【3人が「真里亞」に入った理由】
■香坂(こうさか)ナナの場合
「うちはな、元々、東京の育ちやってん」
ゆいはスマホを握りしめた。
「親は金持ちやった。でも、その分、うちの人生は全部決められてた」
「……?」
「どこの学校に行って、誰と付き合って、誰と結婚するか——
ぜんぶ、うちに選択権なんてなかった」
「……それで?」
「親が勝手に結婚相手を決めてきたんよ」
ナナは苦笑する。
「それも、50近い政治家のおっさん」
ゆいは、画面を見つめながら思わず息を呑んだ。
「もちろん、拒否した。でも、親はうちの言葉なんか聞いてくれへん」
「……」
「逃げるしかなかった」
「……」
「でも、家を出たら、何もなかった。金もないし、頼れる人もおらん」
「それで?」
ナナは、ワイングラスを傾ける。
「そんなとき、美柑ちゃんに会ったんよ」
「なんて言われたの?」
「『ここでなら、自分の人生は自分で決められる』って」
ゆいは、その言葉をじっと読んだ。
「その言葉が、どんだけ救いやったか……」
ナナはふっと微笑む。
「うちは、美柑ちゃんについていくって決めたんよ」
■桐谷(きりたに)アオイの場合
「うちは、ただの不良やったな」
アオイは、カードを投げるようにテーブルに置いた。
「小さい頃から、ずっと喧嘩ばっかしてた」
「……」
「家はメチャクチャやったしな」
ゆいは、「メチャクチャ?」とスマホに打つ。
「親が借金まみれ、兄貴は蒸発、残ったのはDVのオヤジ」
ゆいは、スマホを握りしめた。
「そんなん、帰る場所やないやろ」
アオイは軽く笑う。
「だから、ずっと街を歩いてた。悪いこともしたし、警察にも何回も捕まった」
「……それで、美柑と?」
「うん」
アオイの目が少し柔らかくなる。
「“本物”の強さって、こういうことなんやなって思った」
「……本物の強さ?」
「力を持つって、暴れることやない。支配することやない」
「……」
「それを教えてくれたんが、美柑ちゃんやった」
■三宅(みやけ)ユウカの場合
「うちは……ずっと“商品”として生きてた」
ユウカは、ポッキーをかじりながら言った。
「商品?」
「うん。17のときから、風俗で働いてたんよ」
ゆいは、一瞬息をのんだ。
「でもな、店の連中に金抜かれたり、客に粘着されたりして、もう終わりや思った」
「……」
「そんとき、美柑ちゃんが手を差し伸べてくれた」
「なんて?」
「“うちらは、お前を守る”って」
ユウカは、ふっと笑う。
「その言葉に救われたんかもしれんな」
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ナナが、ふっと目を細めた。
「……なぁ、アオイ。ユウカ。覚えてるやろ?」
「ん?」
「三宮の暴走族と抗争になったときのこと」
ゆいは、スマホを握る指に力が入った。
「なんや、美柑の“伝説”の話か?」
アオイが笑いながらチョコを口に放り込む。
「せや。あれは……すごかったな」
「すごい、じゃなくて、“怖かった”やろ」
ユウカがポッキーを転がしながら言う。
——あの夜、美柑は鬼やった。
ナナは、ゆっくりと語り始める。
【三宮の夜——抗争の夜】
「あれは、うちらが真里亞に入ってから、まだ間もない頃やったな……」
ナナが遠くを見るように言う。
「あぁ、アレはヤバかった」
アオイが苦笑しながらポテチを口に放り込む。
「美柑ちゃんの“本物”の強さを見せつけられた日や」
ユウカはポッキーをくわえながら、小さく頷いた。
「双竜」——三宮の暴走族グループ。
金、女、薬——なんでもアリの連中やった。
「最初は些細なことやった」
ユウカが言う。
「真里亞のメンバーの一人が、双竜の奴らに絡まれたんよ」
「“女のくせに調子乗んな”——やってさ」
ナナが皮肉げに笑う。
「まぁ、女だけのグループが神戸で勢力持つんが気に食わんかったんやろな」
「でも、普通やったら、そこで終わる話やろ?」
アオイが言う。
「うちらも手ぇ出さへんし、向こうも適当に絡んで終わりや」
「せやけど——」
ユウカの視線が鋭くなる。
「美柑ちゃんが、それを許さへんかった」
あの夜、三宮の裏通りには緊張感が張り詰めていた。
深夜2時過ぎ——飲み屋が閉まり始めた頃、
真里亞のメンバー数人と、双竜のメンバーが向かい合っていた。
「お前ら、どこのもんや思ってんねん?」
双竜のリーダー・篠原が、安っぽい笑みを浮かべながら言った。
「この街は、うちらのシマや」
「せやのに、女が調子乗ってんの、ムカつくねん」
その言葉に、美柑は微動だにしなかった。
じっと篠原を見つめたまま、スッと煙草をくわえる。
火をつけ、静かに煙を吐く——。
「……お前、何言うてんの?」
「は?」
「シマ? お前らの?」
美柑は、煙を吐きながら、ニヤリと笑った。
「ほんなら、力で証明してみ?」
「……っ!」
双竜のメンバーがざわつく。
ナナ、アオイ、ユウカ——
その場にいた全員が、美柑の言葉に背筋がぞくりとした。
——この人、本気でやるつもりや。
篠原の表情が険しくなる。
「……やんのか?」
美柑は、口元の煙草を軽く指で弾き、アスファルトに落とした。
「当たり前やろ」
次の瞬間——篠原が拳を振りかぶった。
それと同時に、美柑はスッと一歩踏み出す。
篠原の拳が振り下ろされる寸前——
美柑の左手が、篠原の手首を掴んでいた。
「——おっそ」
篠原の目が見開かれる。
美柑は、そのまま篠原の腕をひねり上げ、肘を鋭く打ち込む。
バキッ!!
鈍い音が響いた。
篠原の身体がよろける——その瞬間。
美柑の右膝が、篠原の鳩尾に突き刺さった。
「がっ……!!」
完全に呼吸が止まり、篠原の顔が歪む。
美柑は、一瞬の間も与えず、そのまま彼の首元を掴み、
頭をアスファルトに叩きつけた。
「っ……!!」
誰もが言葉を失った。
「……は?」
双竜のメンバーがざわめく。
美柑は、篠原の胸倉を掴み、無造作に地面へと押し付ける。
「お前、ほんまに“力”持ってるん?」
篠原が歯を食いしばる。
「……くそっ!!」
仲間が一斉に襲いかかってきた。
でも——美柑は笑っていた。
「おもろいやん」
「殺せ!!」
双竜のメンバーが一斉に向かってきた。
1人目。
美柑は、突っ込んできた男の拳を肩で受け流し、肘を顎に叩き込む。
ゴキッ!!
男の身体が弧を描き、地面に沈む。
2人目。
バットを振りかざしてくる男。
美柑はそれを冷静に見極め、一歩踏み込む。
バットのスイングが届く寸前——
美柑の拳が、男の顎を捉えた。
「……っ!?」
カウンターをもらった男は、そのまま地面に倒れ込む。
3人目、4人目が左右から飛びかかる。
美柑は低く構え、片方の足を軸に素早く回転。
——回し蹴り!!
「ぐっ……!!」
1人は腹を蹴られ、もう1人は顔面に蹴りを食らい、その場に倒れる。
——気がつけば、双竜のメンバーは次々と路上へ倒れていた。
「ま、待て……!」
篠原は、地面に膝をついていた。
「待てへん」
美柑は、篠原の顎を掴み、顔を近づけた。
そして、笑った。
——“獲物を前にした獣の笑み”やった。
「ウチらに喧嘩売ったらどうなるか、今から教えたるわ」
篠原の胸倉を掴んで、地面に叩きつけた。
「っ……!?」
美柑は篠原を見下ろして、靴の先で彼の顔を軽く蹴る。
「なんや、抵抗せんの?」
篠原が立ち上がろうとする。
でも、美柑の蹴りが、無防備の腹にそのまま突き刺さった。
「がっ……!!」
篠原がうずくまる。
近くにいた双竜のメンバーは、そのあまりの非現実的な光景に、誰1人として動けずにいた。
「な……!何しとんねん、お前ら! 」
残っていた双竜のメンバーは、篠原の呼びかけも虚しく立ち去っていく。
「……終わりや」
最後に残った篠原は、地面に膝をついていた。
「う、嘘やろ…」
「何がや?」
美柑は、篠原の顎を掴み、目を見開く。
「次、うちらに舐めた口聞いたら——殺すで」
その言葉に、ヤツは反論できんかった。
「ほな、消えろや」
篠原は、何も言えずに撤退した。
——その夜、美柑は「鬼」と呼ばれた。
「……」
ゆいは、スマホを握りしめたまま、3人の話をじっと聞いていた。
「ヤバいやろ?」
アオイがポテチをかじりながら笑う。
「うちら、あの日から確信したんよ」
ナナはワイングラスを揺らしながら言う。
「この人についていけば、間違いないって」
「せやな」
ユウカはポッキーを転がしながら微笑む。
「この街で生きるなら、力が必要や」
「そして、その力を持ってるのは——」
アオイが続ける。
「美柑ちゃんだけや」
「ゆいちゃんは、どう思う?」
ユウカが、ゆいの目をじっと見た。
ゆいは、スマホにゆっくりと文字を打ち込む。
「……強い」
ナナがくすっと笑った。
「せやろ?」
アオイも頷く。
「ゆいは、強くなりたいん?」
ゆいは——すぐに答えられなかった。
でも、心の中に、小さな炎が灯るのを感じた。
——もっと、美柑を知りたい。
それが、ゆいの正直な気持ちだった。
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