「さて、次はどうする?」
リョウが煙草をくわえながら、美柑に問いかけた。
「せやな……」
美柑は腕を組みながら少し考え込む。
「こいつ、最初の仕事は無事終えたけど、正直まだ“実力”はわからん」
「まぁ、ただの運びやったしな」
マチがカウンターにもたれかかりながら、軽く缶コーヒーを振る。
「次はもうちょい、踏み込んだ仕事やな」
リョウがゆるく笑いながら、ゆいの方を見た。
「お前、交渉とかできるか?」
ゆいは、スマホに「交渉?」と打ち込んだ。
リョウは煙を吐きながら、指を一本立てる。
「前回の仕事はただの運び。でも、次は相手と直接やりとりする仕事や」
「……」
ゆいは、少しだけ指を震わせながらスマホを握る。
「難しいことは言わへん。ただ、ある相手に“確認”してくるだけや」
「確認?」
ゆいがそう打ち込むと、美柑が少し笑った。
「せや。金の受け渡しの件で、支払いが遅れとる相手が一人おるんや」
「つまり……取り立て?」
スマホにそう打ち込むと、リョウは軽く肩をすくめた。
「まぁ、そういうことやな」
「でも、脅したりはせんでええ。まずは普通に話をして、状況を聞いてくるだけや」
「もし払う気がないなら?」
その質問に、美柑はゆるく微笑む。
「そん時は……また考えよか」
ゆいは、スマホを握りしめた。
「……わかった」
簡単なことではない。
でも、ここまできたら後戻りはできへん。
「プレイヤー」になるために。
ゆいは、静かに頷いた。
「——今日はもう帰って、休め」
美柑がそう言ったのは、日付が変わる直前だった。
真里亞の拠点には、まだ煙草の匂いと酒の香りが漂っていたが、仕事を終えたメンバーは次々に帰路につき始めていた。
ゆいは、美柑の言葉に一瞬迷ったが、スマホを開き、短く打ち込んだ。
「……うん」
美柑は、それ以上何も言わなかった。
リョウは腕を組みながら、軽く笑う。
「次の仕事は明日や。そんときゃ、しっかり動いてもらうで」
「せやな」
マチが缶ジュースを片手に立ち上がる。
「ほな、お前もさっさと帰って寝ろや」
ゆいは軽く頷くと、ビルの外へ出た。
——でも、自分には帰る場所がなかった。
「1人で生きていく」——そう決めて、家を出た。
誰かを頼る気なんて、なかった。
けれど、現実は想像よりもずっと厳しかった。
行くあてのない夜。
金もなければ、居場所もない。
ゆいは、ビルの裏手の路地で立ち止まり、スマホを握りしめた。
——どこへ行けばいい?
答えは出なかった。
ため息をつき、足を動かす。
向かったのは、駅近くの小さな公園だった。
そこで夜を明かそうと思った。
寒さを我慢して、朝を待てばなんとかなる。
——そう、思っていた。
けれど——。
「……お前、帰る場所無いんやろ?」
背後から、誰かが近づいてくる気配がした。
ゆいは驚き、振り返る。
——マチ。
ジーンズのポケットに手を入れ、左手にはタバコの箱を持っていた。
タバコを取り出すこともなく、ただじっと、ゆいを見ている。
「……」
ゆいは、スマホを開こうとしたが、マチはそれを制するように首を振った。
「言わんでええ。顔見たらわかるわ」
ゆいは、息を詰まらせた。
マチは、軽くため息をつきながら、タバコの箱を開ける。
「……ほんなら、うち来る?」
スマホに「え?」と打ち込むと、マチは肩をすくめた。
「っつっても、うちん家ちゃうけどな」
マチは、スマホを開いて住所を打ち込み、ゆいに画面を見せる。
——三宮の外れにあるマンションの住所。
「真里亞のメンバーが住んどるとこや」
「……ええの?」
ゆいがそう打ち込むと、マチはニヤッと笑った。
「お前、寝るとこ公園ってわけにはいかんやろ?」
「……」
ゆいは、スマホの画面を見つめたまま、迷った。
でも、行く場所はなかった。
マチは、タバコを吹かしながら歩き出す。
「ほな、ついてこいや」
ゆいは、静かにその背中を追った。
三宮の繁華街から少し離れたエリア。
そこにある築10年ほどのマンションが、「真里亞」の一部のメンバーが暮らす場所だった。
エレベーターで上がり、マチは鍵を取り出して扉を開ける。
「おーい、帰ったでー」
室内から、女性の声がした。
「おかえり、マチ」
ゆいは、室内を見て驚いた。
——綺麗な女の人ばかり。
「夜の世界で生きる“大人”たち」。
彼女たちは、ホステスや風俗嬢、モデルのような仕事をしている「真里亞」のメンバーだった。
【香坂(こうさか)ナナ】
長い黒髪と色白の肌。大人っぽい雰囲気のホステス
妖艶な笑みを浮かべ、ゆいを値踏みするような目で見つめる
「へぇ、新入り?」
【桐谷(きりたに)アオイ】
金髪ショートでボーイッシュな雰囲気。キャバクラのチーフ
明るい性格だが、どこか冷静な視線を持つ
「珍しいな、こんな若い子」
【三宅(みやけ)ユウカ】
ゆるいウェーブヘアに、ブランド物のルームウェア
ゆるい口調で話すが、どこかミステリアス
「耳、聞こえへんの?」
彼女たちは、それぞれゆいを見つめながら、興味深げに微笑んだ。
ゆいは、何も言えずにスマホを握りしめる。
——自分とは違う世界の住人。
「ま、ここで寝たらええ」
マチがソファにどかっと座りながら言った。
「お前、これからもうちらと一緒に動くんやしな」
香坂ナナが、くすっと笑う。
「ここにいる子は、みんな“強い女”ばっかりやで」
ゆいは、その言葉の意味をじっと考えた。
——「強い女」。
自分は、その中に入れるんやろうか。
夜の街で生きる彼女たちを前に、ゆいは少しだけ不安な気持ちになった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!