ゲーセンを出ると、冷たい夜風が吹きつけた。
美柑は、煙草をくわえながら歩き出す。
マチはポケットに手を突っ込み、ゆっくりと後をついていく。
ゆいは、少し遅れて歩きながら、スマホを握りしめた。
さっきのマチの言葉が、まだ頭に残っていた。
——「次は、ちゃんと賭けられるようになれや」
賭ける?
何を?
ゆいには、まだわからなかった。
けれど、このままでは「何も得られない」ということだけは、少しずつ理解し始めていた。
三宮の駅前を抜け、ビル街を進む。
ネオンの光が、路面に滲むように映っていた。
美柑は、何も言わないまま歩く。
マチが、缶コーヒーを開けながら口を開いた。
「ゆい」
ゆいは、その声に顔を上げた。
「お前さ、今のままでほんまにええと思っとる?」
「……」
スマホを開こうとするよりも早く、マチが続ける。
「まぁ、ええわ。どうせ今はまだ何もわかってへんやろしな」
ゆいは、わずかに眉を寄せた。
「でもな、覚えとけよ」
マチは、煙草を指に挟んだまま、夜空を見上げる。
「『守る』っていうのは、力があるやつにしかできへんねん」
ゆいは、その言葉をゆっくりと反芻した。
——「守る」?
マチは、煙を吐きながらゆるく笑う。
「お前みたいなやつは、今までずっと『守られる側』やったやろ?」
「でも、それじゃ何も変わらへん。変えたいなら、まず『守る側』にならなあかんねん」
ゆいは、スマホを握りしめたまま、言葉を打ち込むことができなかった。
「守る側……?」
「せや。自分の身も、周りのもんも、全部」
マチの目は、どこまでも冷静だった。
「お前には、それができると思うか?」
ゆいは、答えられなかった。
何も言えないまま、美柑がふっと笑う。
「ま、まだまだやな」
「せやな」
マチは軽く肩をすくめた。
美柑は、煙草の火を落とし、靴底で軽く潰す。
「ほな、行こか」
「……どこへ?」
ゆいがスマホに打ち込むと、美柑はニヤリと笑った。
「うちらの『仕事場』や」
ゆいは、一瞬息を呑んだ。
「真里亞」の、仕事場——。
美柑は、夜のビル街を抜け、一本の裏路地へと入る。
そこは、まるで世界が切り替わったかのように静かだった。
雑居ビルの影が、夜の闇に溶ける。
遠くの車の音だけが、微かに響いていた。
ゆいは、足を止めることなく、美柑の後を追った。
何もかもが変わる気がしていた。
「力が欲しい」——その言葉の意味を、知るために。
路地裏に入った瞬間、世界が変わった。
三宮の喧騒は遠ざかり、足音さえ吸い込まれるような静けさ。
街灯がまばらに灯る中、美柑とマチが先を歩く。
ゆいは、その背中を追いながら、スマホを握りしめた。
——この先に、「真里亞」の世界がある。
足元には割れたビール瓶、古いポスターが貼られた壁。
湿ったアスファルトの匂いが鼻を刺す。
やがて、一軒のビルの前で美柑が立ち止まった。
「着いたで」
ゆいは、その建物を見上げた。
外見は、ただの古びた雑居ビル。
1階にはシャッターの閉まった店舗が並び、2階の窓には黒いカーテンがかかっている。
美柑は無造作にドアを押し開けた。
——「真里亞」の拠点。
中に入ると、煙草と酒の匂いが混じった空気が広がる。
薄暗い照明の下、数人の男女がソファやカウンターに座り、煙草を吸いながら何かを話していた。
壁には、大きなホワイトボード。
そこには、「売上」「取引先」「予定」などの文字が書かれている。
ゆいは、立ち止まったまま、その光景をじっと見つめた。
——ここは、学校とも家とも違う。
完全に、別の世界やった。
「おー、美柑帰ったんか」
奥のソファから、一人の男が声を上げた。
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キャラクター1:天川(あまかわ)リョウ
金髪のツーブロックにピアス、黒のスーツをラフに羽織る青年
筋肉質で体格がよく、だらしなく座っていても威圧感がある
飄々とした口調だが、目は鋭く油断がない
美柑の右腕的な存在で、組織の「交渉役」
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「お前、珍しく新入り連れてきたん?」
美柑は、軽く肩をすくめる。
「まぁな。こいつ、司美柑推薦や」
リョウは、ゆいの顔をまじまじと見つめた。
「で、お前、何ができんの?」
ゆいは、スマホを開こうとした——が、その瞬間、リョウの眉がピクリと動いた。
「……ん?」
彼は、美柑の方を見た。
「こいつ、喋らへんの?」
美柑は、ポケットから煙草を取り出しながら軽く笑う。
「喋られへんのや。耳が聞こえへんからな」
リョウは一瞬、驚いたように目を見開いた。
そして、次の瞬間、興味深そうに口元を歪めた。
「ほーん……なるほどな」
ゆいは、その視線に少しだけ緊張した。
リョウはスマホを覗き込むようにしながら、
「なんか打ってみ?」と促した。
ゆいは、少し迷いながら、画面に文字を打ち込む。
「……まだ、わからん」
リョウはそれを見て、ふっと笑った。
「まぁ、最初はそんなもんやな」
そのとき——。
「処女?」
奥のカウンターから、女の声が響いた。
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キャラクター2:葛城(かつらぎ)レナ
赤みがかったロングヘアに、濃いメイク。黒いチャイナドレス風のスリット入りワンピースを着た妖艶な女性
「真里亞」の経理・金庫番を担当
知的で冷静、しかしどこか退屈そうな目をしている
煙草を吸いながら、ゆいを値踏みするように見つめる
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美柑は、煙草をくわえながら軽く笑う。
「せやで。まだ捨ててへん」
「はは、そんなんでうちらの仕事できんの?」
「覚悟はあるらしいで」
「へぇ」
レナは、ワイングラスを指でくるくる回しながら、ゆいを見つめた。
「まぁ、体使わん仕事もあるけどな。でも、どうするん? ここは“そういう場所”やで」
ゆいは、少しだけ指を震わせながら、スマホを打ち込む。
「……決めてへん」
レナは、薄く笑った。
「まぁええわ。ゆっくり決めたらええ」
美柑が、ゆいの肩を軽く叩く。
「ほな、今日はこのへんで終わりや。とりあえず、お前の居場所は確保しといたる」
ゆいは、軽く頷いた。
この世界は、自分が知っているものとは違う。
でも——恐怖よりも、「何かが変わるかもしれない」という期待があった。
美柑は、ゆいの目をじっと見て、静かに微笑んだ。
「ようこそ、真里亞へ」
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