空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第7話

公開日時: 2025年2月17日(月) 20:56
文字数:2,664



ゲーセンを出ると、冷たい夜風が吹きつけた。


美柑は、煙草をくわえながら歩き出す。

マチはポケットに手を突っ込み、ゆっくりと後をついていく。


ゆいは、少し遅れて歩きながら、スマホを握りしめた。


さっきのマチの言葉が、まだ頭に残っていた。


——「次は、ちゃんと賭けられるようになれや」


賭ける?

何を?


ゆいには、まだわからなかった。


けれど、このままでは「何も得られない」ということだけは、少しずつ理解し始めていた。


三宮の駅前を抜け、ビル街を進む。

ネオンの光が、路面に滲むように映っていた。


美柑は、何も言わないまま歩く。


マチが、缶コーヒーを開けながら口を開いた。


「ゆい」


ゆいは、その声に顔を上げた。


「お前さ、今のままでほんまにええと思っとる?」


「……」


スマホを開こうとするよりも早く、マチが続ける。


「まぁ、ええわ。どうせ今はまだ何もわかってへんやろしな」


ゆいは、わずかに眉を寄せた。


「でもな、覚えとけよ」


マチは、煙草を指に挟んだまま、夜空を見上げる。


「『守る』っていうのは、力があるやつにしかできへんねん」


ゆいは、その言葉をゆっくりと反芻した。


——「守る」?


マチは、煙を吐きながらゆるく笑う。


「お前みたいなやつは、今までずっと『守られる側』やったやろ?」


「でも、それじゃ何も変わらへん。変えたいなら、まず『守る側』にならなあかんねん」


ゆいは、スマホを握りしめたまま、言葉を打ち込むことができなかった。


「守る側……?」


「せや。自分の身も、周りのもんも、全部」


マチの目は、どこまでも冷静だった。


「お前には、それができると思うか?」


ゆいは、答えられなかった。


何も言えないまま、美柑がふっと笑う。


「ま、まだまだやな」


「せやな」


マチは軽く肩をすくめた。


美柑は、煙草の火を落とし、靴底で軽く潰す。


「ほな、行こか」


「……どこへ?」


ゆいがスマホに打ち込むと、美柑はニヤリと笑った。


「うちらの『仕事場』や」


ゆいは、一瞬息を呑んだ。


「真里亞」の、仕事場——。


美柑は、夜のビル街を抜け、一本の裏路地へと入る。


そこは、まるで世界が切り替わったかのように静かだった。


雑居ビルの影が、夜の闇に溶ける。

遠くの車の音だけが、微かに響いていた。


ゆいは、足を止めることなく、美柑の後を追った。


何もかもが変わる気がしていた。


「力が欲しい」——その言葉の意味を、知るために。




路地裏に入った瞬間、世界が変わった。


三宮の喧騒は遠ざかり、足音さえ吸い込まれるような静けさ。


街灯がまばらに灯る中、美柑とマチが先を歩く。


ゆいは、その背中を追いながら、スマホを握りしめた。


——この先に、「真里亞」の世界がある。


足元には割れたビール瓶、古いポスターが貼られた壁。

湿ったアスファルトの匂いが鼻を刺す。


やがて、一軒のビルの前で美柑が立ち止まった。


「着いたで」


ゆいは、その建物を見上げた。


外見は、ただの古びた雑居ビル。

1階にはシャッターの閉まった店舗が並び、2階の窓には黒いカーテンがかかっている。


美柑は無造作にドアを押し開けた。


——「真里亞」の拠点。


中に入ると、煙草と酒の匂いが混じった空気が広がる。


薄暗い照明の下、数人の男女がソファやカウンターに座り、煙草を吸いながら何かを話していた。


壁には、大きなホワイトボード。

そこには、「売上」「取引先」「予定」などの文字が書かれている。


ゆいは、立ち止まったまま、その光景をじっと見つめた。


——ここは、学校とも家とも違う。

完全に、別の世界やった。


「おー、美柑帰ったんか」


奥のソファから、一人の男が声を上げた。



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キャラクター1:天川(あまかわ)リョウ

金髪のツーブロックにピアス、黒のスーツをラフに羽織る青年


筋肉質で体格がよく、だらしなく座っていても威圧感がある

飄々とした口調だが、目は鋭く油断がない

美柑の右腕的な存在で、組織の「交渉役」


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「お前、珍しく新入り連れてきたん?」


美柑は、軽く肩をすくめる。


「まぁな。こいつ、司美柑推薦や」


リョウは、ゆいの顔をまじまじと見つめた。


「で、お前、何ができんの?」


ゆいは、スマホを開こうとした——が、その瞬間、リョウの眉がピクリと動いた。


「……ん?」


彼は、美柑の方を見た。


「こいつ、喋らへんの?」


美柑は、ポケットから煙草を取り出しながら軽く笑う。


「喋られへんのや。耳が聞こえへんからな」


リョウは一瞬、驚いたように目を見開いた。


そして、次の瞬間、興味深そうに口元を歪めた。


「ほーん……なるほどな」


ゆいは、その視線に少しだけ緊張した。


リョウはスマホを覗き込むようにしながら、

「なんか打ってみ?」と促した。


ゆいは、少し迷いながら、画面に文字を打ち込む。


「……まだ、わからん」


リョウはそれを見て、ふっと笑った。


「まぁ、最初はそんなもんやな」


そのとき——。


「処女?」


奥のカウンターから、女の声が響いた。



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キャラクター2:葛城(かつらぎ)レナ

赤みがかったロングヘアに、濃いメイク。黒いチャイナドレス風のスリット入りワンピースを着た妖艶な女性


「真里亞」の経理・金庫番を担当

知的で冷静、しかしどこか退屈そうな目をしている

煙草を吸いながら、ゆいを値踏みするように見つめる


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美柑は、煙草をくわえながら軽く笑う。


「せやで。まだ捨ててへん」


「はは、そんなんでうちらの仕事できんの?」


「覚悟はあるらしいで」


「へぇ」


レナは、ワイングラスを指でくるくる回しながら、ゆいを見つめた。


「まぁ、体使わん仕事もあるけどな。でも、どうするん? ここは“そういう場所”やで」


ゆいは、少しだけ指を震わせながら、スマホを打ち込む。


「……決めてへん」


レナは、薄く笑った。


「まぁええわ。ゆっくり決めたらええ」


美柑が、ゆいの肩を軽く叩く。


「ほな、今日はこのへんで終わりや。とりあえず、お前の居場所は確保しといたる」


ゆいは、軽く頷いた。


この世界は、自分が知っているものとは違う。


でも——恐怖よりも、「何かが変わるかもしれない」という期待があった。


美柑は、ゆいの目をじっと見て、静かに微笑んだ。


「ようこそ、真里亞へ」


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