真贋乙女―ユリとコウヨウ

刀剣乙女の目は誤魔化せない
霜月セイ
霜月セイ

打刀・長曾袮虎徹⑬

公開日時: 2020年12月19日(土) 08:09
文字数:3,637

「へぇ。そういう事」

 ふいに、樒が可笑しそうに笑いながら言った。

「池田屋事件で大活躍した近藤勇の物語を完成させるため、あなたの一族は、ずっと刀が三振りあった事を隠し、一子相伝で護り抜いてきたって事。まったく、もっと面白い事かと思ったら、残念だわ。所詮、偽物は偽物って事かしら」

「何が、言いたい、の?」

 初音が震える事で問う。震えているのは恐怖からではなく、怒りからだろう。

「だって、そうでしょう? 新撰組は、偽物の武士。生まれや身分関係なく武士になれるという甘い言葉に惑わされ、集まった、武士の贋作。それなりに活躍もしたようですが、所詮、偽物は偽物。最終的には朝敵となって、反逆集団として処理された。偽物の行く末としては、唯一正しいかも知れないけれど」

「……っ」

 初音が身近にあった刀を抜いた。

 止めようと手を伸ばすが、私の速度では彼女の肩しか掠らなかった。

「先祖への、新撰組への侮辱、許さない……!」

 小さな影が華族の間をすり抜け、椅子の上に君臨し続ける令嬢へ向かう。

 対する樒はこの状況を楽しんでいるように、含み笑いを浮かべるだけで――

「モミ……!」

 咄嗟に止めてもらおうとモミジの名前を呼びかけた時。


「しまってください」


 幼さの残った女性の声が、静かに初音の心を鎮めた。

 突然目の前に現れた、小さな人影。初音よりも少しだけ背が高い。

 頭からすっぽりと外套を被った少女は、初音が鞘から刀を抜く寸前にその手の上に自分の手を重ね、抜刀を阻止していた。

 ――誰?

「ここで動けば、あなた自らが、あなたが大切にしている物を貶めます。『名』を守りたいのなら、今は抑えてくださいまし」

「……」

 初音は、少しの間、外套の主を睨み付けたが――やがて手を離した。

 外套の主は、初音がもう手を出さない事を確認してから、彼女に一礼し、背を向けた。

 状況についていけず、誰もが見守る中、外套の主がモミジの横を通り過ぎる。

「……貴女、それでも”モミジ”ですか」

「え?」

 モミジが振り返った時、既に彼女は樒の傍に控えていた。

「お姉様、お言葉が過ぎます」

「あら、お前こそ、誰が表に出てこいと言ったの? まったく使えない駒ね」

「……」

「怒った?」

「怒ってませんわ」

 樒の従者か、外套を被っているせいで表情が分からない。声からも何の感情も伝わってこない。

 ――さっきからくないを投げて周囲を黙らせていたのは、この子か。

「鑑定士のお姉様、どうぞ続きを」

「えっ……」

「貴女なら、導ける答えがある筈です。この夜会の最後に、相応しい答えが」

「少し買いかぶりすぎよ。私は、鑑定士。ただ導き出した答えを、伝えるだけよ」

「それでも、それが誰かの救いとなる事もありますわ」

 外套の中で、彼女が笑った気がした。


       *


 外套の主が気になったが、まずはこちらの問題だ。

 私は気を取り直して、見守る華族達に私が導き出した真相を告げる。

 ――あれ? でも、あの子、どうして私が”お姉様”って呼ばれている事を知っているんだろう。

 まあ、いいか。どうせモミジがそう呼んでいた所でも聞いたんだろう。

「とりあえず、鑑定結果からいうと、これは長曾袮虎徹の贋作」

 誰が打ったかは現段階では不明。時代は江戸のものなのは確かだけど、刀工までは分からない。

「つまり、”不明”というのが、答えね」

「不明って、銘がないって事ですの?」

 またこいつはよう!

 こいつは、何度同じ説明すれば気がすむんだ。

「いいや、無銘は無銘で、不明は不明。別物だ」

 その時、スバルがモミジに説明を始めた。

「たとえ誰が打ったか分かっていても、刀工によっては銘をあえて刻まない者もいる。そういった刀剣は、作者は分かっているが、無銘という扱いになるんだ」

 無銘は無名ではない。

 有名どころでいえば、ソハヤノツルギもたしか無銘だった。

 そこは完全に刀工の趣味であるが、これを語り出すと、収集がつかなくなるので、またの機会にして、次だ次。

「つまり、この刀は、完全に作者が不明。そして、元は無銘だったんだろうけど、そこに後から『虎徹』の銘を刻まれた、偽銘」

 贋作でよくある手口だ。

 元あった銘を焼消して、別の銘を入れるやり方や、無銘の物に銘を新たに刻む方法。

 銘の偽装だ。

「無銘の刀だからといって悪いわけじゃない。むしろ、後から無理に刻まれた事で価値が下がる事だってある」

 この刀は、完全にそれの類いだ。

 これだけ長い時間をかけても鋭さを損なう事はなく、多少の錆びはあっても、刀身は生きている。

 よほど頑丈で――そして恐ろしい程までに実践向きな刀。

「後から無理に銘を刻んだせいで、むしろ価値が下がったとも言える。勿体ない事をしたわね」

「だけど、そうまでして、隠したかった」

 私の言葉に、答えるように初音が言った。

「近藤勇は、虎徹の刀の持ち主。新撰組の大将として、相応しい刀を持ち、池田屋で活躍した。それが、斎藤一が望んだ、筋書きだから」

「やっぱり、あんたも、そして、あんたの先祖である斎藤一も、近藤さんの刀が三振りあった事も、その内の一つが、贋作だったという事を知っていたのね」

 もしかしたら、全てが贋作で、本当は真作を一つも所持していなかったかも知れない。

 さらに言うと、近藤勇自身、騙されたのではなく、その事を知っていた。

「実際、近藤さんが池田屋騒動の後に養父の秀斎しゅうさいへ宛てた書状でも、虎徹の刀をこれでもかってくらい、自慢していたらしいし」

 たしか、現代の言葉に訳すと――

「俺の刀マジすげえわ。永倉の刀は折れて、総司のは帽子折れ、平助のは刃切れささらの如くだったしー、倅の周平なんて槍折れてやがったし……まあ、俺の刀は虎徹だから、普通に余裕でしたけど?」

 てな感じだった筈。

 一瞬で、場の空気が凍り、全員が何か言いたそうな顔で私を見るが、事実は事実だ。只一人、モミジだけは「場を和ます配慮を忘れない、お姉様! 流石です」とうっとりしているが。

「だけど、疑問は残るわ。どうして、近藤さんの刀が、斎藤さんの元に……」

 たしか、斎藤一は――。

「斎藤一は、会津を救った英雄……。そして、同時に、新撰組と袂を分かった、途中で道を分けた、盟友」

 先程の樒の言葉を気にしているのか、初音は一度だけ視線を下に落とし――そして覚悟を決めたように瞳に強い意思を宿した。かつて、斎藤一が、没落寸前の会津の城を見て、その地に留まる事を決めたように。

「みんな、それぞれ心に宿した正義は同じだった。みんな、それぞれ正義を貫くための道が違っていた。土方さんは、近藤さんに託された新撰組を護るために、そして自分を信じてついて来てくれた仲間を、迷子にしないために、前に進むしかなかった。そして、斎藤一は……会津に最後まで義を尽くした。それが、斎藤一の正義で、信念で、彼の侍道だったから」

 もうすぐ没落するであろう会津の城を前に、土方さんは新撰組の未来のために、最後の戦いの場へ向かった。彼には、進む以外の選択肢がなかったから。

 そして、斎藤一は、落ちる寸前の城を見て――、会津と運命を共にする道を選んだ。

 ここが、彼と、彼らの、分岐点だった。


『今落城せんとするをみて志を捨て去、誠義にあらず』


 その時の斎藤一がいった言葉――と伝えられているものだ。

 その短い言葉に、一体どれだけの葛藤と決意と、そして「義」が込められたか。

 私は、「最悪」を知っている。呼吸の仕方すら分からなくなる程の地獄を知っている。

 だけど、彼のように戦は知らない。そんな私が、こんな事を言うのはお門違いかも知れないけど――


 ――最高に、格好いいじゃないの。


「多分だけど、斎藤一は、嬉しかったんだと思う」

 初音がぽつりと言った。

「斎藤一は、過去に潘を追われている。だから、自分をもう一度受け入れてくれた新撰組が、会津藩が、とても好きだったんだと思う。とても大切で、失いたくなくて……だから、たとえ、どんな結末であろうと、最後まで、最期まで、共に歩もうって思ったんだと、思う」

 喧嘩で人を斬って潘を追われた斎藤一が、行き着いた先が会津藩であり新撰組だ。

 確かに、あの時代では潘を追われるという事は、帰る場所を失う事と一緒。

 ――その気持ちは、何となく分かる。

 帰る場所がなくて、だからこそ、自分を受けいれてくれた場所を護りたいって気持ちは。

 私は無意識に先代から継承した羽織を握り締めていた。

「だから、新撰組が、新撰組を最後まで貫くために、会津を、落ちそうなお城に背を向けて先に進む中、斎藤一だけは、会津に残った。会津への恩義に報いるために、それぞれの”義”を貫いた。その証が、この刀」

 初音は、抜き身の刀身に手を伸ばし、触れるか触れないかの位置で手を止める。

「あれは、近藤さんが斎藤一に送った、最初で最後の贈り物」

「どういう事? たしか、その時には近藤さんは……」

 近藤勇は、処刑された。

 既に逆賊扱いされていた新撰組は、追い詰められたすえに、大将を奪われた。

 処刑が決まった時、武士として死にたかった近藤勇は切腹を申し出た。しかし――「農民風情が」と却下され、罪人として首を落された。

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