空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第14話

公開日時: 2025年2月20日(木) 00:48
文字数:3,517



【3人が「真里亞」に入った理由】



■香坂(こうさか)ナナの場合


「うちはな、元々、東京の育ちやってん」


ゆいはスマホを握りしめた。


「親は金持ちやった。でも、その分、うちの人生は全部決められてた」


「……?」


「どこの学校に行って、誰と付き合って、誰と結婚するか——

ぜんぶ、うちに選択権なんてなかった」


「……それで?」


「親が勝手に結婚相手を決めてきたんよ」


ナナは苦笑する。


「それも、50近い政治家のおっさん」


ゆいは、画面を見つめながら思わず息を呑んだ。


「もちろん、拒否した。でも、親はうちの言葉なんか聞いてくれへん」


「……」


「逃げるしかなかった」


「……」


「でも、家を出たら、何もなかった。金もないし、頼れる人もおらん」


「それで?」


ナナは、ワイングラスを傾ける。


「そんなとき、美柑ちゃんに会ったんよ」


「なんて言われたの?」


「『ここでなら、自分の人生は自分で決められる』って」


ゆいは、その言葉をじっと読んだ。


「その言葉が、どんだけ救いやったか……」


ナナはふっと微笑む。


「うちは、美柑ちゃんについていくって決めたんよ」




■桐谷(きりたに)アオイの場合


「うちは、ただの不良やったな」


アオイは、カードを投げるようにテーブルに置いた。


「小さい頃から、ずっと喧嘩ばっかしてた」


「……」


「家はメチャクチャやったしな」


ゆいは、「メチャクチャ?」とスマホに打つ。


「親が借金まみれ、兄貴は蒸発、残ったのはDVのオヤジ」


ゆいは、スマホを握りしめた。


「そんなん、帰る場所やないやろ」


アオイは軽く笑う。


「だから、ずっと街を歩いてた。悪いこともしたし、警察にも何回も捕まった」


「……それで、美柑と?」


「うん」


アオイの目が少し柔らかくなる。


「“本物”の強さって、こういうことなんやなって思った」


「……本物の強さ?」


「力を持つって、暴れることやない。支配することやない」


「……」


「それを教えてくれたんが、美柑ちゃんやった」



■三宅(みやけ)ユウカの場合


「うちは……ずっと“商品”として生きてた」


ユウカは、ポッキーをかじりながら言った。


「商品?」


「うん。17のときから、風俗で働いてたんよ」


ゆいは、一瞬息をのんだ。


「でもな、店の連中に金抜かれたり、客に粘着されたりして、もう終わりや思った」


「……」


「そんとき、美柑ちゃんが手を差し伸べてくれた」


「なんて?」


「“うちらは、お前を守る”って」


ユウカは、ふっと笑う。


「その言葉に救われたんかもしれんな」




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ナナが、ふっと目を細めた。


「……なぁ、アオイ。ユウカ。覚えてるやろ?」


「ん?」


「三宮の暴走族と抗争になったときのこと」


ゆいは、スマホを握る指に力が入った。


「なんや、美柑の“伝説”の話か?」


アオイが笑いながらチョコを口に放り込む。


「せや。あれは……すごかったな」


「すごい、じゃなくて、“怖かった”やろ」


ユウカがポッキーを転がしながら言う。


——あの夜、美柑は鬼やった。


ナナは、ゆっくりと語り始める。




【三宮の夜——抗争の夜】



「あれは、うちらが真里亞に入ってから、まだ間もない頃やったな……」


ナナが遠くを見るように言う。


「あぁ、アレはヤバかった」


アオイが苦笑しながらポテチを口に放り込む。


「美柑ちゃんの“本物”の強さを見せつけられた日や」


ユウカはポッキーをくわえながら、小さく頷いた。


「双竜」——三宮の暴走族グループ。


金、女、薬——なんでもアリの連中やった。


「最初は些細なことやった」


ユウカが言う。


「真里亞のメンバーの一人が、双竜の奴らに絡まれたんよ」


「“女のくせに調子乗んな”——やってさ」


ナナが皮肉げに笑う。


「まぁ、女だけのグループが神戸で勢力持つんが気に食わんかったんやろな」


「でも、普通やったら、そこで終わる話やろ?」


アオイが言う。


「うちらも手ぇ出さへんし、向こうも適当に絡んで終わりや」


「せやけど——」


ユウカの視線が鋭くなる。


「美柑ちゃんが、それを許さへんかった」



あの夜、三宮の裏通りには緊張感が張り詰めていた。


深夜2時過ぎ——飲み屋が閉まり始めた頃、

真里亞のメンバー数人と、双竜のメンバーが向かい合っていた。


「お前ら、どこのもんや思ってんねん?」


双竜のリーダー・篠原が、安っぽい笑みを浮かべながら言った。


「この街は、うちらのシマや」


「せやのに、女が調子乗ってんの、ムカつくねん」


その言葉に、美柑は微動だにしなかった。


じっと篠原を見つめたまま、スッと煙草をくわえる。


火をつけ、静かに煙を吐く——。


「……お前、何言うてんの?」


「は?」


「シマ? お前らの?」


美柑は、煙を吐きながら、ニヤリと笑った。


「ほんなら、力で証明してみ?」


「……っ!」


双竜のメンバーがざわつく。


ナナ、アオイ、ユウカ——

その場にいた全員が、美柑の言葉に背筋がぞくりとした。


——この人、本気でやるつもりや。


篠原の表情が険しくなる。


「……やんのか?」


美柑は、口元の煙草を軽く指で弾き、アスファルトに落とした。


「当たり前やろ」



次の瞬間——篠原が拳を振りかぶった。


それと同時に、美柑はスッと一歩踏み出す。


篠原の拳が振り下ろされる寸前——


美柑の左手が、篠原の手首を掴んでいた。


「——おっそ」


篠原の目が見開かれる。


美柑は、そのまま篠原の腕をひねり上げ、肘を鋭く打ち込む。


バキッ!!


鈍い音が響いた。


篠原の身体がよろける——その瞬間。


美柑の右膝が、篠原の鳩尾に突き刺さった。


「がっ……!!」


完全に呼吸が止まり、篠原の顔が歪む。


美柑は、一瞬の間も与えず、そのまま彼の首元を掴み、

頭をアスファルトに叩きつけた。


「っ……!!」


誰もが言葉を失った。


「……は?」


双竜のメンバーがざわめく。


美柑は、篠原の胸倉を掴み、無造作に地面へと押し付ける。


「お前、ほんまに“力”持ってるん?」


篠原が歯を食いしばる。


「……くそっ!!」


仲間が一斉に襲いかかってきた。


でも——美柑は笑っていた。


「おもろいやん」



「殺せ!!」


双竜のメンバーが一斉に向かってきた。


1人目。


美柑は、突っ込んできた男の拳を肩で受け流し、肘を顎に叩き込む。


ゴキッ!!


男の身体が弧を描き、地面に沈む。


2人目。


バットを振りかざしてくる男。


美柑はそれを冷静に見極め、一歩踏み込む。


バットのスイングが届く寸前——


美柑の拳が、男の顎を捉えた。


「……っ!?」


カウンターをもらった男は、そのまま地面に倒れ込む。


3人目、4人目が左右から飛びかかる。


美柑は低く構え、片方の足を軸に素早く回転。


——回し蹴り!!


「ぐっ……!!」


1人は腹を蹴られ、もう1人は顔面に蹴りを食らい、その場に倒れる。


——気がつけば、双竜のメンバーは次々と路上へ倒れていた。


「ま、待て……!」


篠原は、地面に膝をついていた。


「待てへん」


美柑は、篠原の顎を掴み、顔を近づけた。


そして、笑った。


——“獲物を前にした獣の笑み”やった。


「ウチらに喧嘩売ったらどうなるか、今から教えたるわ」


篠原の胸倉を掴んで、地面に叩きつけた。


「っ……!?」


美柑は篠原を見下ろして、靴の先で彼の顔を軽く蹴る。


「なんや、抵抗せんの?」


篠原が立ち上がろうとする。


でも、美柑の蹴りが、無防備の腹にそのまま突き刺さった。


「がっ……!!」


篠原がうずくまる。


近くにいた双竜のメンバーは、そのあまりの非現実的な光景に、誰1人として動けずにいた。


「な……!何しとんねん、お前ら! 」


残っていた双竜のメンバーは、篠原の呼びかけも虚しく立ち去っていく。


「……終わりや」


最後に残った篠原は、地面に膝をついていた。


「う、嘘やろ…」


「何がや?」


美柑は、篠原の顎を掴み、目を見開く。


「次、うちらに舐めた口聞いたら——殺すで」


その言葉に、ヤツは反論できんかった。


「ほな、消えろや」


篠原は、何も言えずに撤退した。


——その夜、美柑は「鬼」と呼ばれた。




「……」


ゆいは、スマホを握りしめたまま、3人の話をじっと聞いていた。


「ヤバいやろ?」


アオイがポテチをかじりながら笑う。


「うちら、あの日から確信したんよ」


ナナはワイングラスを揺らしながら言う。


「この人についていけば、間違いないって」


「せやな」


ユウカはポッキーを転がしながら微笑む。


「この街で生きるなら、力が必要や」


「そして、その力を持ってるのは——」


アオイが続ける。


「美柑ちゃんだけや」


「ゆいちゃんは、どう思う?」


ユウカが、ゆいの目をじっと見た。


ゆいは、スマホにゆっくりと文字を打ち込む。


「……強い」


ナナがくすっと笑った。


「せやろ?」


アオイも頷く。


「ゆいは、強くなりたいん?」


ゆいは——すぐに答えられなかった。


でも、心の中に、小さな炎が灯るのを感じた。


——もっと、美柑を知りたい。


それが、ゆいの正直な気持ちだった。


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