ゲーセンの中は、眩しいほどのネオンと、耳をつんざくような電子音で満たされていた。
——ゆいには、それらの音は一切届かない。
でも、光と人の動きで、空間の熱気は感じることができた。
人混みを抜け、美柑とマチの後をついていく。
UFOキャッチャー、音ゲー、格闘ゲームの筐体が並ぶフロアを通り抜け、奥のテーブルゲームコーナーへ。
マチがポケットから千円札を取り出し、両替機に押し込んだ。
「で、お前、なんかやるん?」
ゆいはスマホを取り出す。
「……得意なもんない」
マチは、その画面を覗き込むと、片眉を上げた。
「へぇ、そんなん言うやつ珍しいな。みんな大抵『これだけは得意や』とか言うもんやけど」
「そもそも、ゲーセンとか来たことないやろ」
美柑が、ゆいを横目に見ながら言った。
ゆいは小さく頷く。
「せやろな。お前みたいなんは、こういうとこにはおらんタイプや」
「まぁ、そんなら簡単なんからやってみたら?」
マチはそう言いながら、ボタンを押し、コインゲームの機械を選んだ。
大きなメダルがガシャンと落ちる音がする。
「適当に入れて、どこまで増やせるか試すだけや」
ゆいは、美柑とマチが並んで座るのを見て、少しだけ迷ったが、隣に座った。
美柑が、タバコをくわえながらニヤリと笑う。
「ゆい、試しに一回やってみ?」
ゆいは、メダルを一枚手に取る。
光るボタン。
画面の中で回るルーレット。
「ゲームなんかで運試ししても意味ないやろ」
美柑が言うと、マチは肩をすくめた。
「まぁな。でも、こういうのって結局『流れ』が大事やろ」
「流れ?」
ゆいがスマホに打つ。
「せや。勝つやつはずっと勝つし、負けるやつはずっと負ける。大事なんは、『どこで勝負に出るか』や」
マチはそう言うと、タバコを吸いながらコインを弾いた。
機械の中でカラカラとメダルが転がり、派手な効果音が鳴る。
「JACKPOT!」
画面が光り、マチがにやりと笑った。
「な?」
美柑が吹き出す。
「お前、ほんまこういうのだけは強いよな」
マチは肩をすくめる。
「運の使いどころ、間違えたら人生終わるで」
「それ、あんたが言う?」
「せやで。人生ってギャンブルやろ?」
美柑は笑いながら、煙を吐いた。
ゆいは、その二人の会話を聞きながら、少しだけ不思議な気分になった。
彼女たちの空気は、自分が知っているものとは違った。
「普通の人間」とは違う。
「学校」とも、「家庭」とも、「社会」とも違う。
それは、まるで別世界の住人みたいな——。
でも、だからこそ、ゆいはその世界に惹かれたのかもしれない。
ゆいは、静かにメダルを落とした。
夜のネオンが、ゆっくりと瞬いていた。
メダルゲームの機械が、派手な音を立てる。
ゆいの手元に、カラカラとメダルが落ちてきた。
「お、やるやん」
マチがニヤリと笑う。
ゆいは、じっとメダルを見つめていた。
——運。
——流れ。
「勝つやつはずっと勝つし、負けるやつはずっと負ける。」
さっきマチが言っていた言葉が、頭の中でリフレインする。
自分は、どっちの人間なんやろう。
「なぁ、美柑」
マチがコーヒーを飲みながら、タバコの煙をゆっくりと吐いた。
「この子、どんなもんなん?」
「どんなもんって?」
「覚悟、できとる?」
ゆいは、その言葉に息を詰まらせた。
覚悟——。
それは、さっき美柑にも言われた言葉やった。
けれど、未だに「何の覚悟」が必要なのか、わからないままだった。
美柑は、肩をすくめる。
「まぁ、まだやろ」
「……ふーん」
マチは、ゆいをジッと見つめた。
「お前、賭け事とかやったことあるん?」
ゆいは、スマホを開いて首を振った。
「やっぱりな」
マチは薄く笑う。
「運ってのはな、最後の最後で頼れるもんや。でも、そもそも『賭けること』ができへん人間には、意味がない」
「……賭ける?」
「せや。勝つか負けるかなんかわからん。でも、一歩踏み出せるかどうかや」
マチの目が、少し鋭くなる。
「お前は、何か賭けたことあるん?」
ゆいは、言葉を打つ手が止まった。
マチは、少しの間、ゆいを見つめた後、くくっと喉を鳴らして笑う。
「まぁ、ええわ。無理に答えんでええ」
ゆいは、スマホの画面を見つめる。
自分は、何かを賭けたことがあるんやろうか。
——いや、ない。
何も持っていないし、何も賭けたことがない。
だからこそ、自分は「空っぽ」なんだ。
「ほんなら、今からやな」
マチが椅子から立ち上がる。
「え?」
ゆいが、スマホに打ち込もうとした瞬間——。
パシッ。
マチが、ゆいのスマホを弾き飛ばした。
「……!」
スマホが床に落ち、画面が暗くなる。
美柑が、それを見て軽く笑った。
「お前、相変わらずやな」
マチは、ゆいの方を見下ろしたまま、片手をポケットに突っ込んでいる。
「スマホがなかったら、お前、どうするん?」
ゆいは、唇を噛んだ。
——どうする?
マチの目が、試すようにゆいを見ていた。
「言葉が通じへん? ほんなら、それで終わり?」
ゆいは、拳を握りしめた。
「……」
何かを言おうとした瞬間。
美柑が、ゆいのスマホを拾い上げて、軽くホコリを払った。
「まぁまぁ、マチ。あんまり意地悪したらあかんて」
「意地悪ちゃうで」
マチは、ニヤリと笑う。
「ちょっと試しただけや」
ゆいは、スマホを受け取ると、画面を確認した。
幸い、ヒビは入っていなかった。
「……」
マチは、ゆいの表情を見て、軽く舌を打つ。
「まだまだやな」
美柑が、煙草を消しながら立ち上がる。
「マチ、そろそろ行こか」
「ほーい」
ゆいは、美柑とマチが歩き出すのを見て、少しだけ迷ったが、すぐに後を追った。
「次は、ちゃんと賭けられるようになれや」
マチの言葉が、妙に重く感じた。
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