真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹⑫

公開日時: 2020年12月18日(金) 11:06
文字数:1,714

「そう……だから、近藤さんの逸話は、おかしい」

「おかしいって……?」

 私の問いに、初音は、とても言いにくそうに顔をしかめながらも言った。

「近藤さんの刀、確かに頑丈。百合姉が言っていた通り、死体を複数重ねて斬って、下の台まで斬れた。だから、その頑丈さは、正しい。だけど、それは、動かない骨と肉の塊に関して言えば」

 ふいに、今まで初音がいった言葉が、脳裏をよぎった。

 「近藤勇の真作」「刀は三つある」「近藤勇の遺志を継ぐものの末裔」――。

 ――まさか……。

「近藤さんの”長曾袮虎徹”は三つあった。だから、どれも正しくて、どれも間違ってる」

「……そういう事。なら、あんたの先祖・斎藤一が隠したがる理由も、分かるわ」

 加えていえば、近藤勇が、なぜ他の誰でもない斎藤一にだけ託したのかも。

「お姉様、どういう意味ですか? 三つあるって」

「簡単な話よ。近藤さんは、長曾袮虎徹と呼ばれた刀を三振所持し、そして、その三振を、状況を見て、変えながら使っていたのよ」

「三つの刀を、同じ物として使っていたって事ですの?」

「そう……ある時は、斎藤一から貰った無銘の長曾袮虎徹」

 つまり、初音の祖父の形見であり、今ある抜き身の刀剣の事だ。

「そして、またある時は、刀屋から購入した刀……そういった具合に、状況に応じて、刀をすり変えて使った」

 刀は、繊細。手入れもせずに、乱暴に扱えば、すぐに刀身が傷んで、刀自身が死んでしまう。

「なら、どうして近藤さんの長曾袮虎徹は、池田屋事件の激戦で耐えられたか。答えは簡単。三つの刀を、交互に使って、全体への傷みを最小限に留めるようにしたから。そういう事でしょう? 初音」

 初音は、こくりと、頷いた。

「きっかけは、斎藤一が渡した刀。当時、斎藤一は新撰組の局長である近藤勇に、大将として相応しい刀を渡そうと、打刀を購入した。それが、これ」

 抜き身の刀剣は、もうとっくに役目を終えているというのに、今でも切れ味を保っている。

「最初は、長曾袮虎徹として渡したわけではなかった。途中で、長曾袮虎徹って言われたけど、本当は、ただ切れ味のいい刀」

 斎藤一が渡した刀が、長曾袮虎徹と呼ばれたのは、後からだったというわけか。

 ――切れ味のよって、当時爆発的人気だった長曾袮虎徹だと思い込んだか、または全く別の企みがあったかは分からないが。

「そして、長曾袮虎徹と呼ばれるようになって、斎藤一は困った。それが長曾袮虎徹じゃない事を、誰よりも知っていたのは、斎藤一だったから。その彼の気持ちを察してか、言われ続けたせいで本当の長曾袮虎徹が欲しくなったのかは分からないけど、近藤さんは長曾袮虎徹を求めた。その結果、三振りの長曾袮虎徹が、彼の元に集まった」

「当時から、新撰組では、太刀を使った訓練を行っていて、敵の刀を叩っ切る訓練もしていたと聞くわ。近藤さんは武士の生まれではないけど、その腕前はそこらの武士よりもはるかに上。ただ、普段から太刀を使った訓練など、力の入った訓練をしていれば、実際戦う時に、打刀を用いるわけだから、刀の方に負荷がかかる」

 簡単にいえば、訓練と実践では、刀剣の強度が違う。相手の刀剣を壊すほどのものなら、きっと自分の刀剣にもそれなりの損傷を負う。

 そこで考えついたのか、偶然そうなったのかは分からないが、近藤さんは長く戦うために、三振りの刀剣を交互に使った。

「それで、逸話が三つも存在するってわけね」

 逸話が複数ある事があるが、彼の場合は、逸話によって鑑定結果が異なる。

 長曾袮虎徹が、真作か贋作かが分からないのは、これが原因だったというわけか。

 ――彼が交互に使っていた長曾袮虎徹の中に真作があったかどうかは、本人すら知り得ない事か。

「ですが、近藤さんが三つの刀を使っていた事が、一体何なんですの? 別にいいじゃありませんか」

「モミジ、そう簡単な事じゃないのよ。新撰組の知名度を上げた事件が、池田屋事件。そして、その池田屋事件で、何人もの斬り伏せた名刀と、その名刀を見事扱い抜いた近藤勇。これらが全て揃って、近藤勇の逸話エピソードは完成する」


 今なら初音の言った言葉の意味が分かる。

 三つの長曾袮虎徹によって、近藤勇の物語は生まれた。つまり、長曾袮虎徹が、近藤勇の真作ほんとう

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