「痛ってぇ……」
剣を手放さなかったのは僥倖という他ない。打ちどころが悪ければ、今の一撃で動けなくなっていた。
セスは剣を構え、コヴァルドの追撃に備える。
森林を縫うようにして、コヴァルドが猛進してきた。距離が詰まると、鋭利な爪を横薙ぎに振るう。大きな前足はセスの胴体ほどもあり、回避する隙間を埋めている。
至近距離からの爪撃。左右にも後ろにも避けることはできない。かといって前進すれば致命的な噛みつきが待っている。
セスはその窮地を、大木を盾にすることで逃れようとした。不規則に並び立つ木々を利用して、コヴァルドの動きを封じる作戦だ。
が、巨体から繰り出された爪撃は、太ましい大木をまるで小枝のように叩き折った。木片が舞い、幹が倒れて土煙を巻き上げる。
「うそだろ……!」
まさかここまでの威力があるとは思っていなかった。しかし、たとえ一瞬でも自分を見失ってくれたのなら、狙い通りである。
姿勢を下げてコヴァルドの眼前に頭から跳び込んでいたセスは、立ち上がりざまに魔獣の無防備な鼻先を二度斬りつけた。体毛に覆われないこの部位は容易く刃が通る。好機は逃さない。大きく仰け反ったコヴァルドに肉薄し、その体毛を掴んで巨躯を駆け登っていく。
「これで――」
セスはコヴァルドの頭を蹴りつけ頭上高くへと跳躍。空中で全身を翻し、眼下のコヴァルドに照準を合わせた。
「終われ!」
降下によって全体重を乗せた剣が、咄嗟に頭を上げたコヴァルドの額に潜り込んだ。刀身の根元まで深く突き入れた刃は、頭骨を貫通して脳に直撃。
コヴァルドは一度大きく身を震わせると、断末魔を上げることも叶わずに力なくその場に倒れ込む。巨躯が地を叩き、土埃が舞った。
静寂を取り戻した森に聞こえるのは、荒い呼吸音だけだ。
骸となったコヴァルドの上で、セスは勝利というよりは生存の余韻を感じていた。
「なんとか、なったか」
長い溜息には、安堵と自虐が多分に含まれていた。
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