空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第23話

公開日時: 2025年2月22日(土) 01:06
文字数:1,429



「じいちゃん、強さって何?」


ある日の稽古後、美柑は祖父に尋ねた。


祖父は、薄く笑った。


「お前、また難しいことを考えとるな」


「だって、強くなりたいもん」


美柑のその言葉を聞くと、少しだけ考え、静かに畳に座った。


「……“強さ”とはな、ただ力があることやない」


美柑もその前に座る。


「ほんなら、何なん?」


祖父は、ゆっくりと手を広げ、道場の空間を指し示した。


「“間合い”や」


「……間合い?」


無言のまま立ち上がると、美柑の前にゆっくりと歩み寄った。


そして、ピタリと止まる。


美柑は、思わず息を呑んだ。


「今、わしが止まった瞬間……何か感じたか?」


「……え?」


「例えばやな——」


祖父は、再びゆっくりと一歩引く。


たったそれだけで、空気が変わった。


——まるで、祖父との間に“見えない線”が生まれたような感覚。


「“間合い”とはな、相手との“距離感”や」


「それだけやなく、“流れ”でもある」


「流れ……?」


祖父は、美柑の額を、指で軽く突いた。


「……!」


美柑は、わずかに後ろへよろめいた。


「今のは、わしが作った“流れ”や」


「“強さ”とはな——相手と自分の間にある、この“線の繋がり”を掴むことや」



その言葉が、美柑の心に深く刻まれた。


「間合い」「流れ」「線の繋がり」——


その意味を、もっと知りたい。


それからの美柑は、祖父の動きをじっくり観察するようになった。


「どうして今、ここで止まったん?」


「どうして今、ここで踏み込んだん?」


祖父の一つひとつの動作が、まるで自然の一部のように感じられるようになった。


そしてある日——


祖父が稽古の合間に、ふと呟いた。


「川に流れがあり、風に流れがあり、空に流れがある」


「全ての出来事や事象には、一つの線で繋げることができる“時間”がある」


美柑は、真剣な目で祖父を見つめた。


「時間……?」


「せや。わしが追い求めとるんは、空間と時間を結ぶ“点”や」


祖父は、道場の畳を指で軽くなぞった。


「この世界にあるものは、すべて繋がっとる」


「お前が技を出す前に、すでにお前の体は動きを作っとる」


「“点”を掴めば、相手の動きも、時間の流れも支配できるんや」


——まるで、それが「究極の強さ」だと言うかのように。



それから、美柑の稽古は変わった。


単に相手を倒すための技ではなく、

『相手の動きの流れを掴み、間合いを操作する』という意識を持ち始めた。


・相手がどちらの足に重心を置いているか。

・次の動きに移る“わずかな予兆”を感じ取る。

・その一瞬の「時間の隙間」を突く。


「……!」


ある日の稽古中、美柑は兄弟子と向かい合っていた。


彼の構えを見た瞬間、何かが見えた気がした。


「——ここや」


美柑は、一歩踏み込む。


兄弟子が反応するよりも早く、

美柑はわずかに体をずらし、“流れ”を作る。


その瞬間——


兄弟子の体勢が崩れた。


「な……っ!」


美柑は、一切力を使わずに、兄弟子を倒していた。


「……!」


「やっと、掴んだな。しかし、それはまだほんのわずかな“一歩”や」


祖父が微笑む。


美柑は、畳の上に立ちながら、自分の中に新しい「強さ」の感覚が生まれたことを確信した。



夜、布団の中で考える。


「強くなりたい」


「でも、それは何のため?」


道場で鍛えた技術は、本当に「自分のため」なのか。


——それとも、「誰かのため」なのか?


母親の言葉が、ふと脳裏をよぎる。


「強くならなきゃ、生きていけない」


祖父の言葉も、浮かぶ。


「強さとは、間合いと流れを掴むことや」


どっちが本当の「強さ」なんやろう——?


答えはまだ出ないまま、美柑は目を閉じた。

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