騎士達は、王の為に死ぬことを許されなかった。
命を賭して守ると誓った主君を背に、生まれ故郷を去る。彼らに課せられたのはかくも残酷な使命であった。
大陸に勇名を馳せたアルシーラ聖騎士団は、常に王と共にあり、王と共に歩んできた。女神アイギスの眷属を謳う騎士達の武勇たるや凄まじく、周辺諸国からの畏敬を集めんばかり。女神の眷属たらんとする彼らの生き様は、清廉であり実直であった。信仰を誇りとし、忠義に生きる志士。アルシーラ聖騎士団は皆一様に、王と祖国に全てを捧げる覚悟を持っていた。
だが、ロードルシア帝国の強大な暴力は彼らの覚悟をあざ笑うかのように蹂躙した。膨大な兵力と強力な新兵器を投入した帝国軍の前に、アルシーラは奮闘むなしく敗北を重ねていったのである。
帝国の使者は、王に服従を求めた。否、服従などという生優しいものではない。玉座を捨て、国を明け渡せと文字通り剣を突きつけたのだ。
使者にあるまじき行為を前にして王はうろたえた。死を恐れたのではない。この脅迫の背後にある、帝国の底知れぬ軍事力を察したからである。
使者は騎士団によって極刑に処された。彼は死のその時まで、警告に従わなかったことを後悔するだろうと嘯き、嘲笑さえ浮かべていた。
使者の言動はアルシーラに疑心暗鬼をもたらすための帝国の策であると具申する者もいたが、王は既に敗北を悟っていた。故に彼は、玉座から降りる考えがあることを明確にしたのだ。
王が侵略者に屈したと誹謗する者もいた。軍部では、王の意思に反して戦闘行為を続ける部隊もあった。戦争は王の手を離れ、戦略もなく好き勝手に進行し、犠牲だけが増えていった。
結果を顧みるに、王の判断は正しかったと言えるだろう。彼は老いてはいたが、決して耄碌はしていなかった。
帝国歴四十五年。五月。
国内の惨状を嘆いた王はついに決意を固めた。僅かな手勢を率いて、帝国軍に投降することを決めたのである。自身の命と引き換えに民を守るために。
その中に聖騎士団の姿はなかった。彼らは最期の時まで王に付き従うことを望んだが、王は断固としてそれを拒んだのだ。
出立前夜。王はアルシーラ聖騎士団長フェルメルト・ギルムートを玉座に呼び出し、かつてない烈々さで厳命した。
「誇りある聖騎士団は、我が愛娘と共に国を脱し、各々の使命を全うせよ」
王と共に死ぬことこそ誉れと信じていたフェルメルトにとって、その命令は胸に強烈な痛みをもたらした。
「我が王よ。なにゆえに、我々を連れていって下さらないのです」
騎士団長の心に去来したのは、忠義を捧げたはずの主君に裏切られた想いであった。
「我々は、王と共に死んで悔いのない覚悟などとうにできております」
「馬鹿者が!」
懇願するように迫ったフェルメルトを、王は一喝した。
「おぬしらがこの王より若く生まれた所以を、一体何と心得るか!」
齢七十を過ぎた老人の気迫は、百戦錬磨の騎士団長を圧倒する。王の威厳は尚も健在であった。
「もうよい。下がれ」
王は多くを語らなかった。
だが、確かに伝わっていた。
フェルメルトはただ、王の厳しさと慈悲の深さを感じ取るのみである。
「必ずや我が王の命を果たします!」
絶叫もかくやという勢いで、フェルメルトは宣言する。
王は瞳を閉じ、深々と頷いた。
これが、主従の今生の別れとなったのだ。
聖騎士団は幼い王女を連れて国を去り、しばらくは帝国の手の届かない土地に身を潜めた。
王が老いてから出来た子であったせいか、王女は生まれつき病弱であった。慣れない土地での隠遁生活は王女の心身を苛み、間もなく彼女は病に倒れた。
王女が患ったのは大陸の歴史上でも類稀な奇病であり、治療には長い時間と莫大な金が必要だった。
失意の中で、フェルメルトは祖国滅亡の報を聞く。
進退ここに窮まれり。騎士達は、亡き主君の遺命を改めて心に刻みつけた。
祖国なき今、清廉さは不要だった。実直さは甘えであった。
彼らに残った最後の希望は、王との約束ただそれだけ。どこまでも王女に付き従い、守り切ることだけ。
もはや勝利の栄光に未練はない。
たとえ胸を張って生きられなくとも、定めた使命を生きることが誉れであった。
この日よりアルシーラ聖騎士団は、卑しい賊に身を窶したのだ。
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