真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

太刀・雷切④

公開日時: 2020年11月25日(水) 23:07
文字数:5,217

       *

 

「へぇ」

 騒ぎをききつけて、入り口付近に集まる令嬢達を見て、『彼女』は呟いた。

 扇子で口元を隠しながら、『彼女』は笑う。

「物見遊山程度で来てみたけど……少しは、楽しめそうじゃない」

 くつくつと『彼女』が笑うと、不審に思った周囲の令嬢が怪しみながら距離を取った。

「お嬢様」

「あら、もう見つかっちゃった?」

 後ろから声をかけられ、『彼女』は問うた。

「当たり前です。貴女はただでさえ目立つのですから」

「あら? この金に輝く髪の事かしら」

 『彼女』は金色の髪の毛先で、わざとらしく自分を見上げる少女の頬をなぞる。

「ひゃわっ! やめてください」

 少女が小さく悲鳴を上げたため、無用の注目を集めてしまった。少女は恥ずかしそうに頬を紅く染めながら、”主人”を見上げる。

「あらあら、そんな顔したら可愛いお顔が台無しよ」

「そんな事はどうでもいいのです」

 少女は頬を膨らませながら『彼女』に言う。

「ほら、行きますよ……しきみ様。【黄色ノ令嬢】がこんな所にいると分かったら……」

「ええ、ええ、分かっているわよ。ではおいとましましょうか……黄葉もみじ

 

 令嬢や使用人が溢れる会場で、二つの影はゆらりゆらり、と人の間をすり抜け――誰にも気付かれずに、去って行った。

 

       *

 

 ――さて、と……どうしたものか。

 

 ひとまず彼女(あとモミジ)を連れて、私達は駅前の茶房かーふぇーに入った。

 今となっては西洋風の茶房かーふぇーも真新しさに欠け、それほど珍しいものではない。むしろ最近では町に馴染み、珈琲が珍しかった時代は終わった。

 しかし、突き詰めれば技は磨かれ、ただ新しいものだけを取り入れた最近の茶房かーふぇーとは異なり、この店は純粋に珈琲の旨さにこだわっている。変わらない味わいは職人の誇りを感じさせ、私のお気に入りの店の一つでもある。特に真新しい派手な装飾の店ばかりに客足が運ぶせいか、ここは馴染みの客しかいないため、常に落ち着いた雰囲気であり――、こういった細かな話をするにはちょうど良い。

 店の奥の四人席に、私達は腰掛ける。窓際に私、その隣にモミジ。そして私の正面に少女が座る。静かな伝統西洋音楽くらしっくが、店の落ち着いた雰囲気を引き立てる中、モミジが長い沈黙に耐えきれずに切り出した。

「まずは自己紹介からですね。モミジは、モミジです。気軽にモミジとお呼びください」

 日本語を喋ってやれ。どういう自己紹介してんだ。

「は、はあ」

 案の定、彼女は顔を引き攣らせた。 

「お姉さんのお名前は?」

「あ、あたいは……小西こにしすず。五に鈴で、五鈴」

「五鈴さん、ですね」

「うん」

「続きまして、こちらはモミジが愛してやまないお姉様。名を、紅月姫百合様。見た目も名前も百合のように美しい凜々しい、モミジの自慢のお姉様ですわ」

 だから、どんな紹介の仕方してんだ。

「もしかして、三丁目で鑑定屋さん?」

「え、ええ、まあ」

「そ、そうなんだ……」

 彼女は信じられないものでも見るように私を見た。正面に座っているせいで自然と彼女と視線が何度もぶつかるが、目が合った直後に慌てて視線を逸らされる。その頬は微かに紅い気がするのだが。

「何を見つめ合っているんですの!」

「ぶふっ……」

 突然モミジが私の頬を掴んで、無理やり自分の方へ顔を向けさせた。首がねじ切れるかと思ったわ。

「お姉様は、モミジのお姉様なんです。パッと出が、モミジとお姉様の間に入れると思わないでください!」

「だから、誤解を招く言い方をやめさない!」

 ぱしん、とモミジに頭突きをすると、モミジは頭を抑えて、そのまま椅子の背もたれに倒れ込んだ。

「こ、これが、求婚……」

 もう放っておこう。

「あのー」

「ああ、ごめんね。アイツはバカだから、気にしないで。バカだから」

「は、はあ」

「それより、さっき、雷切って言っていたわよね?」

「あ、うん……」

 先程のひと悶着のせいか、歯切れ悪く答えた。

「お姉様! 雷切ってどんな刀なんですの?」

 復活が早いな。

「雷切……正確には、<太刀・竹俣兼光たけのまたかねみつ>。上杉うえすぎけんしんが家臣から献上されて以降、上杉家の家宝として長く使用していたものよ」

 正確には、『上杉二十五将』の一人、竹俣三河守頼綱から献上されたものであり、それゆえ「竹俣兼光」と呼ばれていた。

「雷切って、なんか聞いた事あるような……」

 モミジが頭を捻りだしたが、おそらく彼女が聞いた事のある雷切は別物だろう。

「お前が言っているのは千鳥……立花道雪の脇差の方じゃない」

「そう、それです。流石、お姉様! モミジの全てをお見通しだなんて……」

「よく勘違いしている人が多いけど、千鳥と竹俣兼光は別物よ。千鳥、後に雷切丸と呼ばれたのは、無銘の脇差。こっちの方が知名度は高いかもね」

 <脇差・雷切丸>は現存の刀であり、立花道雪関連の資料館に所蔵されていた気がする。刀工は不明の無銘の刀であるが、当時の鑑定担当者によると太刀を脇差に打ち直したものらしい。

「まあ、両方とも雷神を斬ったゆえ、そう呼ばれるようになったという点は同じだけどね。ただ、雷切は雷切丸と違い、現存はしてないわ。大阪夏の陣で消息不明となり、その後徳川家が金二〇〇だか三〇〇を報酬に探し出そうとしたが、未だ見つかっていない……伝説の刀よ」

 と、端的に説明した後、私は再度正面の五鈴に視線を戻す。

「先程、あれは偽物って言っていたわね」

「あ、ああ。その……信じてくれるか分からないけど、本物はあたいが持っているんだ」

「お前、が?」

本物か偽物かは別として、彼女が背負う棒状の何か。あの形状は何度か見た事がある。

「太刀ね」

 布越しでも分かる、綺麗な斜めを描く形からして――この太刀は馬上での戦を視野に入れて作られている。もし本当に戦場で使うつもりがあったならば、の話だが。

「その……あたいの家は元々質屋で……。ていっても、あたいが生まれる前に店を畳んじまったらしいけど。結構古い家でさ」

 今の時勢、珍しい話ではない。

 旧時代から新時代へ移り変わった際に、大きな変化は町並みや文化よりも、身分制度だ。

江戸時代では士農工商――早い話、武士中心だった。それが新時代に突入し、それが廃止となり、代わりに華族・士族・卒族・平民の四民制へと移った。変わったといっても名称が変わっただけで身分差は残り、時代が武士中心から華族中心へと変わっただけだ。

 現に、先程のような光景を何度も見てきた。

 華族は絶対であり、華族は自分達以外の全てをそもそも同じ人とすら思っていない。

 

 ――その事を、私は身をもって知っている。

 

 特に華族達の間では『浪漫財』の所有によって最悪身分剥奪もあるため、「貴重な物の所有=華族」という図式が成り立っている。

 そして、身分が変わっても続く家というものは華族だけでなく、彼女の場合は、商いは止めたが家自体は衰えず、今でも残っているという事だ。

「それで、まだ旧時代の時に、あたいの先祖が、あるお侍さんと約束したらしいんだ」

 

五鈴の話をまとめると――、彼女の先祖は、商人であったが、とある武家の子息と幼馴染みであり、幼い頃などはよく遊んでいたらしい。

 

「だけど、友達って言っても所詮商人と武家。身分が違う。そのせいで、向こうのお侍さんが成人する時に、周囲に大人達にもう会うな、って引き離されちまったんだ」

 さらに言うと、二人の取り巻く環境は戦乱によって引き剥がされ、武士だった友人は戦に出ないといけなくなり、本格的な別れが待っていた。

「まあ、時代が時代だからな」

「うん。だから、最初は二人とも納得はしていたんだけど、今までの事が全部なかった事にされるのは寂しいから、って。それで、別れの時に、大切な物を交換したんだって」

「それが、この太刀って事か」

 戦乱という事は、まだ戦が勃発していた戦国くらいだろうか。もしそうなら、武士にとって刀は魂の象徴であり、いくら仲の良い友人とはいえあっさり譲渡する事などあり得ない。そこから、二人の絆の強さが分かる。

「お侍さんはこの太刀を、あたいの先祖も家宝を送ったらしいんだ。それで、もし、もう一度会える時が来たら、共に自分の宝物を返そう、って」

「うぅ、泣ける話ですね」

 モミジがわざとらしく目頭を押さえた。さり気なく私の裾で顔を拭くのをやめてほしい。

「結局、その約束は果たされないままなんだけど。あたいの家では、いつかそのお侍さんの子孫が、あたい達と同じように語り継いで、この太刀を受け取りに来る日を待っているんだ」

「成程。あらかたの理由は分かった。しかし、それで、どうして<太刀・雷切>が?」

「死んだ爺ちゃんが言うには、約束の太刀は<太刀・雷切>だって伝えられているんだ。それが理由ってわけじゃないけど、あたいの家ではたとえ店を畳んでも魂だけは畳まず、雷切は護り抜くように言われているんだ。あの刀は、お侍さんとの友情の証。この刀は、人との繋がりを大事にする限り、絶対にあたい達を護ってくれるから、って」

 がさつな印象の強い少女だが、横顔にほんの少し母性に近い愛情が見えた。

「大事な刀なんだね」

「い、いや、大事っていうか……!」

「顔を見れば分かるわ。お前が“お前の雷切“について話す時、とても良い顔をしていた。大切に思っている証拠でしょ」

「そ、そんな事……」

 また顔を紅くして俯いてしまった。物を大事にする事は良い事だから褒めたのだが、何か問題だったのか。私がぽかんとしていると、モミジが片腕にふくよかなモノを押し付け、「お姉様の浮気者―」と両腕で私の腕を締め付けてくる。何なんだ、こいつは、さっきから。

「それで、あの展示会の目玉が<太刀・雷切>と聞いて偽物だと言った、というわけか」

「そうだ! 雷切は、友情の証だ。それを見世物みたいに!」

 がつん、と五鈴は小さな拳で机の上を叩いた。

「その上、華族じゃないと古刀展には入る事すら出来ない。そんなの、人との繋がりの象徴である“雷切“に失礼だ!」

「い、五鈴さん、落ち着いて下さい」

 と、軽く彼女を諫めた後、モミジは私を見上げた。

「でも、雷切が二つあるって事は、どっちかが偽物って事ですかね?」

「そういえば、そんな話があったな」

「そんな話って?」

「謙信以降の時代。上杉景勝が京へ雷切を拵え直しに……」

「こし、らえ?」

 五鈴が首を傾げた。

「端的に言えば鞘や柄、鍔の部分の事よ」

 一言に拵えといっても、太刀拵えと打刀拵えではだいぶ違う。

 太刀の拵えは、基本武家の物だと戦場で使うものだが、貴族の場合は位の高さも示すため、美しい装飾が多い。逆に、室町以降の打刀拵えは実戦を重視し、装飾は少なく、抜刀しやすいように腰帯などがついている。

「拵え直しは、そこの歪みとかを修正する作業よ」

 そして、肝心なのはこの後だ。

「拵え直しを終え、雷切が越後へ戻ってきたのだが……それは雷切ではなかった」

当時にも名称は違えど今の認定鑑定士のような役職のものがいた。おそらく今の認定鑑定士はそいつらから生まれたのだろう。現に、鑑定協会の資料には、こう書かれていた。

「本物の雷切は、すり替えられた。京の刀匠や研ぎ師達が贋作を作成したんだって」

「それは……また大胆な」

「ええ、当然ばれて、本物は景勝の手に帰った」

 結局は夏の陣で紛失してしまうが、その前にもあやうく紛失しそうになったというわけだ。だが、この話の面白い所は別にある。

「でも、それって……景勝を中心に、景勝の元へ刀が戻るまで、当時の鑑定士以外は誰も気付かなかったって事?」

 五鈴がおずおずと問うた。

「そういう事。鑑定士は本職であり、真贋を見極める鑑定眼はあるけど、他は違う。自分が普段振るっていても、それに気付かなかった。それ程、その時の贋作を作成した連中の腕は良かったって事」

 それともう一つ、<太刀・雷切>には珍しい特徴があり、それが決定打になった。

「でも、それとあたいの雷切の話と何が……」

「鑑定させなさい」

「え?」

「だから、鑑定させなさい。私が鑑定すれば、全て丸く収まる」

「えっと、それは……」

「さあさ、さあさ、さあさ!」

「いや、あの……」

 五鈴は困ったように軽く身体を引いた。

「流石、お姉様。全くもって、その通りですわ」

 モミジが目を輝かせながら言った。

「元より、あの古刀展の太刀は、依頼で鑑定する予定だったんですから。雷切候補が二つあるなら、お姉様が両方とも鑑定しても、問題ありませんわ。五鈴さんも、それでいいですよね?」

「えっと……」

「それに、五鈴さんだって、その話をしたって事は、少なからずお姉様に何か感じているからじゃないんですか?」

 モミジの言葉は、すんなり五鈴を納得させ、彼女は期待をもって私を見上げた。偉いぞ、モミジ。

「あ、でも、お姉様はモミジのお姉様ですから、惚れても差し上げませんよ」

 本当に、これさえなければ、完璧なんだけどなあ!

「分かった。あたいの宝、あんたに託すよ」

 およそ少女には持てないだろう大柄な刀剣が、五鈴の手から私の手に渡った。ずしり、と確かな重さが伝わり、軽銀あるみ製の複製品れぷりかでない事が重量から伝わった。

 

「それじゃあ……鑑定を始めましょうか」

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート