「久しいですねアーリマン。音沙汰がないもので、旦那様もお気にしておられました」
責めるような口調のティアに、アーリマンは愛想笑いで応える。
「いや、申し訳ない。ここ数年は多忙だったもので。つい連絡を怠ってしまった。トゥジクス様には多大なご恩があるというのに」
「そう思うならば、私用を排してでも顔を出すべきでは?」
「仕事が一段落したらそうするよ。しかしティア。キミは相変わらずだな」
平時はあまり無表情を崩さないティアが、静かな怒りを露わにしていた。それだけでもセスにとっては珍しいのに、アーリマンはそれを指して相変わらずだと言う。
「暇を出されたといっても、あなたはラ・シエラに仕えた使用人です。少しは自覚を持って下さい」
「はは、これは手厳しい」
「まあいいじゃない。ここで会ったのも何かの縁なんだし、せっかくの再会を喜びましょう」
シルキィの声は弾んでいた。彼女の記憶にあるアーリマンは、優しく穏やかな兄のような存在であった。
「それにしても雰囲気が変わったわね。言われるまで全然わからなかったわ。背も髪も伸びて、なんだか大人みたい」
「私も二十四になりましたから、もう大の大人ですよ。そう仰るシルキィ様こそ、ご立派に成長されているではありませんか。見違えるほど美しくなられましたな」
「そうかしら?」
澄ましてはいるものの、シルキィは満更でもなさそうだ。セスにはちょっとおもしろくない。
「仕事が忙しいって。あなた、今は何をしているの?」
「ここ一年はダプアに留まっています。剣闘というものに関わっておりまして」
「剣闘?」
その単語を聞いて、シルキィは目を輝かせた。レイヴンズストーリー愛読者のご多分に漏れず、彼女もその手の話に興味津々であった。
「剣闘士レイヴンの名にあやかってこの街を発展させようと、無い知恵を絞っているのです。この大通りをご覧になるだけでも、我々の努力が見て取れるでしょう?」
剣闘士レイヴン誕生の地。演劇レイヴンズストーリー。レイヴンまんじゅう。レイヴン人形。そこかしこにレイヴンの文字が綴られたのぼりや看板が挙げられている。右も左もレイヴン一色。そこかしこに商店ばかりが並び、活気に満ちていた。
「すごいじゃない。ね、ティア」
「はい。陽気で華やかだと思います。サンルーシャとはまた違った趣がありますね」
ティアはアーリマンの功績を賛美することに些か抵抗があるようだったが、そんなことはどこ吹く風、アーリマンは自信ありげに頷く。
「十日後には盛大な祭りが開催されますよ。是非シルキィ様にご覧頂きたいものですが」
「十日かぁ。さすがにそんなに長くは滞在できないわ。新学期が始まっちゃう」
「おや、それは残念。では、もし剣闘に興味がおありなら、いかがでしょう? 私が経営する闘技場にご招待差し上げます。もちろんお連れの方もご一緒に」
アーリマンは人受けのよさそうな笑顔をセスに向けた。
それに対しセスは、胡乱なものを見る眼差しで応える。
「あんた、お嬢に剣闘を見せるつもりか。感心しないな」
「ふむ。いや、これは失礼。確かにシルキィ様には少し刺激が強すぎるかもしれませんね」
「なに? どういうこと?」
小鳥のように首を傾げるシルキィに対して、セスは通りに並ぶ店舗群を指した。
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