空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第13話

公開日時: 2025年2月20日(木) 00:21
文字数:2,492


「ほな、とりあえず座り」


マチがそう言って、リビングのソファにゆいを促した。


ゆいは、周囲を見渡しながら、おそるおそる腰を下ろす。


部屋の中は、どこかラグジュアリーな雰囲気だった。

シャンデリアの光が柔らかく広がり、テーブルには高級そうなワインや香水のボトルが並んでいる。


——「ここは、普通の女の子の住む場所やない」。


ナナがグラスを片手に、ゆいをじっと見つめる。


「マチが連れてきたってことは、新入りちゃんか?」


ゆいはスマホを開き、「はい」とだけ打ち込む。


桐谷アオイが、興味深げに笑った。


「へぇ……耳が聞こえへん子が、真里亞に?」


「おもろいやん」


三宅ユウカが、ゆるく髪をかき上げながら微笑む。


「で、あんた、何者?」


「…何者??」


「マチがわざわざ連れてきたってことは、“ただの女の子”ってわけちゃうやろ」


「…えっと、いや」


「ふーん。もう仕事に?」


ゆいは、少しだけスマホを握りしめた。


「……まだ、何も」


その文字を見て、ナナはくすっと笑った。


「ほんなら、これから覚えていくしかないな」


マチがソファにどかっと座り、缶ビールを開ける。


「ゆい、今日からここで寝たらええ」


「え……でも」


「公園で寝るつもりやったんやろ?」


マチは軽く笑いながら、ゆいのスマホを覗き込んだ。


「それなら、ここにおった方がマシや」


ゆいは、その言葉に何も返せなかった。


——ここにいてもええんやろうか?


ナナは、ワイングラスを傾けながら静かに言った。


「ここにおる子はみんな、いろんな事情を抱えとる」


アオイが、テーブルに肘をついて笑う。


「まぁ、言うたら“行き場のない女の吹き溜まり”やな」


「でも、ただ転がってるだけのゴミとは違うで」


ユウカが、少しだけ目を細める。


「ここにおるのは、“強い女”だけや」


「強い女……」


ゆいは、その言葉をじっとスマホに打ち込んだ。


「そう」


ナナがゆいの目をじっと見つめる。


「それに、あんたはこれからどうするつもりなん?」


「……」


「ここで生きる覚悟、あんたにはあるん?」


ゆいは、スマホを握りしめたまま、何も打てなかった。


——「覚悟」。


自分に、それがあるんやろうか。


ゆいは答えを出せないまま、部屋の奥へと視線を逸らした。


でも——この場所が「居てもいい場所」であるような気がしたのも、確かだった。



「ほな、せっかくやし一勝負する?」


ナナがテーブルの引き出しからトランプの束を取り出した。


「ええな、それ」


アオイが笑いながら、お菓子の袋を開ける。


「ゆいもやろ?」


ゆいは一瞬迷ったが、スマホに「やる」と打ち込んだ。


ユウカがソファに深く腰掛け、ポッキーをくわえる。


「ババ抜き? それとも大富豪?」


「とりあえずババ抜きやろ」


マチがビールを片手にニヤリと笑う。


「お前、強いん?」


「フツー」


「ほな、勝負やな」


ナナがトランプを手際よくシャッフルする。


テーブルの上には、ポテチ、チョコ、グミ、ジュース——

まるで女子会のような雰囲気やった。


でも、そこにいるのは全員が「夜の街」で生きる女たち。


ゆいは、そのギャップに少しだけ驚いていた。


「ほい、配るでー」


ナナがカードを配ると、自然と会話が始まった。






「お前、ババ持ってるやろ!」


「いやいや、こっちやって!」


「はぁ? うちの目を見て言える?」


テーブルの上には、トランプのカードが散らばり、

ポテチの袋やチョコレートの箱が雑然と置かれている。


ナナ、アオイ、ユウカ——そしてゆい。


ゆいは、マチに「やれ」と言われて半ば強制的にババ抜きに参加していたが、

気がつけばその空気に少しずつ馴染んでいた。


——こんな風に誰かと遊ぶの、いつぶりやろう。


いつも1人だった。

学校にいても、家にいても、孤独だった。


でも、今この場には笑い声があって、

少なくとも「仲間外れ」ではなかった。


「ゆい、どっち引く?」


アオイがカードを差し出し、ニヤリと笑う。


ゆいはスマホを開き、「右」と打つ。


「ほーん、そうくるか……」


アオイが、悔しそうにカードを引き渡す。


「はい、ババ」


「え?」


「お前、顔に出すぎやねん!」


ナナとユウカが爆笑する。


「こいつ、マジでポーカーフェイスできへんタイプやな」


ゆいは、少しだけ唇を噛んだが——

そのやり取りが、どこか心地よかった。


「はい、ポテチ」


アオイが袋を開けて、テーブルの中央に置く。


「チョコもあるでー」


ユウカが板チョコをバキバキ割りながら、適当に皿に乗せる。


「ゆい、何か飲む?」


ナナがワインのボトルを軽く持ち上げるが、マチがすぐに手で制した。


「こいつ、まだ未成年や」


「えー、つまんないなぁ」


ナナは少し残念そうに肩をすくめるが、代わりにジュースの缶を手渡してくれた。


ゆいは「ありがとう」とスマホに打ち込んで見せた。


「ほな、次は大富豪でもしよか」


ナナがシャッフルしながら笑う。


「ルールわかる??」


「うん」


アオイがカードを配り、大富豪が始まる。


ポテチをつまみながら、みんなでカードを出していく。


「革命いくで」


ユウカが涼しい顔で4枚のカードを置く。


「あー、もう最悪!」


アオイが大きくため息をつく。


ゆいは、自然と口元が緩んでいた。



「もう一回やる?」


「ええけど、ゆいはもうちょい真剣にやれや」


「そやな、ちょっと顔に出すぎや」


ゆいは、スマホに「勝ち負けより、楽しいから」と打ち込んだ。


「お前、そういうとこ真面目やな」


アオイが苦笑する。


「ま、ええことやけど」


そんな何気ないやり取りをしているうちに、

ゆいの心の中に、ひとつの疑問が浮かんできた。


この3人は、どうしてここにいるんやろう。


「……」


ゆいは、少し迷ってから、スマホに文字を打った。


「どうして3人は真里亞に入ったの?」


その瞬間、3人の手が止まる。


「ん?」


ナナがワイングラスを揺らしながら、ゆいを見た。


「なんや、気になるん?」


ゆいは「うん」と頷いた。


「そっか……」


ナナは少し笑って、アオイとユウカを見た。


「どうする? 話す?」


アオイはポテチを口に運びながら、肩をすくめる。


「別にええんちゃう? 隠すようなことでもないし」


ユウカも、ポッキーをくわえたまま頷いた。


「どのみち、お前もこっち側の人間や」


「せやな」


「ほな、順番に話そか」


ナナがワインを口に運びながら、少し遠くを見るように微笑む。




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