「さっきから何を話しているのか分からないけど……今回、うちの妹分に冤罪ふっかけたのが、あんたって事でいいかしら?」
「……はっ」
もみじは答えず、挑戦的に鼻で笑った。
――こいつ、私の事、完全に舐めてやがる。
特に胸に意味深な視線を送るのは、わざとじゃないだろう。
「モミジ姉が、冤罪。なら、真犯人捕まえる」
独特な口調で初音も敵を見る目で窓の縁に立つもみじを見た。
三対一。どう見ても、こちらが有利だ。特に、こちらにはモミジと初音という少女の枠からはみ出た戦闘能力高い系女子もいる。
それに、ここは警察内部。逃げられるわけがない。誠一だって、すぐに駆けつけてくれる筈。
――なのに、何だろう。あの人のあの余裕は。
と、その時、入り口付近から複数の足音が響いた。すぐに初音が反応して扉へ向かった。
「どうやら、騒ぎを聞きつけて、警察達も駆けつけたようね」
「はっ、とことんおめでたい姉ちゃんだな」
見下すというより、呆れたように彼女は言った。
「そもそも、何で警察が、駆けつけてきた奴らが味方だなんて思えるんだ?」
「……っ」
咄嗟に振り返ると、警察の制服を着た男達がなだれ込むように数名入ってきた。そして、部屋の状態を見て状況を把握したのか、腰の刀へ手を伸ばし――
「お初ちゃん!」
モミジが叫ぶのと、男が身近にいた初音に刀を振り落とすのは同時だった。いつもなら応戦出来ただろうが、今、初音の刀はモミジが持っている。さらに言うと、完全に警察だと思っていた初音はかなりの至近距離まで接近していた。
これは――避けられない。
「……おい」
刹那――藍色の隊服が、初音の前に立っていた。
刀を振り上げた男の喉元に、駆けつけた誠一の鋒が突きつけられる。
「俺の妹に、何をしている?」
「くっ……」
男が後ろに下がろうとすると、誠一が少しだけ喉元を鋒で撫でた。
「動くな。次、逆らったら、首をはね飛ばす」
「いち兄……」
自分を背に庇う兄に初音が声をかけると、彼は振り返らずに言った。
「下がっていろ。兄ちゃんが護ってやる」
「うん」
そんな兄妹のやり取りを嘲笑うように、後方でもみじが声を上げて笑った。
「へぇ、警部補が出てくるのは意外だったな。オレの予想だと、色気のねえ姉ちゃんと斎藤一の方の嬢ちゃんを惨殺して、今度こそ殺人鬼として処刑される、っていう流れだったのに」
「本気でおっしゃてます?」
微かな殺気を放ちながらモミジが問うと、もみじはやれやれと手をひらひらと振った。
「まさか。ただの挑発だよ」
もみじがそう言い、モミジが何か言おうとした時――大勢の足音が響いた。
「侵入者だ、捕らえろ」
誠一がそう言うと、駆けつけてきた誠一の部下らしき男達が、初音に危害を加えようとした男達を捕縛しにかかった。
争う声が響き、モミジと共にもみじを捕らえるか、初音を保護するか迷っていると――真後ろに気配が立った。
「お姉様!」
背中に触れる柔らかい感触と、私の影を飲み込む人影を見て、すぐに誰か分かった。
「もみじさん、でしたっけ?」
「ああ、平仮名の方のな」
「あんた、目的は?」
私が振り返らずに問うと、彼女はケラケラと笑った。
「さーて、あるにはあるが、お前には多分理解出来ねえと思うぜ。先代の影に縋り付くだけの、お前にはな……これじゃあ、紅月牡丹も気の毒だな」
「何で、あんたが先代の名前を……っう、ん!?」
思わず振り返ると、唇を塞がれた。
「……っ」
顎を掴まれて、体内の酸素を根こそぎ吸われる。突然の大人の行為に、全員が動きを止めて、私ともみじを凝視した。初音だけは誠一の手で視界を防御されていたが。
「……っはあっ……」
呼吸が上手く出来ない。突然解放され、私は膝を折って失った酸素を吸い込む。
「お姉様!」
すぐにモミジが私に駆け寄る。
「やっぱり色気のねえ反応だな」
「……っ」
私が唇を袖で乱暴に拭きながら睨み付けるように見上げると、彼女は心底楽しそうに笑った。
「まあ、いい。これで、挨拶は出来たからな。じゃあな」
また一瞬でもみじは窓の縁まで移動すると、これ見よがしに胸の谷間に短刀を突っ込み、飛び降りた。
「あ!」
追いかけて窓の外を確認するが、彼女らしき姿はない。
「何なの、もう……」
モミジやらもみじやらわけが分からないし、短刀は奪われるし。それに――
――モミジが冗談半分で迫ってくる時はあったけど、まさか本当に、あんな大人の方の……。
しかも、こんな大勢が見ている前で。
途端に恥ずかしくなり、その場にへたり込むと、背中に柔らかい感触がした。先程とは違い、危ない感じはなく、むしろ優しい温もりに包まれているようで――
「お姉様」
背中から抱きつきながら、モミジが言った。
「ごめんなさい、お姉様。モミジが傍にいながら……」
「……」
いつもなら引っぺがす所だが、今日は気分がいいのと最悪な事が混じり合っているせいで正常な判断が出来ない。
だから、こんな事するのは、今日だけだ。
「お姉様?」
私は身体を反転させてモミジの身体を正面から抱き締める。そして、背中を撫でながモミジの額に唇を近付け――そっと触れた。
「お、お姉様!?」
いつもは大胆に迫ってくるくせに、自分が責められると弱いらしく――モミジは年頃の娘らしく頬を紅く染めておでこを両手で抑えた。
「く、口直し」
「お姉様……それでしたら、是非モミジの唇をお使いくださしまし。思う存分、気がすむまで! さあさあさあさ!」
そうだった。こいつ、こういう奴だった。
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