空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第12話

公開日時: 2025年2月20日(木) 00:15
文字数:2,182



「さて、次はどうする?」


リョウが煙草をくわえながら、美柑に問いかけた。


「せやな……」


美柑は腕を組みながら少し考え込む。


「こいつ、最初の仕事は無事終えたけど、正直まだ“実力”はわからん」


「まぁ、ただの運びやったしな」


マチがカウンターにもたれかかりながら、軽く缶コーヒーを振る。


「次はもうちょい、踏み込んだ仕事やな」


リョウがゆるく笑いながら、ゆいの方を見た。


「お前、交渉とかできるか?」


ゆいは、スマホに「交渉?」と打ち込んだ。


リョウは煙を吐きながら、指を一本立てる。


「前回の仕事はただの運び。でも、次は相手と直接やりとりする仕事や」


「……」


ゆいは、少しだけ指を震わせながらスマホを握る。


「難しいことは言わへん。ただ、ある相手に“確認”してくるだけや」


「確認?」


ゆいがそう打ち込むと、美柑が少し笑った。


「せや。金の受け渡しの件で、支払いが遅れとる相手が一人おるんや」


「つまり……取り立て?」


スマホにそう打ち込むと、リョウは軽く肩をすくめた。


「まぁ、そういうことやな」


「でも、脅したりはせんでええ。まずは普通に話をして、状況を聞いてくるだけや」


「もし払う気がないなら?」


その質問に、美柑はゆるく微笑む。


「そん時は……また考えよか」


ゆいは、スマホを握りしめた。


「……わかった」


簡単なことではない。

でも、ここまできたら後戻りはできへん。


「プレイヤー」になるために。


ゆいは、静かに頷いた。



「——今日はもう帰って、休め」


美柑がそう言ったのは、日付が変わる直前だった。


真里亞の拠点には、まだ煙草の匂いと酒の香りが漂っていたが、仕事を終えたメンバーは次々に帰路につき始めていた。


ゆいは、美柑の言葉に一瞬迷ったが、スマホを開き、短く打ち込んだ。


「……うん」


美柑は、それ以上何も言わなかった。


リョウは腕を組みながら、軽く笑う。


「次の仕事は明日や。そんときゃ、しっかり動いてもらうで」


「せやな」


マチが缶ジュースを片手に立ち上がる。


「ほな、お前もさっさと帰って寝ろや」


ゆいは軽く頷くと、ビルの外へ出た。


——でも、自分には帰る場所がなかった。


「1人で生きていく」——そう決めて、家を出た。


誰かを頼る気なんて、なかった。


けれど、現実は想像よりもずっと厳しかった。


行くあてのない夜。

金もなければ、居場所もない。


ゆいは、ビルの裏手の路地で立ち止まり、スマホを握りしめた。


——どこへ行けばいい?


答えは出なかった。


ため息をつき、足を動かす。

向かったのは、駅近くの小さな公園だった。


そこで夜を明かそうと思った。

寒さを我慢して、朝を待てばなんとかなる。


——そう、思っていた。


けれど——。


「……お前、帰る場所無いんやろ?」


背後から、誰かが近づいてくる気配がした。


ゆいは驚き、振り返る。



——マチ。


ジーンズのポケットに手を入れ、左手にはタバコの箱を持っていた。


タバコを取り出すこともなく、ただじっと、ゆいを見ている。


「……」


ゆいは、スマホを開こうとしたが、マチはそれを制するように首を振った。


「言わんでええ。顔見たらわかるわ」


ゆいは、息を詰まらせた。


マチは、軽くため息をつきながら、タバコの箱を開ける。


「……ほんなら、うち来る?」


スマホに「え?」と打ち込むと、マチは肩をすくめた。


「っつっても、うちん家ちゃうけどな」


マチは、スマホを開いて住所を打ち込み、ゆいに画面を見せる。


——三宮の外れにあるマンションの住所。


「真里亞のメンバーが住んどるとこや」


「……ええの?」


ゆいがそう打ち込むと、マチはニヤッと笑った。


「お前、寝るとこ公園ってわけにはいかんやろ?」


「……」


ゆいは、スマホの画面を見つめたまま、迷った。


でも、行く場所はなかった。


マチは、タバコを吹かしながら歩き出す。


「ほな、ついてこいや」


ゆいは、静かにその背中を追った。




三宮の繁華街から少し離れたエリア。


そこにある築10年ほどのマンションが、「真里亞」の一部のメンバーが暮らす場所だった。


エレベーターで上がり、マチは鍵を取り出して扉を開ける。


「おーい、帰ったでー」


室内から、女性の声がした。


「おかえり、マチ」


ゆいは、室内を見て驚いた。


——綺麗な女の人ばかり。


「夜の世界で生きる“大人”たち」。


彼女たちは、ホステスや風俗嬢、モデルのような仕事をしている「真里亞」のメンバーだった。



【香坂(こうさか)ナナ】


長い黒髪と色白の肌。大人っぽい雰囲気のホステス

妖艶な笑みを浮かべ、ゆいを値踏みするような目で見つめる

「へぇ、新入り?」


【桐谷(きりたに)アオイ】


金髪ショートでボーイッシュな雰囲気。キャバクラのチーフ

明るい性格だが、どこか冷静な視線を持つ

「珍しいな、こんな若い子」


【三宅(みやけ)ユウカ】


ゆるいウェーブヘアに、ブランド物のルームウェア

ゆるい口調で話すが、どこかミステリアス

「耳、聞こえへんの?」



彼女たちは、それぞれゆいを見つめながら、興味深げに微笑んだ。


ゆいは、何も言えずにスマホを握りしめる。


——自分とは違う世界の住人。


「ま、ここで寝たらええ」


マチがソファにどかっと座りながら言った。


「お前、これからもうちらと一緒に動くんやしな」


香坂ナナが、くすっと笑う。


「ここにいる子は、みんな“強い女”ばっかりやで」


ゆいは、その言葉の意味をじっと考えた。


——「強い女」。


自分は、その中に入れるんやろうか。


夜の街で生きる彼女たちを前に、ゆいは少しだけ不安な気持ちになった。

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