空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第6話

公開日時: 2025年2月16日(日) 14:20
文字数:2,247



ゲーセンの中は、眩しいほどのネオンと、耳をつんざくような電子音で満たされていた。


——ゆいには、それらの音は一切届かない。


でも、光と人の動きで、空間の熱気は感じることができた。


人混みを抜け、美柑とマチの後をついていく。


UFOキャッチャー、音ゲー、格闘ゲームの筐体が並ぶフロアを通り抜け、奥のテーブルゲームコーナーへ。


マチがポケットから千円札を取り出し、両替機に押し込んだ。


「で、お前、なんかやるん?」


ゆいはスマホを取り出す。


「……得意なもんない」


マチは、その画面を覗き込むと、片眉を上げた。


「へぇ、そんなん言うやつ珍しいな。みんな大抵『これだけは得意や』とか言うもんやけど」


「そもそも、ゲーセンとか来たことないやろ」


美柑が、ゆいを横目に見ながら言った。


ゆいは小さく頷く。


「せやろな。お前みたいなんは、こういうとこにはおらんタイプや」


「まぁ、そんなら簡単なんからやってみたら?」


マチはそう言いながら、ボタンを押し、コインゲームの機械を選んだ。


大きなメダルがガシャンと落ちる音がする。


「適当に入れて、どこまで増やせるか試すだけや」


ゆいは、美柑とマチが並んで座るのを見て、少しだけ迷ったが、隣に座った。


美柑が、タバコをくわえながらニヤリと笑う。


「ゆい、試しに一回やってみ?」


ゆいは、メダルを一枚手に取る。


光るボタン。

画面の中で回るルーレット。


「ゲームなんかで運試ししても意味ないやろ」


美柑が言うと、マチは肩をすくめた。


「まぁな。でも、こういうのって結局『流れ』が大事やろ」


「流れ?」


ゆいがスマホに打つ。


「せや。勝つやつはずっと勝つし、負けるやつはずっと負ける。大事なんは、『どこで勝負に出るか』や」


マチはそう言うと、タバコを吸いながらコインを弾いた。


機械の中でカラカラとメダルが転がり、派手な効果音が鳴る。


「JACKPOT!」


画面が光り、マチがにやりと笑った。


「な?」


美柑が吹き出す。


「お前、ほんまこういうのだけは強いよな」


マチは肩をすくめる。


「運の使いどころ、間違えたら人生終わるで」


「それ、あんたが言う?」


「せやで。人生ってギャンブルやろ?」


美柑は笑いながら、煙を吐いた。


ゆいは、その二人の会話を聞きながら、少しだけ不思議な気分になった。


彼女たちの空気は、自分が知っているものとは違った。


「普通の人間」とは違う。


「学校」とも、「家庭」とも、「社会」とも違う。


それは、まるで別世界の住人みたいな——。


でも、だからこそ、ゆいはその世界に惹かれたのかもしれない。


ゆいは、静かにメダルを落とした。


夜のネオンが、ゆっくりと瞬いていた。



メダルゲームの機械が、派手な音を立てる。


ゆいの手元に、カラカラとメダルが落ちてきた。


「お、やるやん」


マチがニヤリと笑う。


ゆいは、じっとメダルを見つめていた。


——運。


——流れ。


「勝つやつはずっと勝つし、負けるやつはずっと負ける。」


さっきマチが言っていた言葉が、頭の中でリフレインする。


自分は、どっちの人間なんやろう。


「なぁ、美柑」


マチがコーヒーを飲みながら、タバコの煙をゆっくりと吐いた。


「この子、どんなもんなん?」


「どんなもんって?」


「覚悟、できとる?」


ゆいは、その言葉に息を詰まらせた。


覚悟——。


それは、さっき美柑にも言われた言葉やった。


けれど、未だに「何の覚悟」が必要なのか、わからないままだった。


美柑は、肩をすくめる。


「まぁ、まだやろ」


「……ふーん」


マチは、ゆいをジッと見つめた。


「お前、賭け事とかやったことあるん?」


ゆいは、スマホを開いて首を振った。


「やっぱりな」


マチは薄く笑う。


「運ってのはな、最後の最後で頼れるもんや。でも、そもそも『賭けること』ができへん人間には、意味がない」


「……賭ける?」


「せや。勝つか負けるかなんかわからん。でも、一歩踏み出せるかどうかや」


マチの目が、少し鋭くなる。


「お前は、何か賭けたことあるん?」


ゆいは、言葉を打つ手が止まった。


マチは、少しの間、ゆいを見つめた後、くくっと喉を鳴らして笑う。


「まぁ、ええわ。無理に答えんでええ」


ゆいは、スマホの画面を見つめる。


自分は、何かを賭けたことがあるんやろうか。


——いや、ない。


何も持っていないし、何も賭けたことがない。


だからこそ、自分は「空っぽ」なんだ。


「ほんなら、今からやな」


マチが椅子から立ち上がる。


「え?」


ゆいが、スマホに打ち込もうとした瞬間——。


パシッ。


マチが、ゆいのスマホを弾き飛ばした。


「……!」


スマホが床に落ち、画面が暗くなる。


美柑が、それを見て軽く笑った。


「お前、相変わらずやな」


マチは、ゆいの方を見下ろしたまま、片手をポケットに突っ込んでいる。


「スマホがなかったら、お前、どうするん?」


ゆいは、唇を噛んだ。


——どうする?


マチの目が、試すようにゆいを見ていた。


「言葉が通じへん? ほんなら、それで終わり?」


ゆいは、拳を握りしめた。


「……」


何かを言おうとした瞬間。


美柑が、ゆいのスマホを拾い上げて、軽くホコリを払った。


「まぁまぁ、マチ。あんまり意地悪したらあかんて」


「意地悪ちゃうで」


マチは、ニヤリと笑う。


「ちょっと試しただけや」


ゆいは、スマホを受け取ると、画面を確認した。


幸い、ヒビは入っていなかった。


「……」


マチは、ゆいの表情を見て、軽く舌を打つ。


「まだまだやな」


美柑が、煙草を消しながら立ち上がる。


「マチ、そろそろ行こか」


「ほーい」


ゆいは、美柑とマチが歩き出すのを見て、少しだけ迷ったが、すぐに後を追った。


「次は、ちゃんと賭けられるようになれや」


マチの言葉が、妙に重く感じた。

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