「ほな、とりあえず座り」
マチがそう言って、リビングのソファにゆいを促した。
ゆいは、周囲を見渡しながら、おそるおそる腰を下ろす。
部屋の中は、どこかラグジュアリーな雰囲気だった。
シャンデリアの光が柔らかく広がり、テーブルには高級そうなワインや香水のボトルが並んでいる。
——「ここは、普通の女の子の住む場所やない」。
ナナがグラスを片手に、ゆいをじっと見つめる。
「マチが連れてきたってことは、新入りちゃんか?」
ゆいはスマホを開き、「はい」とだけ打ち込む。
桐谷アオイが、興味深げに笑った。
「へぇ……耳が聞こえへん子が、真里亞に?」
「おもろいやん」
三宅ユウカが、ゆるく髪をかき上げながら微笑む。
「で、あんた、何者?」
「…何者??」
「マチがわざわざ連れてきたってことは、“ただの女の子”ってわけちゃうやろ」
「…えっと、いや」
「ふーん。もう仕事に?」
ゆいは、少しだけスマホを握りしめた。
「……まだ、何も」
その文字を見て、ナナはくすっと笑った。
「ほんなら、これから覚えていくしかないな」
マチがソファにどかっと座り、缶ビールを開ける。
「ゆい、今日からここで寝たらええ」
「え……でも」
「公園で寝るつもりやったんやろ?」
マチは軽く笑いながら、ゆいのスマホを覗き込んだ。
「それなら、ここにおった方がマシや」
ゆいは、その言葉に何も返せなかった。
——ここにいてもええんやろうか?
ナナは、ワイングラスを傾けながら静かに言った。
「ここにおる子はみんな、いろんな事情を抱えとる」
アオイが、テーブルに肘をついて笑う。
「まぁ、言うたら“行き場のない女の吹き溜まり”やな」
「でも、ただ転がってるだけのゴミとは違うで」
ユウカが、少しだけ目を細める。
「ここにおるのは、“強い女”だけや」
「強い女……」
ゆいは、その言葉をじっとスマホに打ち込んだ。
「そう」
ナナがゆいの目をじっと見つめる。
「それに、あんたはこれからどうするつもりなん?」
「……」
「ここで生きる覚悟、あんたにはあるん?」
ゆいは、スマホを握りしめたまま、何も打てなかった。
——「覚悟」。
自分に、それがあるんやろうか。
ゆいは答えを出せないまま、部屋の奥へと視線を逸らした。
でも——この場所が「居てもいい場所」であるような気がしたのも、確かだった。
「ほな、せっかくやし一勝負する?」
ナナがテーブルの引き出しからトランプの束を取り出した。
「ええな、それ」
アオイが笑いながら、お菓子の袋を開ける。
「ゆいもやろ?」
ゆいは一瞬迷ったが、スマホに「やる」と打ち込んだ。
ユウカがソファに深く腰掛け、ポッキーをくわえる。
「ババ抜き? それとも大富豪?」
「とりあえずババ抜きやろ」
マチがビールを片手にニヤリと笑う。
「お前、強いん?」
「フツー」
「ほな、勝負やな」
ナナがトランプを手際よくシャッフルする。
テーブルの上には、ポテチ、チョコ、グミ、ジュース——
まるで女子会のような雰囲気やった。
でも、そこにいるのは全員が「夜の街」で生きる女たち。
ゆいは、そのギャップに少しだけ驚いていた。
「ほい、配るでー」
ナナがカードを配ると、自然と会話が始まった。
◇
「お前、ババ持ってるやろ!」
「いやいや、こっちやって!」
「はぁ? うちの目を見て言える?」
テーブルの上には、トランプのカードが散らばり、
ポテチの袋やチョコレートの箱が雑然と置かれている。
ナナ、アオイ、ユウカ——そしてゆい。
ゆいは、マチに「やれ」と言われて半ば強制的にババ抜きに参加していたが、
気がつけばその空気に少しずつ馴染んでいた。
——こんな風に誰かと遊ぶの、いつぶりやろう。
いつも1人だった。
学校にいても、家にいても、孤独だった。
でも、今この場には笑い声があって、
少なくとも「仲間外れ」ではなかった。
「ゆい、どっち引く?」
アオイがカードを差し出し、ニヤリと笑う。
ゆいはスマホを開き、「右」と打つ。
「ほーん、そうくるか……」
アオイが、悔しそうにカードを引き渡す。
「はい、ババ」
「え?」
「お前、顔に出すぎやねん!」
ナナとユウカが爆笑する。
「こいつ、マジでポーカーフェイスできへんタイプやな」
ゆいは、少しだけ唇を噛んだが——
そのやり取りが、どこか心地よかった。
「はい、ポテチ」
アオイが袋を開けて、テーブルの中央に置く。
「チョコもあるでー」
ユウカが板チョコをバキバキ割りながら、適当に皿に乗せる。
「ゆい、何か飲む?」
ナナがワインのボトルを軽く持ち上げるが、マチがすぐに手で制した。
「こいつ、まだ未成年や」
「えー、つまんないなぁ」
ナナは少し残念そうに肩をすくめるが、代わりにジュースの缶を手渡してくれた。
ゆいは「ありがとう」とスマホに打ち込んで見せた。
「ほな、次は大富豪でもしよか」
ナナがシャッフルしながら笑う。
「ルールわかる??」
「うん」
アオイがカードを配り、大富豪が始まる。
ポテチをつまみながら、みんなでカードを出していく。
「革命いくで」
ユウカが涼しい顔で4枚のカードを置く。
「あー、もう最悪!」
アオイが大きくため息をつく。
ゆいは、自然と口元が緩んでいた。
「もう一回やる?」
「ええけど、ゆいはもうちょい真剣にやれや」
「そやな、ちょっと顔に出すぎや」
ゆいは、スマホに「勝ち負けより、楽しいから」と打ち込んだ。
「お前、そういうとこ真面目やな」
アオイが苦笑する。
「ま、ええことやけど」
そんな何気ないやり取りをしているうちに、
ゆいの心の中に、ひとつの疑問が浮かんできた。
この3人は、どうしてここにいるんやろう。
「……」
ゆいは、少し迷ってから、スマホに文字を打った。
「どうして3人は真里亞に入ったの?」
その瞬間、3人の手が止まる。
「ん?」
ナナがワイングラスを揺らしながら、ゆいを見た。
「なんや、気になるん?」
ゆいは「うん」と頷いた。
「そっか……」
ナナは少し笑って、アオイとユウカを見た。
「どうする? 話す?」
アオイはポテチを口に運びながら、肩をすくめる。
「別にええんちゃう? 隠すようなことでもないし」
ユウカも、ポッキーをくわえたまま頷いた。
「どのみち、お前もこっち側の人間や」
「せやな」
「ほな、順番に話そか」
ナナがワインを口に運びながら、少し遠くを見るように微笑む。
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