空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第24話

公開日時: 2025年2月22日(土) 01:11
文字数:1,070


武道館の床に落ちた汗が、月明かりに淡く光っていた。


息が荒い。


全身の筋肉が張り詰め、心臓が強く脈打つ。


それでも美柑は、ただひたすらに動きを繰り返していた。


踏み込み、体捌き、間合いの操作。

相手の力を利用し、流れを掴む。


祖父の教えは、すでに体に染みついていた。


だが——


「何かが違う」


そう感じていた。


動きが噛み合わないわけではない。

間合いの取り方も間違っていない。


でも、どこかズレている。


それはまるで、目の前に透明な壁があるような感覚だった。


「……」


美柑は立ち止まり、拳を握った。


「何が違うんや?」



美柑は、強くなっている実感はあった。


技術は確実に向上していたし、

兄弟子たちとの組手でも、以前より優位に立てるようになっていた。


だが、それでも“違和感”が残る。


まるで、自分の中にノイズが混ざっているような感覚。


その違和感は、ほんの一瞬のズレとして現れる。


相手の攻撃をかわした時、

打撃を打ち込んだ時、

体を捌いた時——


ほんのわずかに、「流れ」が噛み合わない。


「……おかしいな」


武道は「間合いと流れを掴むもの」。

それを理解しているはずなのに、何かが引っかかる。



「じいちゃん」


稽古後、美柑は祖父に尋ねた。


「私、最近……なんか変な感じがするんよ」


「変な感じ?」


「間合いは掴めとるし、動きも悪くない」


「けど、なんかズレてる気がするんよ」


祖父は、美柑をじっと見つめた。


「……お前、自分の気持ちをちゃんとわかっとるか?」


「気持ち?」


「せや」


祖父は、美柑の肩をポンと叩く。


「“何のために強くなりたいんか”、お前は答えを持っとるか?」


美柑は、言葉を詰まらせた。


「……」


「強さいうのはな、技術だけやない」


「心と体が一致して初めて、本当の強さが生まれるんや」


祖父は、道場の窓の外を見ながら言った。


「今のお前は、どこか迷っとる」


「だから、お前の動きにズレが生まれとるんや」


「迷い?」


美柑は、自分の胸に手を当てた。


——私は、何のために強くなりたいんやろう?



最初は、遊びの延長だった。


次第に、強くなること自体が楽しくなった。


でも——


今は?


「私、なんでこんなに強くなりたいんやろ?」


母親みたいになりたくないから?

祖父の期待に応えたいから?

自分が「弱い」と思いたくないから?


どの理由も、しっくりこなかった。


「……」


祖父は、少し微笑んだ。


「焦るな」


「お前はまだ若い。答えなんか、すぐに出るもんやない」


「ただし——」


「答えを探し続けることだけは、忘れたらあかんで」


美柑は、その言葉をじっと噛みしめた。


「私が、強くなりたい理由」


「それが見つかった時、私はこの“ズレ”を超えられるんやろうか?」

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート