空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第21話

公開日時: 2025年2月21日(金) 21:18
文字数:1,191



小学校の授業参観の帰り道。


美柑は、クラスメイトの母親たちと並んで歩いていた。


「美柑ちゃんのお母さん、来てなかったね」


「うん、仕事やから」


「どんな仕事なん?」


その質問に、美柑は一瞬だけ考えた。


「……お店の人」


「ふーん、お店って?」


「夜のお店」


その瞬間、周りの空気が変わった。


「あっ……そうなんや」


誰も何も言わなかったけど、子どもでも、その言葉の裏にある微妙な意味を察した。


それは、まるで——


「普通じゃない」と言われたような気がした。



家に帰ると、母は鏡の前で化粧をしていた。


「お母さん」


「ん?」


「なんで、うちにはお父さんがいないの?」


皐月の手が、一瞬だけ止まった。


「……急にどうしたの?」


「みんな、お父さんがいるのに」


皐月は、口紅を塗りながら答えた。


「別に、いなくてもいいでしょ?」


「でも……」


「美柑、私を見なさい」


皐月は、鏡越しに美柑を見つめる。


「お母さんは、お父さんがいなくても生きていけるの」


「だから、美柑もそうなりなさい」


美柑は、その言葉をただ聞いていた。


「女は1人でも強く生きていける」


——母は、そう言いたかったのかもしれない。


でも、美柑にはわからなかった。


「……お母さん、なんでそんなに強いの?」


皐月は、静かに笑った。


「強くならなきゃ、生きていけないからよ」


その言葉の意味を、本当の意味で理解できるのは、まだ、ずっと先の話だった。




美柑が道場に通い始めて、3年が経った。


この頃には、基本的な技は身についていた。


受け身、突き、蹴り、体捌き——


「お前、飲み込み早いな」


道場の兄弟子たちにそう言われることも増えた。


——私は強い。


いつしか、美柑はそう思うようになっていた。


しかし、その思い込みは、ある日あっけなく砕かれた。


「ちょっと、お前もやってみるか?」


祖父が連れてきたのは、年下の少年だった。


「こいつ、武道の大会で優勝したらしいで」


年は美柑よりも1つ下。

小柄で、どこか頼りなさそうな雰囲気。


「なんや、こんな子が?」


美柑は、軽く構えた。


しかし——


その1分後には、畳の上に転がされていた。


「……え?」


何が起こったのか、わからなかった。


「お前、隙だらけや」


少年は、軽く息をつきながら言った。


美柑は、悔しさで拳を握った。


——私は、強くなったはずやのに。


祖父が、静かに言った。


「強さに、上限はない」


「まだまだ、お前は弱い」


その言葉が、美柑の心に深く突き刺さった。


そして、その日から——


「本気で強くなりたい」


そう思うようになった。




“強くなるって、どういうこと?”



道場の帰り道、美柑はずっと考えていた。


「「強い」って、…なんやろ?」


誰かを倒せること?

誰にも負けへんこと?


それとも——


「……お母さんみたいになること?」


家に帰ると、母はまた鏡の前にいた。


——強くならなきゃ、生きていけない。


母の言葉が、頭の中で響く。


「私は、どうやったら強くなれるんやろ?」


その答えを探す日々が、

この頃から始まった。

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